人気ランキング

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

メルマガ

お好きなジャンルのコラムや
ニュース、番組情報をお届け!

メルマガ一覧へ

コラム&ブログ一覧

サイクル ロードレース コラム 2018年9月15日

ブエルタ・ア・エスパーニャ2018 第19ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
  • Line
今大会2勝目をあげたティボー・ピノ

今大会2勝目をあげたティボー・ピノ

ケーキの上のさくらんぼ。今ブエルタ2勝目を、ティボー・ピノはこう表現した。第15ステージでは伝統峠コバドンガを勝ち取った。この日は標高2000mを超えるアンドラの山頂で、ガッツポーズを突き上げて……すでに美味しく焼きあがったブエルタに、華やかな飾りを施した。最後まで共に協力し合ったサイモン・イェーツは、望み通りライバルたちから十分なタイム差を稼いだが、「終わるまでは終わりじゃない」と改めて気を引き締めた。

むしろ登坂一発勝負に向けて、積極的な走りを見せたのはモヴィスターだった。25秒差で総合2位につけるアレハンドロ・バルベルデに、マイヨ・ロホを着せよう。そう誓って、文字通りスタート直後から、とびきり厳しい集団制御に乗り出した。激しいアタック合戦の末に、40km地点でミカル・クヴィアトコウスキーを含む3選手が飛び出し、1分半ほどのリードをつけるも、8人全員で回収に向かった。セルジオルイス・エナオやイゴール・アントン、ピエール・ローランというクライマーが次々とチャンスを追い求めたが、やはりモヴィスターがすべてを潰した。

スタートから約70km、ヨナタン・カストロビエホとバンジャマン・トマ、さらにトム・ヴァンアズブロックがわずかに距離を開いた。するとようやくモヴィスターは許可を出した。もっともヴァンアズブロックはすぐに後方へと退却したから、ますます好都合だった。逃げには最大2分半ほどのリードしか与えず、モヴィスターはメイン集団で全員隊列を組み続けた。

あまりに高速で引き続けたものだから、途中で分断さえ発生した。残り35km、細く長く伸び切ったプロトンが、前から30番目くらいでプチンと切れた。イェーツやステフェン・クライスヴァイク、ミゲル・アンヘル・ロペスが、うっかり後方へと取り残されてしまった。幸いにもボーラ・ハンスグローエが穴を塞ぎに走った。集団はあっさりひとつに戻り、マイヨ・ロホも危機を脱した。

最終峠に入る直前に設置されていた中間ポイントを、モヴィスターは取らなかったのだろうか。それとも取れなかったのだろうか。逃げの吸収にはわずか15秒ほど間に合わず、3位通過……つまりボーナスタイム1秒収集の機会は、イェーツのアシスト役ルカ・メツゲッツに潰された。結局、全長17kmのラバサ峠に上り始めた直後に、2人の逃げにモヴィスターは終止符を打った。

約140kmの平地をひたすら高速で突き進んだ果てに、たった1つだけの、しかしとびきり恐ろしい山道へと上り始めた。ここでもモヴィスターは制御権を固守し、ウィナー・アナコナが最前列でテンポを刻んだ。登坂口から1kmに渡って続く13%超の激勾配で、メイン集団をあっというまに小さく分解した。

サイモン・イェーツと利害が一致したティボー・ピノ

サイモン・イェーツと利害が一致したティボー・ピノ

アナコナが仕事を終えると、総合6位ナイロ・キンタナが動く番だった。2日前に1分近くタイムを失い、「今後はバルベルデのサポートに回る」と宣言した2016年ブエルタ覇者は、残り13kmで鋭いアタックを繰り出した。チームミーティングで決めた「計画通り」だった。

ジョージ・ベネットに連れられて、総合5位ステフェン・クライスヴァイクが合流してきたのは、モヴィスターにとって好都合だったに違いない。そこまでアシストたちをたっぷり温存していたミッチェルトン・スコットが、いよいよ追走の責任を引き受けざるを得なくなったからだ。

いまだ2人のアシストを残していたサイモン・イェーツは、ジャック・ヘイグに先頭を引かせた。淡々と一定リズムで登り、即時に危険にはならない2人とのタイム差を、静かにコントロールするに留まっていた。

ところが、残り11.5kmで、今度はピノが前方へと飛び出した。フレンチクライマーが区間狙いなのは明らかだった。総合ではすでに5分半以上も遅れており、首位の座はもちろん、総合表彰台争いさえ脅かすことのない選手を、つまりわざわざ追いかける必要など一切なかった。しかしピノの強さも知っていた。コバドンガの山頂で勝った時など、サイモンは思わずインタビューで絶賛したほどだ。

つまり同伴者として、ピノは理想的だった。なによりサイモンは、脚の調子が極めて良かった。

「すごく調子が良かった。そして調子が良い時には、トライすべきなんだ。今日は特にプランはなかった。ただチームや僕がどんな調子なのかを把握しつつ、冷静に、制御に務めるつもりだった。だから数人が飛び出していった後、ヘイグと共に制御を続けた。でもあまりに僕の調子が良いものだから、自分にふさわしいタイミングを待って、それから飛び出した」(サイモン・イェーツ)

3年前からアンドラで暮らし、山道を完璧に知り尽くしていたイェーツにとって、「自らのタイミング」は残り10kmのアーチの下だった。マイヨ・ロホはアタックを打つと、あっという間に前を行く4人に追いついた。

