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あえて、このステージに、狙いを定めた。山がひとつもない、極めて単純なはずの平坦ステージに向けて、わざわざ数日前から体力を温存し続けた。とんでもない衝撃を作り出せる確信はあった。そしてイェーレ ・ワライスは見事にやってのけた。力強い脚と、鉄の心臓と、なにより驚くべき戦術能力とを駆使して、スプリンターチームの追い上げをぎりぎりで交わしきった。
160人に小さくなったプロトンから、スタート直後に3選手が飛び出した。あっさり逃げは容認された。しばらく先でクイックステップフロアーズが制御に乗り出した。すぐにトレック・セガフレードも作業の分担に名乗りを上げ、ボーラ・ハンスグローエも前方に牽引要員を送り込んだ。逃げには最大でも3分ほどのリードしか与えなかった。ステージ折り返し地点の補給地点を過ぎてからは、タイム差を延々2分程度で巧みに保ち続けた。3つのスプリンターチームは、なんのミスも怠慢も犯さず、至って予定通りに集団スプリントフィニッシュへと向けて突き進んでいた。
前方を走るイェーレ ・ワライスとスヴェンエリック・ビストラム、イェツ・ボルもまた、ひたすら黙々とペダルを回していた。ひときわ風の強い地域で、幸いにも、追い風が背中を押してくれた。おかげで走行スピードは、常に時速45kmを超えた。
フィニッシュまで約35km。前方の3人は、ほんの少し走行速度を引き上げた。タイム差も2分40秒にまで広がった。当然ながらメインプロトンも、加速にきっちり呼応したはずだった。どこかに誤算があったのだとしたら、逃げ集団の加速のタイミングが、きっちり計算に基づいたものだったということ。
「残り50kmを切った後、前方の3人で話し合ったんだ。35km付近で加速することで合意した。というのも、そこから先は、カーブやロータリーが多発する。大きな集団にとっては、地形のせいで、追走スピードを上げるのが難しい。それにちょうど軽い下りパートだったから、スピードアップには非常に適していた」(ワライス)
ワライスの読みは的中する。集団は必死にスピードアップを図った。長く細い一列棒状となり、時には小さな亀裂も生まれた。ラスト20kmでは差はいまだ1分40秒も残っていた。前夜の奮闘で総合3位に格上げしたエンリク・マスのために、できるだけ人員を温存しておきたかったはずのクイックステップも、2人体制で高速チェイスを試みた。ところが残り15kmを切っても、あいかわらず距離は1分15秒開いたまま。
「僕はこれまで何度もこういう逃げを経験してきた。予想の裏をかくサプライズもいくつか成功させてきた。もちろん2014年のパリ~トゥールもそのひとつ。なによりあの日は、ヴォクレールと一緒に走ったことで、たくさんのことを学びとったんだ」(ワライス)
そう、4年前の落ち葉のクラシックでは、0km地点で逃げ出すと、237kmもの大逃げを成功させた。背後から迫ってくる集団を、鮮やかに交わしきった。最後まで共に先を急いだのは、「逃げ」スペシャリストならぬ、「逃げ切り」スペシャリストのトマ・ヴォクレール。ちなみに当時ほぼ無名のワライスは、残り1kmから大先輩の背中にひたすら張り付き、一騎打ちスプリントをさらいとった。キャリアで通算20日間もマイヨ・ジョーヌを着用してきた大スターは腹を立て、表彰式に姿を表さなかった。
ようやく差が1分を切った頃には、フィニッシュまで10kmに迫っていた。メイン集団は一致団結するどころか、もはや秩序なきカオスな状態に陥っていた。焦って抜け駆けアタックを試みる者や、諦めて力尽きる者たちが続出し……。
一方で残り7km、ついに前線はワライスとビストラムの2人だけになった。しかしワライスが2014年にパリ~トゥールを制したのだとしたら、ちょうど3週間前に、ビストラムは世界選手権U23ロードレースを独走で勝ち取っている。実力者の2人が、決して脚を緩めることはなかった。
「最後の15kmは全力を尽くした。僕らは強かった。プロトンをまんまと手玉に取ったのさ」(ビストラム)
ラスト1.5kmに差し掛かった時に、チームカーから無線でいまだ20秒近く保っていることを知らされたワライスは、大きな賭けに出ることに決めた。先頭後退を一切放棄し、ビストラムの後輪にピタリと入り込んだのだ。以降、一度たりとも、後ろを振り向かなかったなかった。ただ毅然と前だけを見つめ続けた。
「ビストラムがスプリントに強いことは知っていた。だから上手く立ち回らなきゃならなかった。敵の背後をとって、ただフィニッシュラインだけに集中した。ひたすら自分にふさわしいタイミングが訪れるのを待ち続けた。負けることを恐れはしなかった」(ワライス)
先手を取られたビストラムは、もはや背後をしきりに気にする以外に選択肢はなかった。最終1kmは軽い上り坂だったから、おそらく、後方から迫ってくるメイン集団が見えたはずだ。もちろんペーター・サガンとエリア・ヴィヴィアーニが、残り500mでロングスプリントを切り、ものすごい勢いで駆け上がってくる姿も!
全てを見ていたビストラムが、残り200mでスプリントを切ると、それを合図にワライスも加速した。重いギアを一気に踏み込むと、そのままフィニッシュラインを先頭で駆け抜けた。ビストラムが2位に甘んじた直後に、サガンとヴィヴィアーニも猛スピードで雪崩込んできた。タイム差はゼロ。ワライスが賭けに勝ち、ぎりぎりの逃げ切りで、生まれて初めてのグランツール区間勝利をさらいとった。
「大部分のみなさんはスプリントフィニッシュを予想していたと思うけど、僕の頭の中には、ずっとこのステージのことがあった。もしも調子さえ上がっていれば、サプライズを作り出せると思っていたんだ。ずっとグランツールの区間勝利を追い求めてきた。子どもの頃からの夢だった。この勝利の喜びを、僕はこれから一生涯かけて、噛み締めることができるんだね!」(ワライス)
39人の中規模集団が、ワライスと同タイムでフィニッシュに駆け込んだ。マイヨ・ロホのサイモン・イェーツは最終盤の混乱を難なく乗り切り、総合トップ10全員が先頭集団で1日を終えた。
「静かな1日だった。おそらくブエルタ始まって以来、最も簡単なステージだったね。ただ最終盤はひどくスピードが上がったから、安全確保のために、前方に留まるよう心がけた」(イェーツ)
つまりイェーツと総合2位アレハンドロ・バルベルデのタイム差は、25秒のまま変動はなかった。総合3位エンリク・マスは1分22秒差につけ、さらにミゲル・アンヘル・ロペス、ステフェン・クライスヴァイク、ナイロ・キンタナと続く。総合3位から6位までは、わずか49秒しか離れていない。
そして、いよいよ、2018年ブエルタ・ア・エスパーニャが最後の週末へと突入する。標高の高いアンドラの難関峠を舞台に、上記6人が最後のマイヨ・ロホ争いを繰り広げる。
「おそらくモヴィスターが何か仕掛けてくるだろう。もしかしたら明日はキンタナが、最終峠の上り口から、早くもプレッシャーをかけてくるかもしれない。バルベルデとマスも、おそらく積極的な走りを見せるだろう。僕はキャリア序盤の2015年からアンドラで暮らしている。だから山道のことは良く知っているんだ。非常にきつい上りだよ。僕はただひたすら、自分の走りを心がけるだけさ」(イェーツ)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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