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制限タイム内でフィニッシュするための死闘をかいくぐり、大会に生き残った数少ないスプリンターたちが、この日は得意の平地で熾烈なスプリント争いを繰り広げた。水を得た魚のようにハンドルを投げ合い、またしてもペーター・サガンが最強を誇った。
寝覚めは悪かった。ラルプデュエズの山道で落車したヴィンチェンツォ・ニバリが、椎骨骨折で大会を離れた。しかも落車の瞬間を撮影したビデオが、SNSやテレビで繰り返し流された。選手本人は警察オートバイとの接触を示唆していたが、映像により、観客のカメラストラップが原因と判断された。マイヨ・ジョーヌのゲラント・トーマスに対するブーイングや、クリス・フルームへの観客による妨害行為も、あちこちで問題視された。
レース開催委員長のクリスティアン・プリュドムは、TV生中継を通して「あらゆる選手はチャンピオンであり、尊重に値する人間だ。選手一人ひとりに、最低限のリスペクトを」と訴えかけた。またフランスファンの絶大な人気を誇るロマン・バルデも「スポーツは人々の心を1つにするためにある。いがみ合うためにあるのではない」とコメント。
ちなみにブーイングを浴びせかけられている張本人は「まあ聞き流してるけど……。それに人気者だけどバスに直帰する立場よりは、ブーイングを受けつつ表彰台に上るほうがずっといいけどなぁ」(公式記者会見より)と、いつもながらのクールな回答だ。
肌寒いラルプ山頂から降りると、下界はまるで窯の中のように暑かった。しかも選手たちの肉体には、激しすぎたアルプス3日間の疲労が、厚く蓄積されていた。少し重たいような、かといってちょっとリラックスしたような、不思議な空気にツール一行は包まれた。
なにより平坦ステージではあったけれど、走り出す前には、大集団スプリントフィニッシュの可能性に「疑問符」が灯っていた。この2日間でワールドクラスのスプリンターが5人も大会を去った。エース級スプリンターはもはや大会に片手ほどしか残っていない。もしも大きな一団を逃がした場合、予想以上に制御に手こずることも十分にあり得た。
だからこそフレンチナンバーワンスプリンター擁するグルパマ・FDJは、責任を持って逃げの選定を行った。スタート直後にトーマス・デヘントとトーマス・スクーリーが飛び出すと、集団に蓋を閉じた。その後も隙間から幾人かが抜け出したが、例えばそれがシュテファン・キュンクのような世界最高レベルのルーラーだった場合は、ためらわず潰しに向かった。幸いにもチームスカイが積極的に手を貸してくれた。おそらく最終盤にクレイジーな追走劇が巻き起こり、集団全体に緊張感が飛び火するような状況を、前もって避けるためだった。「昨日はようやくシャンパンを飲んでお祝いした。今日はマイヨ・ジョーヌを満喫したい」(スタート前インタビューより)とゲラント・トーマスも語っていたように。
ちなみにシルヴァン・シャヴァネルが単独で前を追ったことも。18年連続でフランス一周レースを戦っている39歳は、実はこの小さなトライで、ツールにおける生涯エスケープ距離を60,000kmにまで伸ばした!残念ながらデヘントとスクーリーは待ってはくれず、代わりディミトリ・クライスとミヒャエル・シェアーの2人が前方に追いついた。4人に膨らんだ逃げ集団は、すぐに3分半ほどのリードを手に入れた。
逃げが一旦出来上がると、FDJが隊列を組みあげた。世界王者ペーター・サガンや欧州王者アレクサンドル・クリストフのために、ボーラ・ハンスグローエとUAEチームエミレーツも、それぞれ前線に人員を送り込んだ。タイム差を1分から2分ほどの宙ぶらりんな状態を延々と維持しつつ、静かに後方で遠隔操作を行った。
ステージも残り50kmを切ると、タイム差はいよいよ1分を切った。だからと言って、メイン集団は、あっさり吸収してしまうつもりもなかった。カウンターアタックを避けるため、ゆっくりと、少しずつ距離を縮めていく。フィニッシュまで25kmに迫っても、いまだ30秒差を保っていた。
プロトン屈指の逃げ巧者デヘントは、ここであっさり脚を止めた。一方シェアーは前で粘ることにした。持ち前のルーラー力を最大限に利用した。タイム差を再び50秒にまで広げさえした。しかしラスト20kmに突入すると、プロトンはギアを切り替えた。スピードを一段階上げ、スプリンターチームはもちろん、総合系チームも、集団前列で揃って隊列を組み上げた。
たったひとりの抵抗は残り6kmでむなしく終わりを告げた。幸いにも敢闘賞は手に入れた。BMCの一員としてチームタイムトライアル勝利は2度の経験を持つシェアーだが、個人としてステージ後の表彰台に上るのは、8度目のツール参加で初めての体験だった。
