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ちょうど1年前の第20ステージ、大チャンピオンの人生最後の勝利を見届けたブエルタが、この日、未来の王者の最初の一歩を演出した。23歳エンリク・マスが生まれて初めての区間勝利をさらい取り、人生2度目のグランツールで総合2位の座を射止めた。総合3位には24歳ミゲル・アンヘル・ロペスが滑り込み、平均年齢24歳8ヶ月と極めて若い表彰台の頂点には、26歳サイモン・イェーツが君臨した。
38歳アレハンドロ・バルベルデと、31歳ステフェン・クライスヴァイクを表彰台から蹴り出したのは、97.3kmの短距離ステージだった。しかも行く手には6つの峠が待ち構え、ひたすら忙しく上り下りを繰り返す。
その山を目当てに、青玉ジャージ姿のトーマス・デヘントが、宣言通り猛然と飛び出した。いわば逃げ常連たちも次々とあとに続いた。激しい合流と分散を繰り返しつつ、15人の逃げが出来上がる。その中に、密かにアスタナが、2選手を前方へ潜り込ませた。
前日はメイン集団で1日中コントロールに励んだモヴィスターも、この日は、3選手を前方に配置しようと試みた。結局のところ1人しか入れなかったし、最終的になんの助けにもならなかったのだけど。もちろん、かき回すための、努力は怠らなかった。とめどなく続くアタック合戦に終止符を打とうと、スタートから15kmほど先で、ミッチェルトン・スコットが集団に蓋をしつつあった。それを総合6位ナイロ・キンタナが、ぶち破ったのだ。単独で加速を切ると、数キロに渡ってサイモン・イェーツ親衛隊を手間取らせた。ただフィニッシュまでいまだ80kmも残す状況で、キンタナも一旦は集団へと後退した。
総合争いが加熱する前に、デヘントは大急ぎで山岳ポイント収集に向かった。やはり逃げに乗った山岳賞2位バウケ・モレマを、早めに出しぬく努力も惜しまなかった。おかげで序盤2つの峠は、まんまと先頭通過を果たした。3つ目の山に関しては、今大会赤ジャージを2日間着用したヘスス・エラダの独走を許したが……無事に2位のポイントを手に入れた。
そもそも「42.3km地点が僕のフィニッシュライン」と最初から決めていた。だから3つ目の山頂を最後にデヘントが退却した一方で、モレマは4つ目の山頂まで踏ん張った。この時点でポイント差は12pt。残す2つの山で最大18ptの収集が可能だから……デヘントは「最後の山を終えるまで不安でしょうがなかった」そうだ。
それでも1日の終わりに、デヘントは改めて青玉ジャージを身にまとった。最終日は山がひとつも組み込まれていないから、もはや不安を抱く必要などない。プロトン屈指の大逃げ王は、翌日のマドリードで、山岳王に輝くのだ。しかも母国ベルギーにとっては、ブエルタで初めての、またグランツール全体で見れば1983年ツール・ド・フランスのリュシアン・ヴァンインプ以来となる山岳王だ!
「数年前から追い求めていたジャージが、ついに手に入った。僕のDNAには『逃げ』が組み込まれている。ただ山岳賞を狙う場合と、区間勝利を狙うのとでは、逃げ方が違うんだ。だからすごく難しかった。でも。これで晴れて山岳賞を手に入れたから……次からはまた区間勝利のために逃げを打つさ!」(デヘント)
ちょうどデヘントが3つ目の山に向けて上り始めた頃、背後のメイン集団では、アスタナが猛烈な加速を始めていた。最大3分にまで開いた逃げとのタイム差は、またたく間に縮まっていく。それに呼応するように、4つ目の上りで、前方集団に潜むアスタナ2選手が待機の体制に入った。ついには残り38.5km、前で待ち構えていたオマール・フライレとダリオ・カタルドの後輪に、総合5位ロペスが勢い良くブリッジをかけた!
「チームの総力をあげて攻撃に転じた。表彰台か、それとも全てを失うか。そんな一か八かのつもりで飛び出した。総合4位も5位も、10位も100位も同じこと。ただ総合3位以内に入ることだけに意味があった」(ロペス)
残念ながら、この試みは失敗に終わる。たしかにアスタナの猛烈な加速の成果で、サイモンの隣には、もはやアダム・イェーツひとりしか残っていなかった。ところがブエルタ序盤の2週間を目立たず過ごした双子の片割れは、3週目にたっぷり体力を残していた。ここから先、アダムはたったひとりで、約20kmにも渡って驚異的な追走の脚を披露する。4つ目の山のてっぺんで、ロペスをきっちり回収した。同時に逃げ集団をも、全てきれいに飲み込んだ。
つまり下りではキンタナが、この日2度目の攻撃を試みたが、双子を脅かすことなどできなかった。完璧にシンクロしたアダムとサイモンは、敵をほんの目と鼻の先で生かさず殺さず泳がせつつ、長い下りを安全にこなした。残り20kmでロペスが2度目のアタックに転じ、キンタナと共に5つ目の山を先頭で上り始めた後も、アダムが淡々と仕事をこなした。
「でもアダムが、もうこれ以上は無理だ、と言ってきた。少し心配になった。最終峠の前の谷間を恐れていた。最悪な状況に陥る可能性もあった。だから僕は先手を打って、自ら飛び出すことにした。それにロペスは、何かを持ち帰ろうと必死だったから、きっと僕に協力してくれるだろうと考えた」(イェーツ)
残り17km。5つ目の上りで、「攻撃こそ最大の防御なり」と、イェーツは自ら攻撃に転じた。この瞬間を見逃さなかったのが、総合4位につけていたマスだ。山岳アシストを揃えるモヴィスターやアスタナ、ミッチェルトンとは違い、平地巧者集団の一員として孤軍奮闘を続けてきたクライマーに、迷いはなかった。
