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【パリ〜ルーベ / レビュー】ジルベールが36歳でルーベ初戴冠。守り続けた『パナッシュ』という哲学
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか「僕はいつだって『パナッシュ』というものに常に重きをおいてきた」
果敢にアタックを繰り返し、2019年パリ〜ルーベを制したフィリプ・ジルベールは、優勝記者会見でこんな風に自らのキャリアを振り返った。パナッシュ……つまり本来は「軍帽の羽飾り」を意味するこの言葉は、自転車界においては威風堂々、英雄然とした走りを指す。
「小さい頃から、ムーセウやバルトリのような、遠くからアタックを打つ選手が好きだったんだ。常に大胆に攻め、決して守備的に走らない。そんな走りにずっと憧れてきたから、僕自身も彼らを真似ようと常に心がけてきた」
このセリフに大きく頷いたファンも大いに違いない。なにしろ若き日のジルベールといえば、元気いっぱい飛び出しては、しょっちゅう最終盤に失速していたものだ。たしかに大多数の選手にとって、遠くからの逃げは、唯一の勝機に違いない。しかし稀代のパンチャーの、遠くからのアタックは、時に無鉄砲すぎるようにも思えた。
そう、振り返って見れば、あれはジルベールなりの一流のスタイルであり、哲学だったのだ。たしかに初のビッグタイトル、2006年オムループ・ヘット・ヴォルク(現ヘット・ニュースブラット)は、ラスト7kmからの独走で勝ち取っている。2010年のロンバルディアは、ひどい土砂降りの中、最終5kmでライバルを振り払ったし、2017年ロンド・ファン・フラーンデレンは、50km以上もの一人旅の果てに大きな勝利をつかみとった。
「ここルーベでも同じような状況に持ち込もうと努力した。だって自分の一番好きなレース展開に持ち込むことさえ出来れば、その時こそ、僕は最も上手くやりこなせるのだから」
この日はラスト65kmで逃げに飛び乗った。一旦ライバルたちに追いつかれはしたが、その後も、幾度となく自ら仕掛けた。さらには残り14km、ニルス・ポリッツの加速に上手く呼応する。
最終的にはヴェロドロームでの一騎打ちにもつれ込むのだが、実はこれ、自らの常勝手段を逆手に取った作戦だったのかもしれない。というのもポリッツは「きっとジルベールはラスト3kmでアタックを打つ」と最大限に警戒していたらしい。ところがいつまでたっても敵はアタックを打たず、警戒態勢を解けぬまま、ルーベ競技場に先頭で突入してしまった。まんまと背後を奪ったジルベールは、実は「6日間レース巧者」であるチームメイトのケイセに、じっくりヴェロドローム用スプリントテクを仕込まれてきたそうだ。
36歳でのルーベ初戴冠。しかも25歳で1度走って以来、35歳の昨シーズンまで決してパリ〜ルーベに戻っては来なかった。むしろ本人曰く「キャリア前半は自らに本来備わった脚質を活かして勝利を積み重ね」てきた。26歳の秋にパリ〜トゥールで初めてのクラシックタイトルを手にし、27歳のロンバルディアで初のモニュメント制覇。2011年にはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを勝ち取った。一方でキャリア終盤は「進路を自らで選択」することにした。つまり起伏系→石畳系への転向という、クレイジーな賭けに出た。
話は少々脱線するが、2年前にジルベールがロンド・ファン・フラーンデレンを勝ったせいだろうか。昨季からアルデンヌ派のロンド流入が激しい。2018年ロンドはニバリが、2019年はバルベルデやマシューズが一流の脚を見せつけた。モホリッチに至っては石畳系連戦の締めくくりに、ルーベさえ出場し、そして見事に走り切っている。ちなみに石畳系代表格のサガンが、今年は起伏系最古参のリエージュに初めて殴り込みに行く。
ワンデーからグランツールまで、平地から山岳まで全てを貪り尽くしたエディ・メルクスの時代とは違って、現代は極端に専門化が進んだ時代だと長らく言われてきた。それでも近年はニバリが3大ツールに続き、モニュメントを2つ制し、こうしてジルベールが4つの異なるモニュメントを勝ち取った。残るはミラノ〜サンレモだけ。2008年と2011年には3位に食い込んだ経験を持つ。史上4人目の5大モニュメント完全制覇へのチャレンジは、37歳の春となる。
「もしもアルデンヌだけに集中していたら、アムステル5勝目やリエージュ2勝目を手にしてたかもしれないけどね」
と笑うジルベールは、今はむしろ毎年1つでも、知らないレースを走り、新しいタイトルを手にすることのほうに面白さを感じているとも語る。ただ残念ながら、2012年世界王者は、どうやらオリンピックタイトルには一生縁がなさそう。それにしても、ルーベの優勝記者会見で、まさかジルベールの口から「2020年東京五輪には行かない」宣言が聞かれるとは……!
「もしも発表されたコースプロフィールが本当なら、僕には難しすぎる。テレビ観戦だね。近かったら現地に応援に行きたいけど……遠すぎるもん」
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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