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クイーンステージにふさわしく、ひどく激しく、熱狂的な戦いが、伝統峠ラルプ・デュエズで繰り広げられた。真剣勝負の舞台にはふさわしくない行為も、残念ながら、あちこちで見られた。勝者へのブーイングや走行中の選手への妨害行為が相次ぎ、さらには勝負のシナリオを書き換えるほどの事故さえ発生した。興奮と困惑のカオスの中で、ゲラント・トーマスが力強い区間2連覇を果たした。マイヨ・ジョーヌを颯爽と肩に羽織り、チームスカイの「豪華アシスト」はアルプスを抜け出す。
161人のプロトンはとてつもない高速で走り出した。なにしろ行く手には超級峠が3つ待ち受けている。しかも道の終わりには、ツール屈指の伝説峠ラルプ・デュエズが聳え立つ。つまり赤玉ジャージ用ポイントを大量65pt収集できる上に、もしかしたら21のつづら折りのひとつひとつに設置されているプレートに、自らの名前を刻むことが出来るかもしれないのだ!
ステージ最初の超級山岳で、26人の大きな逃げが出来上がった。前日すでにレースを盛り立てた選手も多かった。ラスト350mまで逃げたミケル・ニエベ、アシスト総出で挑んだワレン・バルギル、赤玉姿でポイント収集に走ったジュリアン・アラフィリップ、一時は暫定マイヨ・ジョーヌに立ったセルジュ・パウエルスにアレハンドロ・バルベルデ。そこに山岳賞2回受賞のラファル・マイカや、2011年ラルプ・デュエズ覇者のピエール・ローラン、さらには2016年ジロで最終日3日前までマリア・ローザを着ていたステフェン・クライスヴァイクも加わって……。いわゆる強豪クライマー集団は、高速のまま山道を突き進んだ。
超級マドレーヌ山頂ではアラフィリップが、スプリントでバルギルとマイカを退けた。続く2級モンヴェルニエの九十九折りは、ローランが単独先頭で駆け上がった。その背後でまたしてもアラフィリップはスプリントを挑み、2位を確保。そして合計25ptをまんまと積み重ねたところで、自らの意思で逃げを打ち切った。ステージ終了後には、計算通り、3回目の山岳賞表彰式へと臨んだ。
「パリまで守り切れなくても失望はしない。ただ、自分の手で追い求めて、つかみ取った大切なジャージなんだ。だから簡単に手放すつもりもない。あちこちで少しずつポイントを収集しつつ、この山岳ジャージの日々を楽しみたい」(アラフィリップ、ミックスゾーンインタビューより)
ローランの独走は、超級クロワドフェールの上りで終止符が打たれる。代って飛び出したのがクライスヴァイクだ。全長29kmの長い山道の、最も勾配の厳しい序盤で、なにげなくするりと前線へ抜けだした。フィニッシュまでいまだ73kmも残っていたというのに、そのままひとりで山を登り始めてしまった。
「逃げに入る計画はなかった。でも一旦入った後に、こんな風に思ったんだ。『前に行こう。さもなきゃ僕の努力は無駄になってしまう』とね」(クライスヴァイク、ミックスゾーンインタビューより)
クライスヴァイクはひたすら淡々と高速リズムを刻み続けた。後方ではバルギル、ニエベ、マイカの3人が束になって追走を企てたが、もう2度とクライスヴァイクの背中を拝むことは出来なかった。メイン集団からも、一時は7分近くものリードを手に入れた。
ただ本人が「結果は出なかった」とフィニッシュ後に肩を落としたように、クライスヴァイクには、あと3.5kmが足りなかった。生まれて初めてのグランツール区間勝利に、無念にも手が届かなかった。
メインプロトンが急速な追走に乗り出したせいだった。なにしろオランダ生まれのGCライダーは、前ステージ終了時点で総合わずか2分40秒差でしかない。マドレーヌ峠の下りでは暫定マイヨ・ジョーヌにさえ立っている。危険人物をこれ以上泳がせておくわけにはいかない、とAg2rとモビスターがスカイから集団制御権をむしり取り、スピードアップを敢行した。ちなみにスカイは監督から「あわてるな。相手は1人だし、最後には必ず苦しんでペースが落ちるはずだ。落ち着いて行け」(トーマス、公式記者会見より)と無線で声を掛けられていたらしい。
