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人生における長く苦しい試練を乗り越えてきたマイケル・ウッズが、まるで責め苦のような激坂に打ち勝って、喜びを手につかんだ。深く濃い霧に紛れて、マイヨ・ロホを追い求める者たちもまた、死闘を繰り広げた。38歳大ベテランと23歳若者が驚異的な好調さを証明し、マイヨ・ロホは頼もしいチーム力を見せつけた。
荒れた路面と、最大23.83%にも達する激勾配。人はその坂道を「Infierno de hormigon(コンクリートの地獄)」と呼んだ。こんなバスクが隠し持っていた化け物へと向かって、スタートフラッグが振り下ろされた瞬間、オマール・フライレが矢のように飛び出した。熾烈なアタック合戦をかいくぐり、直後の3級峠で出来上がった逃げ集団にもまんまと滑り込んだ。おかげでバスクっ子は、32km地点に通過した故郷サントゥルツィを、先頭で駆け抜ける権利を存分に満喫した。
最終的に26人にまで膨れ上がったエスケープには、下一桁1番のゼッケンが多く見られた。1番ヴィンチェンツォ・ニバリ、121番イルヌール・ザカリン、141番ダビ・デラクルス、161番バウケ・モレマと、いずれも総合争いから脱落した強豪ばかり。また背番号こそ118ではあるものの、1年前のスペイン一周で総合7位と奮闘し、再度総合上位入を目指してスペイン入りしたウッズの姿もあった。
いわゆる「逃げ常連」もずらり肩を並べた。すでに数限りなく逃げて2位2回に泣いたモレマはもちろん、トップ5位4回というディラン・トゥーンスに、13日目にとんでもない若者に勝利を横取りされてしまったラファル・マイカに……なによりトーマス・デヘント!
すでに第2、9、12、13、14ステージで長距離の逃げを実現し、11日目と15日目にも序盤にわずかながら前方へ走り出たデヘントが、行く手に6つの峠が待ち受けるこの日を逃すわけがない。もちろん一旦エスケープに入り込んでからは、常に精力的に前を引き、山頂が訪れるたびに全力でポイントを獲りに行った。
こうして序盤5峠の全てで先頭通過を果たすと、山岳ポイント17ptを懐に入れた。ついには第2ステージから山岳賞首位を守りながらも、ここ数日は気管支炎に苦しんでいたルイス・マテマルドネスから、青玉ジャージを奪い取った。パリ~ニース、ツール・ド・スイス、ダウンアンダー、カタルーニャ一周等々ですでに山岳賞を持ち帰ったことのあるデヘントだが、3週間のレースでは2016年にツールとブエルタでジャージ着用の経験があるだけ。かつて大逃げでジロ総合3位を射止めた桁外れの「逃げスペシャリスト」が、いよいよ念願のグランツール山岳賞に輝くことができるだろうか。
「あとは土曜日にジャージを守れるかどうかだ。山岳ジャージ争奪戦において最も重要な1日となるだろう。手強い敵はモレマとキング。マテは数日前から不調だが、もしかしたら体調を回復して、土曜日のバトルに加わるかもしれない。もしも僕ら4人全員が逃げに乗って、各山頂でポイント争いのスプリントを繰り広げたとしたら、きっと最高だろうね」(デヘント)
山頂のたびに加速するデヘントの周囲では、徐々に区間争いに向けた動きが活発化していった。なにしろミッチェルトン・スコットが制御するメイン集団からは、最大8分15秒のリードを許された。残り60kmを切ると、慌てた地元チームのエウスカディバスクカントリー・ムリアスが追走作業に乗り出したが、もはや逃げ切り向けた流れは止められなかった。4つ目の山頂ではニバリがすかさずデヘントの背後に飛び乗り、続く5つ目ではフライレがぴたりと後輪に滑り込んだ。熾烈なダウンヒル攻勢が繰り広げられ、26人の先頭集団は少しずつ小さくなっていった。 全長7.3kmの最終峠へと上り始めると、前方へ複数人を紛れ込ませたチームが本格的な攻撃に転じた。特に今大会すでに区間勝利を上げたサイモン・クラーク(第5ステージ)とアレッサンドロ・デマルキ(第11ステージ)が、ウッズとトゥーンスのために惜しみなく力を尽くした。
残り4km、いよいよコンクリートの地獄が、牙を向いた。さらにフィニッシュ手前2.5kmの、すなわち超がつくほどの激勾配ゾーンに差し掛かると、ダビ・デラクルスがスピードアップを敢行した。しかも一度とは言わず、幾度となく執拗に加速を繰り返した。ただウッズとトゥーンス、マイカだけが、スペイン人の猛攻を凌ぎ切った。
すると残り800m、今度はマイカが攻撃に転じる番だった。この日28歳の誕生日を迎えたクライマーは、いまだ13%超の激勾配の中で、いつしかトゥーンスに先頭の座を奪われてしまう。このパンチャーも、残り500mでウッズに先行を許した。誰にとっても、まるで無限のように感じられる、恐ろしい500mの始まりだった。