平和なステージの締めくくりにふさわしく、落車やメカトラに邪魔されることなく……残念ながら発煙筒が集団内に投げ込まれるハプニングはあったものの、問題なくスプリントフィニッシュへと突き進んだ。
アルノー・デマールにとっての問題は、むしろ残り1kmフラムルージュの真下でフィリップ・ジルベールが放った強烈なアタックだった。
「もちろん勝てると信じたさ。さもなきゃアタックなんて打たないよ。終盤のカーブの連続を利用しようと思った。でも上手くいかなかった。もしもスプリントまで待っていれば、もしかしたら3位か4位に入れたかもしれない。けど僕が欲しかったのはそれ以上の成績なんだ」(ジルベール、フィニッシュ後インタビューより)
突如として集団は混乱に陥った。FDJのアシストは追走に駆り立てられた。ラモン・シンケルダムが必死にスピードを上げた。ラスト400mから始まる最終カーブでは、ジャコポ・グアルニエーリが脚を使った。ついに残り270mでジルベールを捕らえた時には、2人の発射台は、すでに体力を使い果たしていた。最前線で取り残されたデマールには、もはや自力でスプリントする以外に選択肢はなかった。
2015年大会に同じ場所でスプリント勝負が争われた時、デマールはステージ序盤の落車分断にはまり、スプリントさえ打てなかった(区間160位)。あの日はアンドレ・グライペルが勝ち、2位アレクサンドル・クリストフ、3位デゲンコルプ、4位サガンという順列だった。つまりデマールは、この地で、初めての真剣勝負を打った。残り230mでトップスピードに乗った。
「勝てると信じていたし、スプリントの最中も自分は勝利に向かっていると確信していた。だってすごくよいスプリントが切れたからね。チームは一切のミスを犯さなかったし、むしろ完璧だった」(デマール、フィニッシュ地インタビューより)
絶対に早すぎるスプリントを切ってはならない……と心に誓い、デマールの動きだけに集中していたクリストフもまた、呼応するようにスプリントを切った。元フレンチチャンピオンと現役欧州チャンピオンは、先頭で激しく競り合った。
「僕はミスは犯していないと思う。待って、待って、そして持てるパワーを全て解放した。すごくいいスプリントが出来たよ」(クリストフ、フィニッシュ地インタビューより)
それから両者は揃ってこう続ける。ただサガンが強すぎただけ、と。クリストフの背中から勢いよく飛び出してきた緑ジャージは、ライン間際ギリギリで2人を抜き去った。素早くハンドルを投げ、それから片手を天に突き上げた。
「ラスト600mの時点では、少し遅れを取っていた。そのせいで普段以上に早めに加速する必要があった。でも上手く目論見通りに、クリストフの後輪に入ることができた」(サガン、TVインタビューより)
第2ステージでの小集団スプリント、第5ステージのクラシック風上り坂スプリントに続いて、この日のサガンは大集団スプリントで一等賞になった。1大会で区間3勝を挙げたのは、2012年、2016年に続く自身3度目。
マイヨ・ヴェールは6度目にほぼ王手をかけたと言ってもいい。なにしろアルプス突入前までポイント賞で2位につけていたフェルナンド・ガビリアと、区間2連覇で急速に追い上げてきた3位ディラン・フルーネウェーヘンは、とっくに家へ帰ってしまった。自動的に2位に浮上したクリストフには、すでに228ptもの差をつけている。例えば翌第14ステージから4区間連続でクリストフが中間+フィニッシュで満点を稼ぎ、対するサガンが1ptも手に入れられなかったとしても……サガンがいまだ38pt差で首位に立っている計算だ。
「スプリンターの数が減って、流れが少し変わったよね。大会に残っているすべての選手に勝機があるし、すべての選手が自分にも勝てるかもしれないと信じてる。だから最後はいつも以上に混沌としていた。誰もがチャンスを欲しがった。でも、チャンスというのは、自分から作りに行かなきゃならないものなのさ」(サガン、公式記者会見より)
平地巧者たちの競り合いの後ろで、総合有力勢は問題なくステージを終えた。マイヨ・ジョーヌのゲラント・トーマスに言わせると「イージーな1日」で、クリス・フルームにとっては「回復日」だった。総合4位ニバリの不出走により、5位以下がひとつずつ繰り上がった以外は、上位勢にタイムや順位の移動はなかった。
「それでもスピードはかなり速かったし、最終盤はストレス満載だった。でもこれはいつものこと。プロトン全体がこの静かな1日を喜んだんじゃないかな。明日はまた難解なフィニッシュが待ち構えている。今まで何度かマンドの坂は上ったことがあるけど、どちらかと言えば僕向きかな。だって僕にはパンチ力があるから!」(トーマス、公式記者会見より)
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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