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総合上位4人がたったの43秒以内に並ぶ接戦状態から、上位6人が1分34秒以内で競り合う構図へと変わった。ステフェン・クライスヴァイクはとてつもない激走で総合3位へと駆け上がり、サイモン・イェーツは大切なマイヨ・ロホを失うどころか、むしろ総合2位アレハンドロ・バルベルデへさらに7秒差を突きつけた。大会初日8kmの個人タイムトライアルでは2位以下に6秒差をつけたローハン・デニスが、32kmの単独走行の終わりに、50秒のリードで優勝を手に入れた。
大会2回目の休息日が終わり、大会も残り6日。しかしローハン・デニスにとっては、最後の1日だった。厳しい山岳3連戦をひたすら耐え抜いてきたオーストラリアTTチャンピオンは、固く心に誓っていた。「このTTで2勝目を上げて、家に帰るのだ」と。
「世界選手権に向けて、今大会には開幕TTと今日のTTのためだけに乗り込んだ。初日を勝った後、『2週間後には、これより20km以上長いコースを走るんだぞ』と自分に言い聞かせて、体力をできる限り温存しながら走ってきた」(デニス)
目論見通りに初日を制し、マイヨ・ロホを1日だけ着用したデニスは、この日は全出走166人中65番目にスタートを切った。ほんの3人前にTT巧者ヨナタン・カストロビエホが走っていたのは、実にありがたかった。スカイのスペイン人は、途中2つの計測地点をトップタイムで通過した上に、走行後は暫定首位に立ったからだ。
「カストロビエホのタイムは良い指針となった。自分にいい走りが出来ているのかどうかを判断できたからね。そもそもパワーメーターの数字を見れば、好パフォーマンスを実現できたことは分かっていた。とにかく序盤は出力を制御して走り、中盤の起伏では全力を尽くし、そのまま最終盤は落ち着いてスピードを保ち続けた」(デニス)
いずれの中間計測でも、カストロビエホのタイムを塗り替える好走を披露した。フィニッシュラインは最速の37分57秒で駆け抜けた。ただミカル・クヴィアトコウスキーに追い抜かれないかどうかだけが少々心配だった。……しかし、デニスの後を継いで大会2日目からマイヨ・ロホを着たスカイのポーランド人は、51秒も遅かった。むしろチームメートのジョセフ・ロスコフが力強い走りで、50秒差の区間2位に食い込んだ。
ホットシートで約2時間のんびりと待った後、望み通り、デニスにTT勝利がもたらされた。全出走選手中で唯一時速50kmを超える快走だった。しかも2009年のファビアン・カンチェッラーラ以来となる、同一年グランツール個人タイムトライアル区間3勝を成し遂げた(ジロ1勝、ブエルタ2勝)。ちなみに、その年のカンチェはツールで区間1勝、ブエルタで区間2勝を上げた後、スペイン一周を途中で放棄して帰宅した。ご存知の通り、直後には、世界選手権で個人タイムトライアルを制している!
「今ブエルタでは最高の2日間と、難しい14日間を過ごしてきた。とにかくグランツールの3分の2を戦い、それから帰宅して、じっくりとTTに特化した最終調整を積むというのは、世界選に向けた準備としては完璧だと思ってる」(デニス)
成功と希望を手にデニスがスペインを離れる一方で、総合勢にとっては、さらなる激戦の始まりでしかなかった。
真っ先に衝撃的な走りを見せたのは、第15ステージ終了時点で総合6位につけていたエンリク・マスだった。休息日前の難関3日間でぐいぐいと頭角を現してきた23歳は、タイムトライアルに対する高い適性さえも証明した。チーム内で先に走り終えたキャスパー・アズグリーン(区間10位)やローレンス・デプルス(区間8位)から、情報やデータを得られたのも有利だったはずだ。「コンタドールの後継者」は、デニスから1分03秒差の区間6位でフィニッシュラインへと飛び込んだ。
2分後にスタート台から走り出した総合5位クライスヴァイクは、さらにセンセーショナルな走りを見せた。10kmの第1計測地点で、12分06秒を記録し……なんとデニスより4秒速かったのだ!
