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予想外の1日だった。スタート前は逃げようなんてこれっぽっちも考えてもいなかったアレクサンドル・ジェニエが、大逃げの果てに、拳を突き上げた。前日はなにがなんでもティボー・ピノにリーダージャージを獲られまいと、せっせと追走に勤しんだメイン集団が、この日はヘスス・エラダにあっさり総合首位の座を明け渡した。翌日からの山頂フィニッシュ3連戦を前に、今大会初のスペイン人マイヨ・ロホは、総合2位以下に3分22秒リードを有している。
「今日は逃げ向きのステージじゃないと思い込んでいた。どうせ(ペーター)サガンのために、ボーラ・ハンスグローエがコントロールするだろうと考えていたんだ。でもボーラから1人、クイックステップから1人、前方へとアタックをかけて……15人くらいの選手が後に続いて……だから、ためらわず僕も飛び出した」(ジェニエ)
スタートから約11km地点に待ち構える3級峠を利用して、こうして18選手が逃げを始めた。ボーラからはダヴィデ・フォルモロが、クイックステップからはドリス・デーヴェニィンスが滑り込んだ。プロトン屈指の逃げ巧者トーマス・デヘントと、チームメートの強脚ヴィクター・カンペナールツの存在が頼もしかったし、ディラン・トゥーンスやジャンルーカ・ブランビッラという実力者もいた。なによりグランツール総合優勝4回という桁外れの王者ヴィンチェンツォ・ニバリが、22歳の若きアシスト役マーク・パデュンと共に、前方で強烈な威圧感を放っていた。
もちろんエラダの姿もそこにあった。総合ではわずか5分45秒遅れでしかなく、スタートからわずか45kmほど走っただけで、暫定マイヨ・ロホの座に押し上げられた。
「最大の目標はステージ優勝だった。たしかに少々タイムを稼ぎたいと考えてはいたけれど、正直に言えば、マイヨ・ロホは二の次だった」(エラダ)
おそらく、走り始めた時点では、リーダージャージなんて考えてさえいなかったはずだ。たとえ暫定首位に立った時点でも、エラダにとって、マイヨ・ロホ獲りはいまだ現実的な目標ではなかった。
しかしメイン集団のスピードは、その後も上がる気配を見せなかった。プロトン先頭ではマイヨ・ロホ擁するミッチェルトン・スコットが、極めて淡々とリズムを刻んでいた。スプリンターチームは区間争いから完全に身を引き、総合ライバルチームは、一切サイモン・イェーツに手を貸そうとはしなかった。タイム差は大きくなる一方で、残り57km、2つ目の3級山岳に突入した時点で、ついに11分差にまで広がった。
エラダのマイヨ・ロホ獲りが徐々に信憑性を増していく中で、なにより前方集団の仲間たちは、18人の中から区間勝者が生まれることを確信したに違いない。3級の上りでフォルモロが加速を切ると、それをきっかけに、めまぐるしいアタック合戦が始まった。平坦や下りではデヘントやカンペナールツがルーラー力を発揮した。ブランビッラはあらゆる攻撃に素早く反応した。もちろんパデュンも毎回チェックに走った。
「ずっと前方集団は良い協調体制が取れていた。でも3級の上りから、途端にみんなが、ニバリに対する警戒心をむき出しにした」(ジェニエ)
そのニバリは、35km地点で、1度だけ大きな加速を試みた。しかしフォルモロがすぐに潰しにかかり、ブランビッラはカウンターアタックで応えた。興味深いことに、来る世界選手権に向けて、イタリア代表監督がブエルタ現場を訪問していた。ニバリが代表エースを務めるのがほぼ確定なら、精力的に動いたフォルモロとブランビッラはどうやら現在当確線上にあるようで……。
激しい攻撃合戦の末、残り24km、ついに逃げは真っ二つに割れた。中間ポイントをデヘントが先頭通過した直後のことだ。カンペナールツが突如としてスピードを上げると、一気に集団を8人に絞り込んだ。パデュンがすぐに後を追い、やはりフォルモロとブランビッラはぴたり背後に張り付き、少し先でジェニエ、デーヴェニィンス、トゥーンス、ディラン・ファンバーレが追いついた。
「中間スプリント後に好アタックが決まった後は、再び集団内に協力体制が戻った。おかげでフィニッシュまで逃げ切ることが出来たんだ」(ジェニエ)
ラスト20kmで、早くも残り10人に対するリードは30秒に広がった。残り15kmでは1分差を、残り10kmで1分半差をつけた。すると、またしても、前の8人は飽くなき化かし合いを始めるわけだが……おそらく最も頑なに前を走らなかった人間こそが、ジェニエだった。
