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コバドンガは、今年も、真っ白な霧に覆われていた。伝統峠の山道では、いつも以上に熾烈な競り合いが繰り広げられたが、マイヨ・ロホのサイモン・イェーツいわく「結局はなにも起こらなかった」。ただ総合上位の熾烈な睨み合いを利用して、巧みに前方へと抜け出したティボー・ピノが、山頂で力強く拳を握りしめた。
ブエルタ屈指の伝説峠を我が物にしたいと、多くの選手が夢を見た。逃げ切りの可能性を信じる者も少なくはなかった。だからこそ数々のアタックが巻き起こった。スタートから20km地点に待ち構える3級峠では、3人が逃げ出したこともあった。しかし山頂でトーマス・デヘントがまんまと先頭通過を果たしたあと、高速で追いかけてきたプロトンに回収された。本物のエスケープ集団が出来上がるのは、山を下り切った先だった。
逃げ出したのは12人。前日第14ステージで総合争いから脱落したジョージ・ベネットや、初グランツール初エスケープのタオ・ゲオゲガンハートというフレッシュな顔ぶれも見られたが、大部分がいわゆる「常連組」だった。たとえば大逃げ区間勝利2回のベンジャミン・キングに、大逃げで2位2回のバウケ・モレマに、やはり大逃げで3位1回というピエール・ローラン。
ところで逃げ距離が多くなると、自然と山岳ポイントも増えていく。しかも山岳賞の上位2名は不在で(2位デヘントと6位ミカル・クヴィアトコウスキーは最初に逃げ出したトリオにいた)、3位から5位までがずらり揃ったものだから……山頂では激しいポイント争いが繰り広げられた!ステージ半ばにそびえる1級峠では、4位モレマが早めに仕掛けて10点満点を手に入れた。続く1級峠では、3位キングが奇襲でライバルを出し抜いた。
第2ステージで山岳賞首位に躍り出たルイス・マテマルドネスから、さすがに青玉ジャージをむしり取ることはできなかった。それでもポイント差は確実に縮まった。首位と2位デヘントの差は7pt、3位キングとの差は8pt、4位モレマの遅れもわずか14ptでしかない。
12人の主題は、もちろん、メイン集団からタイム差を広げること。中でもベネットのためにダニー・ファンポッペルが、モレマのためにファビオ・フェリーネが惜しみなく力を尽くした。残り85kmでリードは最大6分ほどにまで広がった。
しかし、希望はすぐに、打ち砕かれる。淡々と集団制御に努めていたミッチェルトン・スコットから、突如としてアスタナが主導権を奪い取ったのだ。8人全員でプロトン前線に競り上がると、残り83km、猛烈なテンポを刻み始めた。たった5km追走しただけで、差が3分も縮まるほどの、とてつもないハイスピードだった!
当然ながらすぐに吸収してしまうつもりもなかった。アスタナはその後もひたすら先頭を引きつつ、延々と3分程度の差を保ちつづけた。逃げ集団内ではどうにか抵抗しようと、いくつもの悪あがきが見られた。しかしステージも残り25kmを切り、カザフ軍団が一段階スピードを上げると、差はみるみると縮まっていく。ただ若きイバン・ガルシアだけは、最後の力を振り絞って独走に打って出たが、残り8kmで後方へと引きずり降ろされた。
なにしろ全長11.7kmのコバドンガの山道に入ってからも、アスタナの猛威は衰えなかった。登坂口直後の勾配10%超ゾーンで、メイン集団から次々と有力選手が脱落していった。あっという間に先頭は1ダースほどに絞り込まれた。
「今日は僕らチームの強さを示したかったし、実際に見せつけられた。僕らにだってプロトンを痛めつけることができるんだ、と証明した。難しいステージの残る3週目に向けて、これは励みになるよね」(ロペス)
そして自らが破壊したメイン集団から、残り7.7km、総合4位ミゲル・アンヘル・ロペスが飛び出した。ついに総合本命たちの戦いのゴングが鳴らされた。
追走の役目を負ったのは、リカルド・カラパスだった。5月のイタリアでは他選手に一切協力しようとはせず、ひたすらロペスと仁義なき一騎打ちを繰り広げたものだが、ブエルタでのカラパスは、チームの大先輩のために精力的に牽引を行った。そして残り6.8kmでロペスへと追いついたところで、モヴィスターの最終アシストは仕事を終えた。
もはや先頭に残るのは「チームエース」のみ。改めてロペスが加速を試み、3位ナイロ・キンタナが真っ先に潰しに走った。一瞬のちに総合首位イェーツ、5位ステフェン・クライスヴァイク、8位エンリク・マスも追いかけ、一方でモヴィスターの2人目のエース、総合2位アレハンドロ・バルベルデは密かに最後尾へと姿を潜めていた。
「横目で状況を眺めてみたんだ。僕より総合上位の選手たちは、互いに激しくマークしあっていた。僕は総合で少し遅れていたから、彼らにとっては直接的に危険な存在ではないはずだった。だから僕がアタックしても、おそらく誰も追いかけてこないだろう。そんな予想を立てた」(ピノ)
