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写真:第19ステージを制したボアッソンハーゲン
勝負の分かれ道はロータリーだった。右側こそが、栄光の扉へと続いていた。エドヴァルド・ボアッソンハーゲンは正しい方向から突っ込み、ついに独走勝利をつかみ取った。20人がステージ勝利を巡って激しく争った背後では、147選手が静かな移動ステージを満喫した。マイヨ・ジョーヌのクリス・フルーム擁するチームスカイが、淡々と隊列を走らせた。総合順位やタイムに一切の変動はなかった。
「総合リーダーにとって、今日は、少々特殊な1日となった。僕らアルプスを3日間全力で走ってきたから、単純に、誰かの背後で静かに過ごし、体力回復に努める、こんな1日が必要だったんだと思う。明日のマルセイユでも難しい1日が待っている。だからこそ、こんな移動ステージは、とてもありがたかった」(フルーム、公式記者会見より)
雄大なアルプスの自然公園を抜け出して、ラベンダー薫る南仏プロヴァンスへ。過酷なイゾアール山頂フィニッシュと、総合勢にとっては最後の真剣勝負となるマルセイユの個人タイムトライアルに挟まれた、2017年大会で最も距離の長いステージだった。大逃げの成果を狙う選手にとっては、文字通り、最後のチャンスでもあった。スタート直後から35kmに渡って続いた飛び出し競争を制して、ひどく蒸し暑い夏の午後に、20選手が果てしない長旅へと繰り出した。
出来上がったエスケープ集団には、いわゆる2017年大会を前方で盛り立てた常連が勢ぞろい。大逃げで区間を制したリリアン・カルメジャーヌやバウク・モレマに、勇気ある逃げで敢闘賞に輝いてきたエリー・ジェスベールやシルヴァン・シャヴァネルに、さらにはトーマス・デヘント。山岳ジャージの夢は昨区間で散ったけれど、昨季1年で通算2665kmを逃げたベルギー屈指の大逃げ巧者は、3日連続で前方で奮闘した。
というのも7月14日がフランス人にとって、前日7月20日がコロンビア人にとって特別な日だとしたら、今区間が行われた7月21日は、ベルギー人にとっては大切な建国記念の日なのだ!しかもベルギーが誇る2大アスリート、「史上最強の自転車選手」エディ・メルクスと、全仏ローランギャロス4回優勝ジュスティーヌ・エナンが、開催委員長カーから熱い視線を送っていた。デヘントに加えて、ヤン・バークランツとイェンス・ケウケレールも、祖国のナショナルデーを栄光で祝おうと、積極的にペダルを回した。
地形的にはスプリンター向けのステージ、のはずだった。ただペーター・サガン、マーク・カヴェンディッシュ、アルノー・デマール、さらにはマルセル・キッテル……といったビッグスプリンターはすでに大会を去っていた。
2日前まで必死にポイント収集に明け暮れたマイケル・マシューズとチームサンウェブの仲間たちも、もはやスプリントに興味を示さなかった。前夜にワレン・バルギルの山岳賞が決定し、この日の中間ポイントでは、マシューズのポイント賞が決定している。そもそもルームメートの両者は、「自分たちが叶えた夢」について夜遅くまでおしゃべりしたせいで、かなりの寝不足だったらしい。
大会に残るほかのスプリント巧者たちも、賢い選択をしていた。すなわちチームメートを逃げに送り込むか、もしくはボアッソンハーゲンやベン・スウィフトのように自分自身が前方に飛び乗るか。おのずと追走作業に興味を持つスプリンターチームは……、皆無だった。どちらにせよスカイが、他者に仕事をさせなかったに違いない。プロトン前線で隊列を組むと、ひたすら淡々と集団制御に取り組んだ。タイム差は急速に開いていった。
写真:ボアッソンハーゲンを先頭に走るエスケープグループ
あっさり逃げ切りが確実になった前方の20人は、終盤60kmを、たっぷりと区間優勝へ向けた駆け引きに利用した。最後の3級峠で抜け駆けする者もいた。ラスト20kmでは、横風が逃げを約半分に割いた。9人になった集団には、ラスト8kmから壮大なる牽制合戦を繰り広げる余裕さえあった。中でもオリカ・スコットの2人が居残り、危険な香りを放っていた。しかもケウケレールもミハエル・アルバジーニも、スプリントになったら怖い相手だ。
「フォトフィニッシュで負けるのは、もううんざりだった。スプリント勝負に持ち込まずに、独走で勝ちたかった」(ボアッソンハーゲン、公式記者会見より)
今大会だけで2位が2回、3位が2回と悔しい思いを味わってきたボアッソンハーゲンは、もはやスプリントフィニッシュを望んではいなかった。だからこそライバルの隙を縫って、幾度も飛び出しを試みた。しかし、厳しい警戒網を潜り抜け、純粋なるペダルの力だけで抜け出すのは、かなりの至難の業だった。いくら加速しても、すぐさま他の誰かに、後輪に張り付かれるだけ。
そんな中、ボアッソンハーゲンには秘策があった。フィニッシュラインまで3kmの地点に待ち構える、ロータリーだ!
「あそこにロータリーが登場することは知っていた。今朝、レース前に、チームみんなでフィニッシュに向かうコースをビデオで確認したからね。その時に監督から、右側を通るように言われた。まさに、それが、上手くいった。ニキアス・アルントを除く全選手が、左側を通ったからね」(ボアッソンハーゲン、公式記者会見より)
写真:ステージを走り終えたフルーム
たしかに右周りの方が、ほんの少しだけ、走行距離は短かった。しかもロータリーの70mほど手前から、コース上の中央分離帯には縁石が連なっており、突入時にとっさに右か左かを選べる状態ではなかった。つまりこの日のボアッソンハーゲンは、地図と距離をしっかり頭に叩き込んでいた。白熱したレースの真っ最中に、作戦を敢行するだけの冷静さを保っていた。
「他のチームが同じようにルートチェックをしたかどうかは分からないけど……。レース中には時に、朝のミーティングで指示されたことを忘れてしまったりするものだし、無意識に他の選手と同じ軌道を選んだりするものなんだ。でも今日の僕は、幸いにも、朝言われたことを忘れなかった。正しく行動をすることが出来た」(ボアッソンハーゲン、公式記者会見より)
あとはアルントを振り切って、独走態勢に持ち込むだけでよかった。たとえフォトフィニッシュで負けた直後でも、決して優しい微笑みを絶やさなかったノルウェーの才能が、心からの笑顔をフィニッシュラインで振りまいた。2011年大会でステージ2勝を挙げて以来となる、実に6年ぶりのツール区間勝利だった。
ボアッソンハーゲンから遅れること12分27秒。逃げに乗った20人と、リタイアした2人を除く、147選手全員が長い1日を終えた。クリス・フルームから総合で23秒遅れのロメン・バルデも、29秒遅れのリゴベルト・ウランも、攻撃的な動きは一切見せなかった。ツール史上まれに見る僅差での優勝争いは、翌第20ステージの、22.5kmの個人タイムトライアルで全てが決する。
「明日のレースは絶対に負けてはならない。勝つ必要はないけれど、絶対に負けちゃダメなんだ。コース上で全力を尽くして、あとは結果を待つだけさ」(フルーム、公式記者会見より)
☐ ツール・ド・フランス 2017
ツール・ド・フランス2017 7月1日(土)~7月23日(日)
全21ステージ独占生中継!
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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