「みなが順番にアタックを打ち始めたから、僕は極めて注意深く立ち回った。いわばポーカーゲームさ。あまりに力を使い過ぎぬよう注意しつつ、危険な選手を先に行かせぬよう警戒した。スプリント勝負に持ち込むことこそが、僕にとってベストだと考えたからなんだ」(ジェニエ)
激しいバトルに疲れ、5kmを残してブランビッラとデーヴェニィンスは脱落した。残り1.5kmで、極細の田舎道へと突入すると、ついにはフォルモロも力尽きた。ファンバーレは一旦は千切れかけるも、曲がりくねった道を猛スピードで追い上げると、残り500mでまんまとライバルたちを捕らえた。
「道があまりに蛇行していて、フィニッシュラインがどこにあるのかまったく見えなかった。だから距離表示パネルを目安にスプリントを撃つしかなかった。それにファンバーレがどれだけ速いのかも知らなかったし。ただ、最初にスプリントを打った人間が勝つ、って信じて長いスプリントを仕掛けた」(ジェニエ)
そして300mの表示板の手前で、ジェニエは思いっきり加速を切ると、そのままフィニッシュラインを先頭で越えた。ファンバーレがぎりぎりで並びかけたが、左肘を張り出して、極めて巧みに追い越しを阻止した。シーズン初戦から2レース連続で勝ち取って以来、実に7ヶ月ぶりの勝利だった。ブエルタでは自身3度目の区間勝利。1つ目が難関山頂フィニッシュでの独走、2つ目が激坂フィニッシュでのやはり独走だったから、「平坦」での小集団スプリント勝利は初めての経験だった。
フランス人が3勝目と大暴れした背後で、フランスチーム所属のスペイン人、エラダは2分32秒差で走り終えた。さすがに最終30kmほどはミッチェルトンに加え、モヴィスターも集団牽引を引き受けたが、大した効果のないままメイン集団は11分39秒遅れで1日を終えた。すなわちサイモン・イェーツは9分07秒を失い、エラダに赤い衣が引き継がれた。
「フィニッシュラインを越えた瞬間、大きな感動に包まれた。本当に嬉しい。国内チャンピオンジャージなら手に入れたことがあるけど、あれは一旦取れば、1年間着ることができる。でもこの赤いジャージは、もう1日着るためには、明日も全力を尽くさなきゃならないい。きっと厳しいだろう。それでも、できる限り長く、守っていきたい」(エラダ)
スペイン人がマイヨ・ロホをまとうのは、2016年大会第9ステージ以来2年ぶり。また1997年に設立されたコフィディスの所属選手が、ブエルタでリーダージャージを獲得するのは、2001年ミラー(3日間)、2008年シャヴァネル(1日)に次ぐ3人目。ちなみに今季コフィディス入りしたエラダは、昨季まで7年間モヴィスターで走ってきたのに……今回がブエルタ初出場だった!
元チームメートのアレハンドロ・バルベルデやナイロ・キンタナは、友の活躍を心から喜びつつ、少々複雑な思いも隠せない。エラダが「非常に能力の高いオールラウンダー」(キンタナ)であることを十分理解しているからだ。「明日もエラダはそれほどタイムを失わないんじゃないかな」とバルベルデも語る。
早くもメディアやファンの間では、大逃げの果てに2006年ツールでマイヨ・ジョーヌを持ち帰ってしまったオスカル・ペレイロを例に上げて、あれこれと議論が巻き起こっている。ただこの日の「責任者」サイモン・イェーツは、「もちろん彼は素晴らしい選手だし、危険人物だ」と前置きしつつも、むしろ肩の荷を降ろしたことにホッとしているようだ。
「うん、意図的にジャージを手放したんだ。昨日はあまりにも厳しい1日を過ごしたし、もうこれ以上コントロールを続けるのは無理だった。だから追走はやめて、ただ適度なタイム差を守るに留まった。おかげで明日から制御の責任からは開放される」(サイモン・イェーツ)
ヘスス・エラダが3分22秒リードで総合首位に躍り出て、上位勢が1つずつ順位を下げた以外は、総合2位サイモン・イェーツから総合11位ジョージ・ベネットまでが47秒差でひしめき合っている状態に変わりはない。
ところで先頭集団がフィニッシュラインを通過した直後に、ジェニエとファンバーレが、 動線上を歩いていた開催委員会のスタッフと激突する事故が発生した。前者は顔にいくつかの切り傷を負い、後者は肩やひじ、肋骨を痛めた。プロ自転車選手協会はすぐに「許しがたい事態だ。避けられるはずの事故に対しては、もはや謝罪の余地はない。規則を遵守しない開催委員会は罰せられるべきだし、UCIは規則が遵守されているか厳重に確認せねばならない」との声明を発表している。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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