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サイクル ロードレース コラム 2017年9月1日

ブエルタ・ア・エスパーニャ2017 第12ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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稀代のアーチストの、人生最後の作品は、間違いなく傑作だ。いよいよ引退に向かってカウントダウンが始まったこの日、アルベルト・コンタドールが退屈をぶち壊し、カオスを作り出した。トマシュ・マルチンスキーが今大会2勝目を手に入れた後方で、トレードマークの果敢なアタックを打つと、総合表彰台の可能性を手元へ大きく引き寄せた。2度の落車で必死の追走を強いられたクリス・フルームは、十分なリードを有していたおかげで、大切なマイヨ・ロホはしっかり守りきった。

厳しかった前日と、厳しくなるであろう週末に挟まれた、いわゆる移動日となるはずだった。冷たい雨に打たれた翌日に、ギラギラと照りつけた灼熱の太陽は、疲れた肢体に優しくなかった。飛び出し合戦はあいかわらずの猛スピードで、しかも延々40kmも続いた。

だから14人が逃げへの切符をつかみ取ると、後方に残された選手たちは一気に減速した。いつものとおりにチームスカイが隊列を組み上げ、淡々としたリズムを刻んだ。逃げ集団には9分以上のリードを与え、8月最後の午後を静かに過ごした。

おかげで前の14人は、早い段階で逃げの成功を確信した。終盤に立ちはだかる2つの峠にさしかかると、あっさり逃げ切りへ向けた協力体制を放棄し、区間勝利を巡る戦いへと切り替えた。フィニッシュまで50km、1つ目の山の下りで、ミカエル・モルコフが飛び出したのがきっかけだった。

一時は30秒近い差が付いた。ただし昨夜チームバスが放火され、代替の観光バスでスタート地に姿を現したアクアブルースポーツ所属のピーター・コーニンが、大いに奮闘して集団を再びまとめあげた。

残念ながら2つ目の上りで、上記の2人は息切れしてしまう。小集団スプリントにもつれ込んだとしたら、間違いなく優勝候補に上げられるだろうエドワード・トインズも、至極あっさり脱落した。「おじいちゃんち」がこの近くだというスペイン系フランス人のアントニー・ぺレスも、家族が待つ山頂にたどり着く前に、後方へと滑り落ちていった。

チーム存続のために出来ることは何でもしたいブレンダン・キャンティと、この朝チームから5人目の途中離脱者が出たため、「チームの士気を上げるために勝ちたかった」(大会公式リリースより)というオマール・フライレが、積極的に上りを先導した。しかし2人の背後に、マルチンスキーの姿が見え隠れした。

「1勝目を上げた後、もう一度逃げようと、今ステージに狙いをつけた。この数日間は、脚を出来る限り使わぬよう気をつけた」(マルチンスキー、フィニッシュ後インタビューより)

ちなみにこの日に印をつけた理由は、ベルギーチームのポーランド人にとって、ずばり「地元ステージ」だったから。実はスタート&フィニッシュからほんの100kmも離れていないグラナダで暮らし、道の隅々まで知っていたから!

「でもスタート直後の激しい飛び出し合戦で、エネルギーを大いに消耗してしまった。逃げに乗るためにそれこそ幾度となく加速したからね。だから、ちょっと、終盤に向けて心配になったんだ。出来る限り集団内で静かに過ごし、最後の峠に備えることにした。その上りでは他の選手たちの様子をじっくり観察して、それから、単独で飛び出した」(マルチンスキー、フィニッシュ後インタビューより)

すでに第6ステージでも逃げ切り勝利をさらった33歳は、残り22km、たったひとり飛び出した。前回は3人のスプリントを制したが、今回は独走勝利を企てた。後方からは4選手が必死に追いかけてきたけれど、ただじわじわと、確実に、距離を開けていった。

50秒以上突き放したおかげで、最終盤はもはやライバルたちの影に怯える必要はなかった。マルチンスキーは悠々とフィニッシュラインを駆け抜けた。人生初めてのグランツール勝利時にも、力強く両腕を突き上げたけれど、2勝目はもっとたっぷりと、勝利のジェスチャーを披露する余裕があった。

「初めてのときよりも、さらに幸せを感じている。独走だったおかげで、最終盤を十分に堪能することが出来たからね。グランツールでの独走勝利は子供の頃からの夢だった。今日ついに夢が現実となった」(マルチンスキー、フィニッシュ後インタビューより)

時間にすると、前方でマルチンスキーが独走勝利を始めた直後だった。スカイに引かれて、2つ目の山を上り始めたメイン集団から、突如として2つの影が飛び出した。かつて2年間チームメートだった2人、つまり前日に総合表彰台の位置から弾き飛ばされてしまったニコラス・ロッシュと、連日の攻撃でじわじわと順位を上げつつあるアルベルト・コンタドールだ!

