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長い山道と、標高の高さと、降り続いた冷たい雨が、総合争いの顔ぶれを大きく入れ替えた。現役でただ2人の全3大ツール覇者、ヴィンチェンツォ・ニーバリとアルベルト・コンタドールが存在感をいよいよ増し、ツール総合4勝のクリス・フルームはマイヨ・ロホを堅守した。ミゲル・アンヘル・ロペスモレーノが誰よりも速く、強風よりも強く、高い山をひとっ飛びで、初めてのグランツール区間勝利を手に入れた。
ひどい雨を構わずに、大量の選手が熾烈なアタック合戦を開始した。特に前日15分近く(あえて)落とし、総合でもたっぷり21分以上の遅れを喫したロメン・バルデが、積極的に前方への飛び出しを繰り返した。生まれて初めてフランス国外のグランツールを走り、「発見と自己発見」を楽しんでいるツール総合3位は、50kmにも渡る駆け引きを制してまんまと逃げに滑り込んだ。
出来上がった強豪揃いの14人の逃げ集団の中で、フルームとスカイボーイズたちを悩ませたのは、むしろイゴール・アントンの存在だったはずだ。バスク人ヒルクライマーは今から11年前に、まさに同じフィニッシュ地を、やはり雨の中で勝ち取っている。なにより総合では5分54秒遅れでしかない。ただでさえ濡れた路面で、先頭集団に大量のリードを許すのは危険だった。だから、この日もまた、せっせとスカイは制御列車を走らせた。タイム差は5分程度に抑えた。
フィニッシュまで57km、突如としてコントロール権をオリカ・スコットがむしり取った。朝の時点で総合2位につけていたエステバン・チャベスによると、これぞ「作戦」だったという。2選手が先頭に駆け上がると、猛烈な牽引を開始した。その時点で4分20秒ほどあった両集団の差は、みるみるうちに縮まっていく。わずか10kmほど走っただけで、タイム差は2分を切った。
最初の1級ベレフィケ峠の山道に入ると、オリカの勢いはさらに増した。そして逃げとのタイム差が40秒に縮まったところで、作戦の第2段階へと着手した。チャベス曰く「昨ブエルタの第20ステージのような作戦」だ。すなわちコンタドールを表彰台から弾き飛ばし、自らが総合3位に浮上した時のように、チーム内の選手を前方待機させるのが狙いだった。2016年ツール新人賞アダム・イェーツが総合ではわずか1分55秒遅れに留まっていたのに対して、2017年ツール新人賞サイモン・イェーツは、休息日前日にすでにタイムを大きく失っていた。だからチームリーダーとアダムために、サイモンが単独でブリッジを仕掛けた。
バルデの強行で、逃げ集団はすでにばらばらになっていた。サイモンはすぐに追いついた。邪魔なアントンは振り払われ、その代わり同じく後方から抜け出してきたダルウィン・アタプマが合流した。ベレフィケ山頂ではバルデがもしもの場合に備えて先頭通過を果たし、サンデル・アルメ、ジョヴァンニ・ヴィスコンティ、サイモン、そしてアタプマと揃って下りへ飛び込んだ。
路面は幸いにも乾き始めていたし、道幅は広かった。それでも慎重派が多かった。ダウンヒル巧者で知られるバルデも、この日はおとなしかった。アルメは「バカなことにダウンヒル序盤のコーナリングミスで自信を失ってしまい」(本人ツイッターより)、慎重になりすぎて、先頭集団から脱落していった。サイモンを見送った直後に主導権を取り戻したスカイは、とにかく安全に、ゆっくりと下る方を選んだ。
最終峠の、全長15.5kmの山道に一歩踏み込んだ途端に、再び戦いに火がついた。バルデとサイモンが突如としてスピードを上げ、慌ててアタプマも追いついた。ヴィスコンティにとっては……どうやら作戦に取り掛かる時間だった。
後方メイン集団でバーレーン・メリダの仲間たちが、猛烈な牽引作業に入っていたからだ。ほんの1.5kmほど上った後に、サイモンもまた、前方待機の配置に向かうことになる。ただ残念ながら、何かの役に立つことはなかったのだけれど。
「作戦というのは、時には上手く行くし、時には今日のように失敗してしまう。大切なのはトライすること」(チャベス、フィニッシュ後インタビューより)
なにしろバーレーンの39歳大ベテラン、フランコ・ペッリツォッティが、まずは延々3kmほどさんざん高速で引きずり回した。さらにゴール前11kmから、コンタドールとニーバリが順番に1度ずつ、とてつもなく大きな一撃を繰り出した。するとマイヨ・ロホは一切揺るがなかったが、総合2位チャベスが……力なく滑り落ちてしまったのだ。アダムやサイモンも例外なく遅れていった。