「もっとフィニッシュに近いと思って加速を切ったんだけど、その直後に500mの表示板が目に入った。すぐに悟ったよ。つまりあと少なくとも2分は、もがき続けなきゃならないということをね」(ウッズ)
ひどい濃霧が山道を包み込んでいた。勾配は下がるどころか、再び18%にまで跳ね上がった。脚の痛みに顔を歪め、自らの持てる力を限界まで「掘り起こさなきゃならなかった」というウッズにとっては、まるで受難の道だった。
「ずっと苦しいシーズンを送ってきた。何度も落車して、体調を崩して……自分の真のポテンシャルを発揮する機会に恵まれなかった。しかも僕と妻は息子を失った。2ヶ月前に妻が死産したんだ。妻の父も1ヶ月前に亡くなった。だから坂道を上りながら、家族のことを考えた。息子のために勝ちたいと願った。ただただ僕の小さな息子ハンターのことを想い続けたんだ」(ウッズ)
暗い地獄を抜け出した先には、輝ける栄光が待っていた。ウッズは先頭でフィニッシュラインを越え、急速に追い上げてきたトゥーンスを5秒差で振り払った。本来は陸上選手で、2013年から本格的な自転車レース転戦を始め、トッププロの世界に入ってわずか3シーズン目という遅咲きが、31歳で初めてグランツール区間勝利を手に入れた。山頂では喜びと悲しみの入り混じった涙が溢れ出した。
後方の大物たちは、残り25kmから動き始めた。アスタナが突如として全員で隊列を組み上げると、弱者を後方からどんどんと切り捨てていった。さらには最終峠に入ると、バスクで生まれ育ったペイオ・ビルバオが、リーダーのミゲル・アンヘル・ロペスのために高速テンポを刻んだ。
ところが肝心の荒れたコンクリート道路に突入すると同時に、ロペスは全てのアシストを使い果たしてしまう(ただし最終1kmではフライレが前で待っていた)。総合2位アレハンドロ・バルベルデが、「他の選手たちの調子を見るために」、少々長めの加速を試みたせいだ。ちなみに、ここで判明したのは、ミッチェルトン・スコットの山岳アシストたちが頼もしい脚と素晴らしい忠誠心を持っていること。なにしろジャック・ヘイグがすかさず事態収拾に走った。これを最後にヘイグが仕事を終えると、サイモンの双子の兄弟アダム・イェーツが牽引作業を引き継いだ。
もはやマイヨ・ロホを含む総合上位6人だけが生き残り、互いに睨み合っていた。その最前列に立ち、アダムはひたすら厳しいリズムを強いた。残り2.5km、総合4位ナイロ・キンタナがついていけなくなった。ほんの少し先では総合3位ステフェン・クライスヴァイクさえも蹴落とした。さらにはラスト1.5kmでロペス本人がアタックを仕掛けると……サイモンとほぼ同じ脚質を持っているアダムが、素早い牽引で危険人物を引きずり下ろした。
「ご覧の通りチームは今日もまたファンタスティックだった。ジャックはとてつもない仕事を成し遂げてくれたし、アダムはものすごい高速牽引を行ってくれた。ほぼフィニッシュ直前まで僕を守ってくれたよ!」(サイモン・イェーツ)
最後はサイモン・イェーツとバルベルデ、総合5位エンリク・マスの3人が、エースによる直接対決を繰り広げた。そして「ユイの壁」でおなじみフレッシュ・ワロンヌを過去5度も勝ち取ってきた38歳大ベテランが鮮やかなスプリントを切ると、23歳マスと共に、イェーツに8秒先行してフィニッシュラインを越えた。
イェーツの2秒後にはロペスが滑り込んだ。キンタナとクライスヴァイクが山頂に到着したのは、56秒も後のことだった。
「脚の調子はすごく良かったし、最後の最後でバルベルデやマスに数秒失われたことは、それほど悔やむべきことではない。むしろ数人のライバルからタイムを奪うことができたことに、満足しているんだ」(イェーツ)
本当に良い1日だった、と笑うイェーツは、つまり前日33秒差に突き離したバルベルデに、再びマイヨ・ロホまで25秒差に迫られた。しかも日に日に調子を上げているマスは、とうとう総合表彰台の位置へと駆け上がり、首位まで1分22秒差に接近した。アストゥリアス3連戦前は総合12位でしかなく、休息日前夜にはいまだイェーツから1分55秒の遅れを喫していたというのに。
またロペスはわずか1日で総合4位(1分36秒差)に返り咲いた。クライスヴァイクは再び5位(1分48秒)へと後退。キンタナは6位(2分11秒)へと順位を落とし、今後はバルベルデのサポートにまわることを宣言した。
「今日のキンタナは1分失ったけれど、大した損失じゃない。脚さえあれば、きっとキンタナは、アンドラステージで遠くから仕掛けるはずだ。僕の人生を間違いなく複雑にしてくれるだろうね」(イェーツ)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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