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黄色い衣に赤い竜を絡ませて、ウェールズっ子はシャンゼリゼの表彰式のてっぺんへと飛び乗った。
「子供時代からずっと、夢はこのレースに参加することだった。11年前にその夢は叶った。そして今、ここに上がって、イエロージャージを着て、みなさまの前に立っているというのは……純粋に、『ワオ』という気分だよ」(トーマス、表彰台コメントより)
ツールのおかげで自転車を始め、ツールを見るために学校から走って帰った少年は、32歳の夏に、輝かしいマイヨ・ジョーヌを身にまとった。ゲラント・トーマスが、第105回ツール・ド・フランスの総合覇者となった。
前夜に南西フランスでの最終決戦を終え、2018年大会の総合争いはすべて完了していた。4色のジャージも最終的な持ち主が決まり、スーパー敢闘賞にはダニエル・マーティンが指名された。スペイン国境沿いの山村から約800kmの距離をひとっとびして、パリ郊外にたどり着いたプロトンは、午後遅く最後の116kmへと走り出していった。
記念撮影やシャンパンでの乾杯、さらには引退選手のソロアタック――18回連続出場の39歳シルヴァン・シャヴァネルが、この秋での引退を発表した――という、いわゆるグランツール最終日の恒例行事がにこやかに執り行われた裏側では、いまだ緊張感を持って戦いに臨む者たちも多かった。
なにしろ今年の山はひときわ厳しかった。日を重ねるごとに、出走表からトップスプリンターの名が削除されていった。なによりかつてシャンゼリゼを制したスーパースターたちが、次々と大会を去った。2009年から4年連続で最終日の王となったマーク・カヴェンディッシュと、王座を引き継ぎ2013年から2連覇したマルセル・キッテルは、いずれも第11ステージ制限アウト失格。2015年と2016年のアンドレ・グライペルは翌第12ステージで途中リタイア。そして昨大会の最終日覇者ディラン・フルーネウェーヘンは、今大会2区間を制しながらも、同じく第12ステージで自転車を降りている。
もちろん2007年王者のダニエーレ・ベンナーティは、最終日もスタート地にやってきた。ただ当時は花形トップスプリンターだった彼も、37歳の今は、むしろグランツールライダーの平地護衛役として高い評価を受ける。
つまり大会に生き残った俊足たちにとっては、これ以上ないチャンスだった。スプリント界で最も威厳の高いが、手の届く場所にある!
「ここでの勝利は、僕がスプリンターになった日から、ずっと夢見てきた。だってシャンゼリゼでのスプリントというのは、いわば『スプリンターの世界選手権』なんだから。僕だって何度もあと一歩のところまで近づいた。でもカヴェンディッシュやグライペル、キッテルという、僕より純粋にスピードの速い選手たちを、どうしても倒すことができなかった」(クリストフ、フィニッシュ後インタビューより)
世界一の目抜き通りに突入し、プロトンがいよいよ勝負モードへと切り替わると、例年通りに華やかなアタック合戦が繰り広げられた。メイン集団では数少ないスプリントチームが厳しい制御を行った。実力派ルーラーが6人抜け出すも、タイム差は決して1分に達することはなかった。
ペーター・サガン率いるボーラ・ハンスグローエと共に、とりわけ懸命に働いたのが、グルパマ・エフデジとそのエースのアルノー・デマールだ。ちょうど2週間前には、サッカーワールドカップでフランス代表が優勝し、歓喜熱狂した人々たちがシャンゼリゼを埋め尽くした。この日はツールのプロトンを一目見ようと、大勢のファンが鈴なりになっている。フランス人ならば、こんな象徴的な場所で、当然勝ちたいに決まっている。しかも2003年のジャンパトリック・ナゾン以来、「レ・シャン」で、ひとりのフランス人も勝ちを上げられていない。
「残り3周目くらいからずっと心の中で繰り返してきた。今大会はひどく難しい時間を過ごしてきた。肉体的にも精神的にも苦しんだ。それを乗り越えてここにいるんだから、今日は絶対に勝つ、じゃなきゃ今までの苦労が無駄になるぞ、って」(デマール、TVインタビューより)
熱心な仕事の甲斐あって、全8周回のシャンゼリゼ行程もいよいよ最終周回に突入すると、逃げはひとり残らず回収した。するとスプリンターチームは次の作戦に出た。それぞライバルの列車要員を追走に駆り立て、疲弊させるというもの。残り2.5kmでマルコ・マルカート、つまりはアレクサンドル・クリストフのチームメートがアタック。さらにはサガンのアシスト役ダニエル・オスが強烈な加速を切った。
イヴ・ランパールトの攻撃は、自分のためだった。思い返せば昨ブエルタの第2ステージでも、小集団スプリントに先駆けて、残り1kmで強烈な一発を放っている。あの日ステージ勝利とリーダージャージを一挙にさらい取ったルーラースプリンターは、オスと同時に飛び出すと、さらに単独で先を続けた。