「あれこそが今区間の決定的瞬間だ。イェーツが飛び出していくのを見て、すぐに、後輪に張り付くべきだと悟った。すごく苦しかったけど、幸いにも僕には、力が残っていた」(マス)
サイモンにとっても、マスは良き同伴者だった。前を行くロペスに対する総合リードはたったの14秒で、しかも後ろに置いてきた総合3位クライスヴァイクをわずか17秒で、総合2位バルベルデを37秒で逆転できるはずの23歳には、とにかく先を急ぐしか選択肢がなかったからだ。しかもサイモンがアンドラ在住なら、マスもまた、アンドラで暮らしている。
「その先の下りのことは、とりわけ良く知っていたから、ロペスとキンタナに追いつけると分かっていた。だからイェーツとも上手く協力関係が築けた」(マス)
マスが知り尽くしていたというラ・コメリャ峠の下りで、残り14km、目論見通りに合流を果たす。ただ4人になってみると、全員が足並みを揃えられるわけではなかった。マスとロペスはひたすら加速に夢中で、キンタナは背後のバルベルデのために一切の牽引を拒否した。恐れていた状況を回避した今、イェーツは、もはやそれほど必死になる必要はなかった。
谷間を抜け、道が登り始めると、残り7kmでキンタナが自主的に後退していった。その直後に、サイモンも、少し脚を緩めた。マスとロペスから、ほんの数十メートルほど後ろに下がると、その後はひたすら自分のペースで上ることにした。
「本当はステージ優勝も欲しかったんだけど、でも2人の走りが猛烈すぎた。テンポがあまりに上がりすぎていたし、むしろ僕は自分のために、自分にできる走りをするのが最善の策だと考えたんだ」(イェーツ)
5月のイタリアでは1週目から全開で飛ばし、区間勝利を3つ手に入れながらも、閉幕3日前に力尽きたサイモンは、「力の使い方を必要に応じてコントロールする」ことを覚えていた。一方で今ブエルタで大会1週目に区間を2つさらい取り、大会2日目からほぼ常に総合2位の座にいた38歳には、もはや体力が残っていなかった。クライスヴァイクがそれでも追い上げを続けたのに対して、バルベルデはただずるずると後退していくだけ。後方へと救済に駆けつけたキンタナにも、成す術はなかった。
若い力が前方で弾けた。先頭で2人きりになったマスとロペスは、互いに競り合いながら、山を飛ぶように駆け上がった。残り4kmで2人揃って表彰台に乗ることが決まった。ラスト3kmからは区間勝利を意識して、野心むき出しの牽制を繰り広げた。残り500mでは、すぐ背後にサイモンが走っていることも構わず、スピードを殺した睨み合いに入った。そして残り125m、マスが一気に加速を切った。
「2012年にバルベルデがここで勝った時のビデオを見て、最終コーナーに先頭で飛び込むべきだと考えていた。だからカーブへ向けて全力で飛び出して、あとはラインまで勢いのまま駆け抜けた」(マス)
爆発的なグランツール初区間勝利と共に、マスは生まれて初めてのグランツール表彰台の座をも射止めた。人生2度目のグランツールで成し遂げた快挙であり、祖国スペインにとっては2016年ジロで……バルベルデが総合3位に終わって以来となる、グランツール総合表彰台だった。
「表彰台に上るという目標を達成できて、心から満足している。でも、まだちょっとだけ、ビクビクしてるかな。だってマドリードで落車とか、なにか変なことが起きたりするかもしれないし。とにかく、表彰台乗りが今回1回きりではないことを、願ってるよ」(マス)
同タイム区間2位で終えたロペスも、ジロと同じく、最終日前日に逆転表彰台乗りを成功させた。クライスヴァイクは1分15秒遅れでフィニッシュ。マリア・ローザを4日間守った果てに、首位から転がり落ちた2016年ジロと同じく、総合4位で今大会を締めくくることになった。バルベルデは、キンタナと共に、3分09秒遅れで1日を終えた。2009年以来9年ぶりのブエルタ総合優勝を夢見たが、表彰台を守るどころか、総合5位まで一気に陥落した。
「敗北を受け入れなければならないし、自分よりも上の選手がいたことも受け入れねばならない。もちろん、表彰台を失ったことは辛いことだけど、全てを尽くした結果だから失望はしていない」(バルベルデ)
極めて幸いなことに、ポイント賞の緑ジャージは確保したから……マドリードの表彰式に出席することはできる。人生12回目のブエルタで、なんと8回目の表彰式である。それにバルベルデの心は、早くも2週間後の世界選手権へと飛んでいる。
「このブエルタに最後まで集中し続けつつも、世界選手権のことも考えなきゃならない。たしかにこの2日間は調子が悪かったけど、しっかり回復できると思ってる。それにスペイン代表は強いチームになるよ。なにしろマスという、すごく強い選手がいるんだから」(バルベルデ)
もちろんマスとロペスの23秒後に、喜びを噛み締めながら、サイモン・イェーツが山頂へとたどり着いた。イタリアで逃した栄光が、スペインで手に入った。
「クレイジーな気分だ。ジロであんなことがあった後だったから、これほど全てが上手く行くなんて考えてもいなかった。でも今回は、常に冷静でいられたし、攻撃性を上手く抑えて走れたんだ。おかげで、ついに、僕は成し遂げた。すごくホッとしてる。まだ信じられないような気分だ」(イェーツ)
2018年ブエルタの総合争いは、アンドラの山頂で全てが決した。クリス・フルーム、ゲラント・トーマスに続く今シーズン3人目の「英国人」グランツール総合覇者として、サイモン・イェーツはマドリードへと入場を果たす。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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