集団内で最下位……つまり2分35秒遅れで総合11位につけるティボー・ピノにとって、まさに理想的な状況だった。そして山頂まで6.3km、フレンチクライマーは前方へと飛び出した。
「ピノのアタックは力強かった。後方からの飛び出しで、パワーもスピードもこもっていた。彼が総合で遅れていてくれて本当に助かったよ。とにかくファンタスティックな攻撃だった。脱帽としか言いようがない」(サイモン・イェーツ)
予想通り、誰も追いかけては来なかった。後方の6人、特に総合上位4人は、ただ互いの損得計算に忙しかった。濃い霧に紛れて、じわじわと差を広げていった。
「タイム差が15秒に開いたところで、今の調子なら絶対に勝てるはずだ、と確信した。すごく満足だし、誇らしくもある。だって『ペダル』でもぎ取った本物の勝利だもん。この伝統の山で、あらゆる総合本命を退けたんだ。本当に気分がいい」(ピノ)
リードは最終的に28秒まで開いた。ボーナスタイムの10秒も手に入れた。2014年ツール総合3位、2018年ジロでは第20ステージの朝まで総合3位につけていた実力者は、第6ステージの風分断で1分44秒を失い、総合争いから脱落しかけていた。第11ステージではまさかの大逃げも試みたが、この勝利でようやく、2分10秒差の総合7位まで戻してきた。もちろん祖国のツール・ド・フランスですでに区間2勝、ジロで区間1勝を上げてきたピノは、この日、念願だった全3大ツール区間勝利をも達成した。
「3大ツールの全てで区間を1つずつ勝ちたい、っていう執着をずっと抱いてきたんだけど、ついにやり遂げた。僕のキャリアにおいて重要な位置を占める勝利だよ。ほんとうに素晴らしい走りが出来た。今大会はここまで開幕から毎日全力で走ってきた。この先も計算などせず、全力でマドリードまで突っ走るつもりさ」(ピノ)
ピノの以後ではいつまでたっても堂々巡りは終わらなかった。ロペスは積極性を失わず、イェーツは何度も加速を試み、連日調子の良さを見せつけるマスも攻撃に参加した。1人が抜け駆けを試みると、誰かがすかさず潰しに走った。時には顔を見合わせて、追走責任をたらい回しにすることもあった。チームメートであるはずのモヴィスターの2人さえ、連携はスムーズではなかった。自発的に動かなかったバルベルデに対して、キンタナが牽引を促す場面さえ見られた。
「協力体制はゼロだったから、なにをするにも難しかった。それに向かい風が吹いていたから、たとえ距離を開いても、それを守り続けるのは至難の業だった」(イェーツ)
こんなガチガチの警戒網を、残り2kmでロペスはついに突破した。相変わらず後方では責任をなすり付けあっていたが、どうやら、とうとう、イェーツの堪忍袋の緒が切れた。ラスト1kmを切ると、残りの選手の意向など無視して、単独でロペスを追いかけた。ロペスが2位で山頂へたどり着き(ボーナスタイム6秒)、2秒後にイェーツがフィニッシュラインを越えた(ボーナスタイム4秒)。その2秒後にはバルベルデとクライスヴァイクが、さらに2秒後にはマスとキンタナが区間を終えた。
つまりはイェーツが言った通り、「結局はなにも起こらなかった」のと同じだった。さらに上位勢はみな似たようなコメントを残した。「僕らみんな山では引き分け。全員が同じようなレベルだ」(イェーツ)、「僕らのレベルは非常に近い、だからこそ差をつけるのが難しい」(キンタナ)、「僕らみな同じ程度の実力の持ち主だ」(ロペス)。
アストゥリアスの山頂フィニッシュの3日間で、たしかに総合2位から11位までが47秒差でひしめく接戦状態はすっきり解消された。総合5位クライスヴァイクより下位は、すでに総合首位から1分29秒以上の遅れを喫している。またタイムトライアルで最も危険人物と目されていたウィルコ・ケルデルマンは、コバドンガの入り口で遅れ、すでに総合では6分56秒遅れへと後退した。
しかし上位4人の関係は、山で均衡が崩れるどころか、ますます混戦模様を強めている。マイヨ・ロホのサイモン・イェーツの次点に、26秒差でバルベルデがつける。さらに33秒差でキンタナが、43秒差でロペスが追いかける。
「タイム差はいまだ極めて少ない。しかも登坂能力はみな同じ程度のレベルで並んでいる。だからタイムトライアル区間でブエルタが決まるかもしれないね」(イェーツ)
2回目の休息日明けの第16ステージに、32kmの個人タイムトライアルが待っている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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