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「まさかスプリンターが勝つとは、大部分の人は予想していなかっただろうね」とフィニッシュ後に語った通り、第4ステージに大集団スプリントを仕留めたマッテオ・トレンティンが、この日は山越え後の一騎打ちを制した。緑色のジャージさえもクリス・フルームから取り戻した。大会3日目から赤ジャージをしっかり身にまとっている総合リーダーは、ダウンヒルを上手く利用した総合3位ニコラス・ロッシュから、29秒を縮められた。
休息日明けのプロトンは、小雨ぱらつく中を、とてつもない猛スピードで走り始めた。序盤はたしかに道が下り基調だったとは言え、スタートからの2時間で記録された時速は、なんと52.3km!しかも全力でのアタック合戦は、実に90km近くも続けられた。ようやく18人が、先に行く権利をもぎ取った。
そこまでして逃げたい理由があった。例えばトレンティンは「しばらく前からこのステージに目をつけていた」そうだ。例えばホセ・ホアキン・ロハスやルイス・レオン・サンチェスにとっては、地元ムルシアのステージだった。バーレーン・メリダから滑り込んだ2人は、朝のミーティングで、前方待機を命じられていた。なにしろ最終盤に3級と1級の山岳が立て続けに登場し、しかも1級山頂からフィニッシュまでは約22kmのダウンヒルという地形は、チームリーダーのヴィンチェンツォ・ニーバリにぴったりだった。
一旦逃げが許されると、18人は最大5分半のタイム差を開いた。後方ではいつものようにチームスカイがテンポを刻んだ。ただし静かな時間は、ほんの35kmほどしか続かなかった。前方ではジャック・イョンスファンレンスブルクが3級峠の上りで加速を切り、後方ではバーレーンがチーム総出で山へ向けて準備に取り掛かり始めた。
1級峠に差し掛かると、ロハスやハイメ・ロソンが攻撃に転じた。クイックステップからは真っ先にニキ・テルプストラが食らいつくと、さらには自分のリズムを崩さず後方から着々と追い上げてきたトレンティンを、巧みに前方へと発射させた。
「最終峠は本当にきつかったけれど、勾配が一定だったから、自分にも上手くやれるはずだと分かっていたんだ。それから、その先に、テクニカルな下りが待っていることも知っていた」(トレンティン、フィニッシュ後インタビューより)
ロハス、ロソン、イョンスファンレンスブルク、トレンティンは山頂を共に越えると、4人でダウンヒルへと飛び込んだ。中でもロハスが、危険を顧みず、凄まじいスピードで、坂道を駆け下り始めた。
「山に入るまで、正直、トレンティンを危険視していなかった。逃げの中でもっと注意すべきは、同じ地元ライダーで、道を知り尽くした『ルイスレ』だと考えていたのに。下りではどうにかトレンティンを引き剥がそうと努力した。だって上りで彼を突き放せなかったし、スプリントで彼を倒せないことは分かっていたから」(ロハス、フィニッシュ後インタビューより)
つまりロハスの読みは外れ、ロハスの願いも叶わなかった。だってただひとり、最後までピタリとついてきたのが、トレンティンだったから!
「彼が下りをよく知り尽くしていて、下りで集団をぶち壊しにかかるだろうことは分かっていた。でも僕も下りが大得意だから、ロハスに仕事をやらせておいたのさ」(トレンティン、フィニッシュ後インタビューより)
でもあまりに速くて滑らかに下るものだから、時には後輪に張り付くのが難しかったくらいだよ……とライバルの健闘を讃えつつ、しかしトレンティンはきっちり勝利を仕留めた。ロハスだって十分にスプリント巧者のはずなのだが、絶好調のイタリア人にはまるで歯が立たなかった。
2日目にイヴ・ランパルトの区間勝利を巧みにお膳立てし、8日目にはジュリアン・アラフィリップのために賢く力を使ったトレンティンが、自らにとっては今大会2つ目の勝利を手に入れた。所属チームのクイックステップフロアーズにとってはジロ5勝、ツール5勝、そしてブエルタでは4勝目!
「つまりこのブエルタで、僕らあと1勝しなきゃね!」(トレンティン、フィニッシュ後インタビューより)
後方でダウンヒル攻撃に転じたのは、予想通り、ニーバリだった。山頂間際で上りスピードを一気に上げると、追いすがるフルームやエステバン・チャベス、アルベルト・コンタドールを振り払い、全速力で下りへと滑り出していった。ヘアピンカーブを恐れもせずに突進を続け、ライバルたちとの距離を、ほんの僅かながら開くことにも成功した。
「危険な下りだからこそ、トライしてみようと思ったんだ。でも、思ったほどスピードの出る坂道じゃなかったし、下った先にも数キロの平地が続くことは分かっていた」(ニーバリ、フィニッシュ後インタビューより)
逃げに送り込んでいた2人と、タイミングよく合流できなかったのも理由だった。これ以上危険を冒すのは無駄だと判断し、1分17秒差で総合4位につけるニーバリはあっさり加速を止めた。おかげでメイン集団は静けさを取り戻した。フルームは3人のチームメートに護衛されながら、総合ライバルの「ほぼ」全員と一緒に1日を終えた。
ほぼ……というのは、1分05秒差で総合3位のニコラス・ロッシュだけが下り最終盤で抜け出すと、フルーム集団より29秒先にフィニッシュラインを越えてしまったから。
「飛び出すつもりはなかった。とにかくニーバリとの穴を埋めるのに必死だった。ようやく追いついた時に、後ろを振り返ってみたら、少し距離が空いていた。その時思ったんだ。『よし、行ってみようじゃないか』って。そこからはフィニッシュまで全力を尽くした」(ロッシュ、フィニッシュ後インタビューより)
第1ステージのチームタイムトライアルと、風分断でニーバリとチャベスにそれぞれ8秒と3秒ずつ献上した翌第2ステージ、それからボーナスタイム以外では、今大会のフルームが総合の直接的ライバルからタイムを失ったのは初めて。あれほどまでにボーナスタイム収集に熱心になり、1秒の大切さを説いてきたというのに、この日は意外なことに元チームメートの飛び出しを見送った。自分はロッシュのことなど大して恐れていないから……という理由で。
たしかにロッシュを恐れるべきは、総合首位から36秒差の同タイムに並ばれてしまった総合2位チャベスであり、総合4位のニーバリかもしれない。総合5位・1分27秒差にはロッシュのチームメート、ティージェイ・ヴァンガーデレンも控えている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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