「まさかサイモンが追いかけてくるとは思わなかった」と、ピノもクライスヴァイクも驚いた。おそらくモヴィスターにとっても予想外だった。アレハンドロ・バルベルデは動けなかった。慌ててリカルド・カラパスが牽引に乗り出したが、どんどん引き離されていくばかり。38歳大ベテランの非常事態に、あろうことか、キンタナが前から呼び戻されてしまう。

この日、大いに苦しんだアレハンドロ・バルベルデ

この日、大いに苦しんだアレハンドロ・バルベルデ

「イェーツがアタックして、差をつけ始めたから、僕はバルベルデを待った。彼がタイムをできるだけ失わずに済むよう、助けにまわったんだ」(キンタナ)

しかし肝心のバルベルデが、「非常に苦しんだ」と語る通り、絶不調だった。総合4位ロペスのために、ペイオ・ビルバオも牽引に手を貸したが、やはりエース本人が「体調不良で空っぽだった」。当然ながら追走スピードを急速に上げることなど不可能で、しかも残り6.5kmでタイミング悪くキンタナがパンクして……。バイク交換後、健気にもキンタナは全力で追い上げると、再び大先輩のために涙ぐましい努力を行った。しかも集団内では、もうひとりのイェーツ、つまりアダムが厳しくライバルたちを監視していた。サイモンとのタイム差は、じわり、じわりと広がっていく一方だった。

なにしろサイモンは毅然と加速を続けた。ピノも積極的に先頭交代を引き受けた。「サイモンから声をかけられたんだ。もしも助けてくれたら、区間勝利は君のものだ、って」とレース後のピノはあっけらかんと答えた。「ピノはすぐに引き受けてくれた。この恩はすぐには忘れないよ!」と、もちろんサイモンも感謝の気持ちを世界中に表明した。

「僕だって勝つためには、後方を突き離す必要があった。だからサイモンのものすごい走りを、僕も利用したのさ。なにより彼はアンドラで暮らし、道を知り尽くしていた。あの山をどう上るべきなのかを、完全に把握していた」(ピノ)

こんなピノが唯一心配していたのが、クライスヴァイクの存在だった。先頭交代に加わらないのは、苦しんでいるからなのか、果たして「ブラフ」なのか……と。実際はぎりぎりの状態だったオランダ人は、残り1kmで脱落した。あとはサイモンが男の約束をきっちり守り、ピノが山頂で2つ目の区間勝利を手に入れるだけでよかった。

「まるで夢のような成功だ。今ブエルタは総合は一切考えず、ただ区間勝利だけを追い求めた。だからコバドンガの勝利で、すでに目的は達成していたんだ。昨日と一昨日はひどい不調に苦しんだ。でも今日は脚の調子を取り戻せたから……思いっきりやってみたくなった。しかも登りはまさしく僕向き。走っていてすごく喜びを感じたよ。この2勝目はまさにボーナス。ケーキの上のさくらんぼだ」(ピノ)

4位に陥落したエンリク・マス、ただし表彰台までの距離はたったの17秒

4位に陥落したエンリク・マス、ただし表彰台までの距離はたったの17秒

5秒後にフィニッシュラインを越えたイェーツは、2位のボーナスタイム6秒も収集した。クライスヴァイクはさらに8秒遅れて山頂にたどり着き、やはり4秒のボーナスタイムを手に入れた。目論見通り大きな成果を手に入れた2人に対して、総合ライバルたちは大きくタイムを落とした。

ひたすらキンタナがとビルバオが献身を尽くしたが、残り7kmですでに遅れは30秒に開いていた。総合12位ウィルコ・ケルデルマンや10位トニー・ガロパンさえも積極的な飛び出しを試みる中、2位バルベルデ、3位エンリク・マス、4位ロペスは膠着状態に陥った。残り5.5kmで差は1分に達した。ようやくロペスが何度か加速を試み、残り1.5kmでマスも動くが、もはや若き2人にできることは、大ベテランのバルベルデを蹴落とすことだけだった。

ピノの勝利から52秒後、8位リゴベルト・ウランと共に、ロペスとマスはラインを越えた。つまりイェーツから47秒落とし、表彰台の直接的ライバルであるクライスヴァイクからは39秒を失った。バルベルデはマイヨ・ロホから1分07秒遅れ、疲弊したキンタナはさらに37秒後に1日を終えた。

「時には勝ち、時には負ける。それが自転車レース」と語ったバルベルデは、平坦ステージの山頂フィニッシュの終わりに、総合では1分38秒差に後退した。クライスヴァイクは総合3位に返り咲き、しかも2位までわずか20秒差に詰め寄った。マスは総合4位に陥落したが、表彰台までの距離はたったの17秒でしかない。また5月のジロでは第19ステージ終了時点で総合4位ながら、翌第20ステージで表彰台の座を射止めたロペスは、9月のスペインでは総合5位につける。3位クライスヴァイクに対する遅れは31秒だ。

そして鬼門の……ジロでマリア・ローザを失った第19ステージを、完璧な形で乗り越えたサイモン・イェーツは、「あと1日」と気を引き締める。

「まだ僕はブエルタを勝ったわけではない。たったの1日で全てが変わってしまうことを、僕は痛いほど知っている。明日も集中力を切らさず警戒していく。終わるまでは、終わりじゃない」(イェーツ)

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

  • Line

あわせて読みたい

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

ジャンル一覧

J SPORTSで
サイクル ロードレースを応援しよう!

サイクル ロードレースの放送・配信ページへ