それでも「オランダ人の山」ラルプ・デュエズには、単独先頭で飛び込んだ。「オランダ人のカーブ」、つまり第7カーブでは、オレンジ色に身をまとったたくさんの祖国のファンたちから、あらん限りの声援を受けた。果たして努力は無駄になってしまっただろうか。クライスヴァイクは生まれて初めての敢闘賞「赤ゼッケン」を手に入れた。
クロワドフェールからの下りで、メイン集団の主導権は再びスカイの手に渡る。さらにはラルプ・デュエズに入ると、エガン・ベルナルに牽引役が託された。この21歳の若者は、マイヨ・ジョーヌ姿のトーマスと、ディフェンディングチャンピオンのクリス・フルームを背負って、とてつもない仕事をやってのける。
まずは谷間で少し人数を増やしたメイン集団を、再び小さく絞り込んだ。しかも残り10kmでヴィンチェンツォ・ニバリがアタックを打とうが、その1kmほど先でナイロ・キンタナが強烈な加速を切ろうが、トーマスやフルームの手を煩わせることはなかった。5月のツール・ド・カリフォルニアで驚異的な山の脚を見せた新人は、ただほんの少しだけスピードを上げ、2人のチャンピオンを速やかに回収した。
残り7kmでミケル・ランダが大きな一発を打ち、すかさず後輪に飛び乗ったロマン・バルデがカウンターで飛び出して行った時も、やはりベルナルが追走役を遂行した。
「フルームとトーマスのために働けるなんて、僕にとっては素晴らしい経験だ。誇らしいよ。次々とアタックが起こった時、実はすでに限界に近かった。だけど今日はフルームがアタックをかける予定だったから、とにかくフルームの準備ができるまで、ライバルたちとの差を最小限に抑えておく必要があったんだ」(ベルナル、フィニッシュゾーンインタビューより)
ちなみにラスト4.5kmでベルナルが仕事を終えた直後、現マイヨ・ジョーヌが昨大会のマイヨ・ジョーヌを「アシスト」する場面も見られた。「フルームこそがリーダーだ」と繰り返すその言葉を、行動で証明した。
そしてトーマスの後輪から、フルームは予定通りアタックに転じる。残り4kmだった。黄色い発煙筒がもくもくと焚かれる中、バルデに追いつき、さらには単独で先頭を突っ走り始めた。
ここで悲劇が起こる。真っ先にフルームの動きに反応したニバリが、次の瞬間、アスファルトに背中から転落してしまったのだ。
「道幅が急に狭まった。道の両脇に突如としてフェンスが現れたからだ。その瞬間、前を走っていた警察のオートバイ2台が、僕の目の前で『閉まった』。地面に激しく叩きつけられた。一瞬何が起こったか分からなかったし、息が出来なかった。すごく背中が痛んだ。それでも歯を食いしばって先を続けた」(ニバリ、フィニッシュゾーンインタビューより)
極めて皮肉なことに、ニバリの進行を邪魔したフェンスは、2018年大会から採用された「安全対策」の一環だった。通常ならばこの種のフェンスは、残り1.5km地点からフィニッシュラインまで設置される。ところが開催委員会は、今年、山頂フィニッシュステージでは必要に応じて最終3~4kmに延長することに決めた。目的はもちろん、2年前のモン・ヴァントゥでの事故のような――例のフルームが「ランニング」する羽目となった――、観客・オートバイ・選手の接触を避けるため。また今年のラルプ・デュエズでは、第21番カーブの周辺にもフェンスが張り巡らされた。さらに「オランダ人のカーブ」には10人以上の警備員が配置され、一部のゾーンでは、実は例年に比べて騒ぎは控えめだった。
不運な事故を境に、戦いはますます過熱していく。残り3.5kmでフルームが、逃げのクライスヴァイクを追い抜くと、もう1人のオランダ人トム・デュムランが猛然とスピードを上げた。トーマスとバルデは後輪にすかさず張り付き、ランダもしぶとく追いついてきた。さらにバルデは2度加速を畳みかけ、デュムランも改めてもう1度攻撃を仕掛けた。