「しっかり準備して臨んだし、調子も良かった。序盤から猛スピードで飛ばした。でもちょっと飛ばしすぎだったね。第1中間のタイムを見て、そのことに気がついた。そこから先は、どうせ区間を勝てないだろうことは分かっていたから、ひたすら好位置をキープすることに集中した」(クライスヴァイク)
第2計測はさすがにデニスより24秒遅れではあったけれど、2位の座を守った。そして平坦な最終盤でもしっかりと生き残り、最終的には51秒差の区間4位で締めくくった。なにより総合トップ10選手の中で、クライスヴァイクこそが最速タイムを叩き出した。マスより12秒、イェーツより37秒も速く走ったのだ。
ただし肝心のサイモン・イェーツは、マスとクライスヴァイクを除く全ての総合ライバルよりも、32kmの個人TTを素早く駆け抜けた。コバドンガで呆れるほどの警戒ごっこを繰り広げ、「山での実力は引き分けかな……」なんて言い放った総合ライバルたちを、改めて後悔の渦へと突き落とした。
実は総合4位ミゲル・アンヘル・ロペスと3位ナイロ・キンタナは、あわやTTでも引き分けに終わるところだった。第1計測地点を、いずれも40秒遅れの同タイムで走り抜けたのだ!ただし中盤でロペスが、ライバルに対して13秒の遅れを取ってしまう。最終盤でなんとか再び4秒詰めたが、結局はキンタナから9秒遅れのフィニッシュとなった。
総合26秒差につけていたバルベルデにとって、総合首位の座は射程圏内だった。本人の意図はともかく、所属チームのモヴィスターは、「今日こそバルベルデにマイヨ・ロホを着せる」とスタート前に高らかに宣言していた。「もそも今大会、これまでも何度もチャンスはあったはずだ。特に第9ステージから第11ステージまでは、イェーツの1秒差で総合2位につけてきたのだが。
そしてスタートから10kmで、イェーツとの差を順調に3秒縮めた。ところが中盤で向かい風に苦しめられ、マイヨ・ロホから逆に15秒差をつけられてしまう。「リズムを崩さず淡々と走った」イェーツから、その後も思うようにタイムを回収することはできなかった。結局バルベルデは、新たに7秒を失った。2014年ブエルタ第8ステージ以来4年ぶりにマイヨ・ロホをまとうことは叶わなかった。
「僕も38歳だから……。でもいまだに総合2位につけてるから問題ないさ。今後は僕が唯一絶対のチームエースかって?いや、そうは思わない。あくまでもリーダーはキンタナだ。たしかに周りからは色々期待されているのは分かるけど、僕自身は、あまりプレッシャーを感じずに走り続けたい」(バルベルデ)
ちなみにステージ後に、アルカンシェル争奪戦に向けたスペイン代表プレ人選が発表された。当然ながら、バルベルデの名前もそこにはあった。やはり世界選手権を視野に入れつつ、ピークを長期に渡って保てるような調整を積んできたというサイモン・イェーツは、デニスから1分28秒遅れの13位でフィニッシュラインを越えた。総合2位バルベルデとのタイム差は、26秒から33秒へと押し広げることに成功した。
総合3位との差も、33秒から52秒へと拡大した。ただし3番目につけるのは、もはやキンタナではない。ツール3週目から絶好調を維持するクライスヴァイクが、ついに表彰台の位置に昇格したからだ。キンタナは1分15秒遅れの総合4位へと一歩後退した。また総合5位にはマスが1分30秒差で割り込み、しかも1分34秒差の6位ロペスから、(ジャージは存在しないが)新人賞までもさらいとった。
「ジロのTT後、僕は今以上のリードを有していたんだよ。でも、結果は、皆さんご存知の通り」(サイモン・イェーツ)
5月のイタリア一周でも、やはり第16ステージで個人タイムトライアルが行われ、イェーツはしっかりマリア・ローザを守り切った。総合2位トム・デュムランには56秒差、3位ドメニコ・ポッツォヴィーヴォには3分11秒差、4位クリス・フルームには3分50秒差を有していた。しかしその3日後の第19ステージに、サイモンは全てを失ってしまう。
「30秒なんてあってないような差だし、なにより僕にはジロで崩れた理由がいまだに分からないんだ。あんな1日を迎えずに済むよう祈ってるけど、それでも可能性は常にある。幸いにも今現在は非常に調子がいい。だから攻撃は最大の防御……とも言われる通り、この先も区間の終わりには、積極的に数秒を取りに行かねばならないだろう」(イェーツ)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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