「あらかじめアタックしようと決めていた。だってこれほどたくさんのスプリンターが家に帰った今年こそ、やるべき年だと考えたから」(ランパールト、TVインタビューより)
あんなアタックが決まったのは、2005年大会を最後に、1度たりともない。しかも13年前のアレクサンドル・ヴィノクロフはひとりで飛び出したわけではない。他の2選手と共に、やはり残り2.5km付近で集団の前方へと走り出ると、プロトンの追走をぎりぎりで振り払ったのだ。この日のランパールトは残り1.3kmから独走を始めた。
「もしかしたらもう少し、せめてラスト1kmまでは待つべきだったのかもしれない。長かった。でも行くしかなかった。向かい風が強く、しかも石畳で、もはや脚はパンパンで……条件は最高とは言えなかったけど挑戦した」(ランパールト、TVインタビューより)
コンコルド広場を単独で抜けて、シャンゼリゼ大通りのロングストレートには、先頭で飛び込んだ。しかし残り250mで、ベルギーチャンピオンの勇敢な企てには終止符が打たれた。
21日間の長き戦いは、4選手がハンドルを投げ合う接戦で締めくくられた。残り200mでジョン・デゲンコルプが真っ先に最前列に出ると、クリストフが真っ先に並び、続いてデマールが競り上がり、さらにはボアッソン・ハーゲンも急速に追い上げてきた。そして欧州チャンピオンジャージをまとうクリストフが、右の拳を空に力強く突き上げた。念願のシャンゼリゼタイトルを手に入れたのはもちろん、2014年の2勝に続く、久しぶりの勝利が嬉しかった。
「もう4年もツールで勝っていなかった。周りから『またいつ勝つの?』って何度も聞かれたし、自分でも『もしかしたらツール2勝のまま僕のキャリアは終わるのかな』って考える時があった。0勝よりはずっといいけど、でも僕はもっともっと欲しかったんだ」(クリストフ、フィニッシュ後インタビューより)
世界チャンピオンのサガンは区間8位で終えた。10ptを手に入れ、最終的な収集ポイント数を477ptにのばした。すなわち自らが2016年に打ち立てたトータルポイント最高記録470ptを塗り替えて、史上最多タイとなる6回目のマイヨ・ヴェール表彰式に臨んだ。
開幕直後から区間3勝に、山岳ステージで連日のポイント収集エスケープ……と例年以上の超人っぷりを発揮していたサガンだが、最終盤は決して簡単ではなかった。第17ステージで「僕は鳥みたいに森を飛んだんだ!」(第18ステージ後インタビューより)と冗談にしなければ済まないほどの大落車を起こした。全身に傷と痛みを抱えながらも、それでもサガンは最後まで走り抜いた。
デマールは惜しくも区間3位で終わった。また過去2年間総合表彰台に上ってきたロマン・バルデは、最終的に総合6位と、本人や周囲が期待していたような成績は出せなかった。それでも表彰台には、2人の若きフランス人の姿があった。赤玉マイヨ・ア・ポワをジュリアン・アラフィリップが、純白のマイヨ・ブランをピエール・ラトゥールが勝ち取った。
2017年大会覇者クリス・フルームと共に、称え合い、ねぎらい合いながら、2018年大会覇者トーマスはフィニッシュラインを越えた。第1ステージの落車でフルームがタイムを失ったことが、2人やチームスカイの運命を変えたのかもしれない。もちろん敗者は「いやいや、そんなことはないよ。ゲラントがこの大会で一番強い選手だっただけ」(前ステージ後公式記者会見より)と笑い、勝者は「フルーミーの助けには本当に感謝しているし、彼は本物のジェントルマンだ」(TVインタビューより)とただ何度も繰り返すだけだ。
「開幕から最後まで、まるで夢のように上手くいった。今大会を走っているうちに、自分の頭の中で何かが変わったんだ。その後もどんどん変化が重なっていった」(トーマス、TVインタビューより)
ツールのプロトンと、そして世界中すべての自転車ファンにとっての夏が終わった。気の早いメディアは、すでに2019年の7月に思いを馳せている。来シーズンは果たしてトーマスとフルームの立場はどう変わっているだろうか。来年はツール一本に絞ると宣言する総合2位トム・デュムランや、今年はチーム総合首位で満足するに至ったモビスター勢、今大会表彰台に上れなかった全てのGCライダーたち、さらには負傷で去って行ったリッチー・ポートやリゴベルト・ウラン、ヴィンチェンツォ・ニバリ……等々も、また再び来年の夏を盛り立ててくれるに違いない。
2019年大会は、6月29日の土曜日、史上最強の自転車選手エディ・メルクスのお膝元ベルギーのブリュッセルから走り出す。
☐ ツール・ド・フランス 2018
ツール・ド・フランス2018 7月7日(土)~7月29日(日)
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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