それどころか前日29秒を巧みに掠め取った総合3位ニコラス・ロッシュ&総合5位ティージェイ・ヴァンガーデレンのビーエムシー レーシングチームコンビも、2年前のブエルタ覇者ファビオ・アルさえも、一気に後方へと吹き飛ばされてしまった。運が悪いことに、総合6位ダヴィド・デラクルスはメカトラで自転車交換を余儀なくされ、2大王者の加速時にはすでに遅れていた。脱落組をごぼう抜きにして、必死で前を追いかけたけれど、最前列まで戻ることは不可能だった。
フルーム、ニーバリ、コンタドール、21世紀を代表する3人のグランツールライダーが、共に先を急いだ。総合順位アップの絶好機を逃したくない10位イルヌール・ザカリンや11位ウィルコ・ケルデルマン、さらには2014年ツール・ド・ラヴニール総合覇者ロペスモレーノを引き連れて。残り7.6km地点ではバルデとアタプマをも回収した。集団先頭ではニーバリ親衛隊のペッリツォッティがおとりで加速し、フルームの忠臣ミケレ・ニエベが潰しに走る、そんな駆け引きも見られた。
フィニッシュ手前2km。凍えるような強い横風が吹き付けていた。再びニーバリが鋭い加速を切った。するとここまで比較的集団内で目立たぬ存在だったロペスモレーノが、毅然として、前を追いかけ始めた。昨季までのチームメートをとらえると、素早くカウンターアタックを仕掛けた。
「この峠のことはよく知っていた。だから冷静でい続けることが出来た。フィニッシュまで1kmから1km半の難ゾーンまで我慢して、それからアタックしようと考えていたんだ」(ロペス、公式記者会見より)
狙いは、ずばり当たった。残り1.3kmで飛び立ったコロンビア製クライマーを、もはや邪魔をする者などいなかった。山頂では悠々と、グランツール初勝利を堪能した。故障続きで少々足踏みせざるを得なかった23歳のキャリアが、再び軌道に乗り始めたことを、高らかに証明してみせた。
ちなみに初めてのグランツール出場だった昨ブエルタは、第6ステージの落車で歯を3本折ってリタイア。昨11月にはトレーニング中の事故が原因で脛骨を折り、この6月にようやく復帰を果たしたばかり。今季ブエルタ開幕前には18日間しかレースを走ってこなかった。……とは言っても、18日の間に、2勝していることも忘れてはならない。若き日には母国での練習中に自転車泥棒に襲われ、片脚を刺されながらも自分のバイクを守りきったという(おかげでスーパーマンとあだ名されるようになった!)、なんとも勇敢なエピソードの持ち主でもある。
「第1週目はまだまだレースリズムが取り戻せていなかった。ここにきてようやく、脚がしっかり動くようになった。僕の好調さを見て、今日はチームが前にとどまる許可を与えてくれた。区間を取りに行け、って励ましてくれた。最高に嬉しいよ。このままさらに調子を上げていけるといいな」(ロペス、公式記者会見より)
区間勝者から14秒後、きっちりライバルをマークし続けたフルームが、ニーバリとケルデルマンと共にフィニッシュした。この日は「1秒」にこだわって、区間2位のボーナスタイムさえライバルに渡そうとしなかった(フルーム6秒、ニーバリ4秒収集)。31秒後には「勝てなかったけど久しぶりに走る喜びを感じた」というバルデやコンタドール、ザカリンが続いた。アスタナのチームリーダーであり、ロペスによれば「今後もあくまで彼がボス」であるアルは、1分32秒遅れで終えた。
「ロペスが飛び出した時点で、僕にとって最も大切なことは、ニーバリを監視することだった。チャベスはすでに脱落していたし、コンタドールも限界ギリギリのようだった。だからただニーバリから目を離さぬよう、集中し続けた」(フルーム、公式記者会見)
前区間終了時点で総合36秒差につけていた2位チャベスは、フルームから1分51秒を失い、同じく36秒差につけていた3位ロッシュは、なんと4分03秒も失った。BMCのチームメート、ヴァンガーデレンは少し被害を食い止めたものの、それでも3分12秒も遅かった。
つまりフルームの1分以内には、誰もいなくなった。総合2位に浮上したニーバリは1分19秒遅れ。3位に後退したチャベスは、さらに1分以上離れて、2分33秒遅れ。むしろ現時点では、総合3位争いのポジションにこそ、4位デラクルズ、5位ケルデルマン、6位ザカリン、7位アル、8位マイケル・ウッズと1分以内に6人がひしめいている状態だ。
いよいよ現役生活も残すは10ステージとなったコンタドールは、トップ10圏内に突入した。つくづく3日目の体調不良が悔やまれる。あの日2分33秒を失っていなければ、単純計算では、ニーバリと3秒差の総合3位につけていられるはずだった。現実はフルームから3分55秒遅れの、総合9位である。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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