「総合バトルが勃発したのだとしたら、それは僕のせい。誰もが一定テンポで走ることに満足している感じだった。だから僕は単純に『行ってみてもいいのでは?』って思ったんだ」(ロッシュ、大会公式リリースより)


「ロッシュと話し合って一緒に飛び出した。彼が僕の速度に耐えられなくなった後も、彼が『ひとりで行け』って背中を押してくれた」(コンタドール、フィニッシュ後インタビューより)

すかさずスカイのジャンニ・モズコンが2人に張り付いた。ただし、すぐに無線で、リーダーのもとへ呼び戻された。3分55秒遅れのコンタドールと、4分45秒遅れのロッシュを慌てて追いかける必要はない、と判断したのだろうか。より危険な存在である1分19秒差のヴィンチェンツォ・ニーバリを警戒しつつ、隊列で高速リズムを刻み、タイム差を巧みにコントロールする方をスカイボーイズは選んだ。

しかし、グランツール7勝王者の影響力や精神力、その高い作戦能力を、決して侮ってはならなかった。2日前に「みなさんにどんなアルベルト・コンタドールをお見せ出来るか分からない。でも1日、1日、タイム差を縮めていく」と改めて宣言していたチャンピオンを、山頂の向こう側で、トインズが待っていた。体の大きな平地巧者と合流すると、勢い良くダウンヒルへと突っ込んでいった。

30人ほどに小さくなったメイン集団も、当然、高速で下りへ取り掛かった。スカイが追わずとも、コンタドールから1分半ほどしか差のない総合3位~8位選手にとっては、大問題だったから。

そんな時だ。残り16km前後で、マイヨ・ロホがバランスを崩し、地面に転がり落ちた。実はカーブの多い下りでは、逃げ集団でも、キャンティがガードレールの外に飛び出している。幸いにもフルームはその場に滑り落ちただけだった。チームカーの到着を待つと、新しい自転車に飛び乗った。ところがほんの数十メートル走ったところで、またしてもフルームはコケた!

「単純に、カーブに入る前に、前輪が滑ってしまったんだ。2度目の落車も同じ状況。残念ながらこういったことは予測できないからね……。大きな怪我はなかった。ちょっと『皮』を失っただけ。そこから先は自分に出来る限りの最善を尽くすしかなかった」(フルーム、フィニッシュ後インタビューより)

少し先ではミケル・ニエベとワウテル・ポエルスが待っていてくれた。痛手を負ったチームリーダーと合流すると、猛烈に前を追いかけ始めた。

もちろん、下り直後からすでにスピードを上げていた「ニーバリ集団」は、フルームの脱落でさらに速度を増した。そもそもコンタドールが飛び出しているんだから、「落車したリーダージャージを待つ」なんていう紳士協定を守ってる余裕はない。アシストを残していたバーレン・メリダ、チームサンウェブ、アスタナプロチームが、それぞれ総合2位ニーバリ、総合5位ウィルコ・ケルデルマン、7位ファビオ・アルのために精力的に牽引した。昨夜に「フルームとスカイを崩す努力を続けていく」と高らかに予言していたニーバリ本人も、ライバルを振り払おうと先頭に立って奮闘した。


前方にコンタドール、その後ろにニーバリ、さらにその後ろにフルーム。クレイジーな追いかけっこは延々15kmも続いた。トインズが惜しみない献身を終えると、最後の3km、コンタドールは単独で努力した。ラインを越える瞬間まで、頭を低く下げ、ペダルを夢中で踏み抜いた。マルチンスキーの独走勝利から7分25秒後、地元スペインファンの惜しみない声援を受けながら、英雄的な1日を終えた。

「期待していた以上のシナリオだった。フルームからはあまりタイムを奪えなかったけれど、正直言って今日何かできるとは考えてもいなかったから満足だ。毎日、少しずつ、差は縮まっている。総合優勝を争える位置まで進めたら嬉しけど、とにかく現時点では、1日1日戦っていくだけ」(コンタドール、フィニッシュ後インタビューより)

その22秒後にいわゆるニーバリ集団、つまり前夜までの総合上位19人から1位フルーム、9位コンタドール、13位ポエルス、17位ニエべを除いた全員が、フィニッシュエリアに雪崩込だ。1位と13位の到着は、さらに20秒を待たなければならなかった(17位ニエベは+7秒)。

「ほっとしている。幸いにも体に異常はないし、もっとタイムを失う可能性だってあったわけだから。たしかに理想的な状況じゃないけれど、分単位で失ったわけではない」(フルーム、フィニッシュ後インタビューより)

フルームは10日連続でマイヨ・ロホ表彰式に臨み、ニーバリは首位との差を59秒に詰めた。コンタドールは順位こそ総合9位に留まったが、表彰台まではぴったり1分差に縮まった。2017年ブエルタも、つまりコンタドールの現役生活も、まだ9日間残っている。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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