激しい攻防は、残り2kmを切るまで延々と続けられた。しかしトーマス、フルーム、デュムラン、バルデのぎりぎり均衡が崩れることはなく、何度遅れようとも、ランダも必ず前線へと戻ってきた。だからこそラスト1.8kmを切ると、この5人は、緊張感あふれるお見合いごっこへと移行した。互いの様子を横目で伺い合い、スプリントに備えて皆すかさずジャージの前を閉め、緩やかなカーブラインに合わせて必定以上に蛇行し……。
そして残り700m、ランダの加速がきっかけで、スプリントが勃発した。2つのロータリーを上手くすり抜けて、最終ストレートで最高の加速を切ったのはトーマスだった。ノーマルジャージ姿でロングスプリント勝利を手にした24時間後に、マイヨ・ジョーヌ姿で、雄たけびと共に区間2連勝をもぎ取った。英国人として史上初めて伝統のラルプ・デュエズの山頂を制し、もちろん第15番カーブのプレートに、自らの名前を刻む権利を手に入れた。
「なんてクレイジーな気分だろう!いまだに信じられないよ。昨日ほど絶好調だったわけではないけれど、今日もすごく調子が良かった。だから今日の目標は、総合の主要ライバルについていくことだったんだ。それなのにこうして素晴らしい勝利を手に入れられるなんて。この勝利のことは、きっと一生忘れないだろう」(トーマス、公式記者会見より)
2位には2秒差でデュムランが、3位には3秒差でバルデが入った。フルームは4秒差4位、ランダは7秒差5位と続く。また落車で背中を痛めながらも、驚異的な精神力で追走を続けたニバリは、プリモシュ・ログリッチェと共に13秒遅れでフィニッシュラインを越えた。
区間1位のボーナスタイム10秒をも手に入れたトーマスは、総合2位以下とのタイム差を1分25秒から1分39秒へと開いた。その2位につけるのがフルームで、この日も総合覇者に課されたミックスゾーンインタビューでは、世界中のメディアに対して、トーマスは「リーダーはあくまでもフルーム」と繰り返し何十回となく答えることとなった。
「今日の結果がどうであれ、フルームが僕らのリーダーだ。3週間のレースで彼が好成績が出せることは保証済み。一方の僕は、たった1日で、全てを失ってしまう可能性がある。僕はただあと数日、マイヨ・ジョーヌを楽しめたらいいな。今日はあまりにもレースがきつくて、ジャージを心から堪能できなかった。だから明日は心から楽しみたい」(トーマス、公式記者会見より)
フィニッシュの瞬間や、表彰台で、あちこちから聞こえてきたブーイングに対しても、トーマスは何度も感想を求められた。心ない観客から、走行中のフルームが、わき腹に張り手のようなものを食わらされた件については「知らなかった」と答えつつ……。
「たしかにブーイングされるのは気持ちの良いものではない。でも誰にでも自分の意思を表明する自由がある。行動に移されてしまうのは困るけど、ブーイングだけなら構わない。僕にとっては問題はない」(トーマス、公式記者会見より)
あまりに激しすぎたアルプス最難関ステージで、6人が途中で自転車を降り、2人がタイムアウト失格となった。中でも今大会区間2勝のフェルナンド・ガビリアと、同じく区間2勝のディラン・フルーネウェーヘン、さらにはツール区間通算11勝のアンドレ・グライペルが途中棄権を選んだ。前日にはマーク・カヴェンディッシュとマルセル・キッテルが大会を去り、つまり5人の世界的スプリンターがアルプスで消えていった。ついでに言うと2009年から2017年までの現役シャンゼリゼスプリント覇者が、全員まとめていなくなってしまった。
また残念ながら、ステージ終了から数時間後に、ニバリのリタイアが発表された。精密検査の結果、第10椎骨の骨折が見つかった。2分37秒遅れの総合4位のまま、志半ばで大会を離れることになった。
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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