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ようやくチームスカイの手にマイヨ・ジョーヌが渡った。2012年大会から合計5回の総合優勝を重ねてきた英国精鋭軍が、大会11日目まで待たされたのは、なんと初めてのことだった。しかも今大会初の難関山頂フィニッシュを制し、黄色に輝いたのは、タイトル保持者クリス・フルームではない。ライバルたちをまとめて突き放し、追い上げてくるエースさえかわして力強い勝利をもぎ取ったのは、第2エースと目されるゲラント・トーマスだった。
崇高なアルプスの山々が遠くまで見渡せる峠道を、プロトンはいつも以上に大急ぎで駆け巡った。なにしろたった108.5Kmの短距離コースに、4つの飛び切り難しい山がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのだ。
フラッグが振り下ろされるとほぼ同時に全速力で走り始めたのは、またしてもマイヨ・ヴェールだった。前半11.5Km地点に待ち構える中間ポイントへ向けて、ペーター・サガンが大急ぎで飛び出すと、当然のように20点満点を収集。緑ジャージ争奪戦で2位以下との差を121ptに広げた。その後は前日と同じように、自らのイニシアチヴで出来上がった5人の逃げ集団から、堂々たる後方退却を行った。
先頭に取り残された4人は、代わりに後方から追いかけてきた一団と合流する。最大30人ほどにまで膨らんだエスケープには、前日の覇者で、山岳賞首位に躍り出たジュリアン・アラフィリップも滑り込んだ。「パリまで守れなくても失望はしない」と語っていた本人だが、かといってあっさり赤玉を手放すつもりもなかったようだ。1つ目の超級峠でまんまと先頭通過を果たすと20ptを加えた。少なくともあと1日は「夢」のジャージを身にまとう。
1年前に赤玉を持ち帰ったワレン・バルギルは、この日はサガンの逃げに飛び乗った。さらにはアシスト役が……なんと4人も先頭に集結した!チームフォルテュネオ・サムシックの面々は、逃げ集団の先頭を熱心に牽引し、メイン集団とのタイム差を7分近くまで広げた。またバルギル本人は、この先の山岳賞につなげるべく、2峠での先頭通過を含む計40ptを懐に入れた。
最終峠ラ・ロジエールの、全長17.6Kmの山道に突入すると、先頭集団はバルギルを含む4人に絞り込まれた。しかし後方から総合ビッグネームたちが次々と飛び出してきていたし、なにより本人に先を行く体力が残っていなかった。フィニッシュ手前9Km、勾配のひときわきついゾーンで逃げの友ミケル・ニエベが単独でアタックを打つと、バルギルはずるずると後退して行った。
「序盤の5人の逃げで、体力を無駄に浪費してしまったのかもしれない。アシストが周りを固めてくれたおかげで非常に心強かったし、彼らの仕事には心から感謝している。でも仕事を完成させるためのパワーが、僕にはほんの少し足りなかったんだ。それにしてもクレイジーな1日だった」(バルギル、TVインタビューより)
間違いなくクレイジーな1日だった。それはステージ中盤の超級プレ峠で勃発した。そこまではチームスカイが、巨大なエスケープの後方で、堅実な隊列を走らせていた。
ところが突如、モビスターが主導権を奪い取る。マイヨ・ジョーヌ姿のグレッグ・ヴァンアーヴェルマートや、満身創痍のリゴベルト・ウランを後方に振り落としつつ、とてつもない高速牽引に乗り出した。ついにはアレハンドロ・バルベルデを前方へと発射させた。逃げに滑り込んでいたマルク・ソレールは足を止め、トリオリーダーの1人が合流してくるのを待った。
「脚の調子は本当に悪くはなかった。僕らチームは、切るべきカードを切った。予定通りに計画を遂行した。みんなで全力を尽くした。これこそが、僕にとっては、最も大切なこと」(バルベルデ、チーム公式リリースより)
前区間終了時点で3分10秒差の総合3位につけていたバルベルデは、ライバル集団に一時は1分半近いタイム差をつける。10年前に2日間だけマイヨ・ジョーヌを着た経験を持つ38歳は、この日は暫定マイヨ・ジョーヌにも立った。
続く2級ロズラン峠の下りでは、トム・デュムランがアタックを打つ番だった。昨年のジロ総合覇者は、やはり前方でリーダーを待っていたソーレン・クラークアンデルセンと共に、最大速度93.5Kmという超高速ダウンヒルを繰り出した。
「アタックは即興だった。本能に任せて飛び出した。ソーレンはクレイジーなダウンヒラーなんだ。だから前に出て、スピードを上げるよう指示した。大したリスクを冒さずとも、すぐに差は開いた」(デュムラン、チーム公式リリースより)
最終峠に突入した直後に、デュムランはバルベルデに合流する。さらには山道の中盤の、ひときわ勾配のきついゾーンに差し掛かると、10歳年上の先輩を置き去りにした。バルベルデはその後、急速に追い上げてきたスカイ隊列により吸収され、ついには後方へと脱落していった。総合では3位から11位に一気に陥落。ただステージの終わりには、敢闘賞を手に入れた。
2人の飛び出しを見送った後、スカイはより厳しいテンポを集団に強いた。おかげで最終峠の中盤に差し掛かると、ひとり、またひとりと、脱落者が生まれていく。アダム・イェーツが消え、イルヌール・ザカリンが苦しみ、ヤコブ・フグルサングもついていけなくなり……。いわゆる「尻尾切り」が繰り返された。ラスト6Km、ついにメイン集団は1ダースほどにまで絞り込まれ、そしてトーマスが鮮やかなアタックを打った。
「チャンスを感じたんだ。直観だった」(トーマス、公式記者会見より)
総合2位……むしろ暫定総合首位トーマスの攻撃に、ライバルたちはほんの少し躊躇した。スカイの絶対的エース、クリス・フルームの様子を誰もが伺い、互いに顔を見合わせた。毅然と突き進むトーマスとの距離は、ただ開いていく一方だった。しかもためらっている隙に、ラスト4Km、後方からダニエル・マーティンに不意打ちを賭けられた。その後輪にはあろうことかフルームに飛び乗られてしまう。
「がっかりだ。大きなミスを犯してしまった。注意力不足のせいでマーティンを行かせてしまった。しかも後方ではあまりに互いを警戒しすぎた。がっかりだ。こうして貴重なタイムを失ってしまったのだから」(バルデ、フィニッシュゾーンインタビューより)
やはり残り4Km前後でデュムランとトーマスは合流を果たす。それにしてもデュムランは、昨ジロの失敗で、「協力体制」などという幻想はきっぱり捨てたようだ。後輪に張り付いているだけのトーマスには構わず、ただひたすらハイペースで走り続けた。またマーティンとフルームは一時的な共闘体制を組み、きっちり先頭交代を行った。むしろ置き去りにされたロマン・バルデ、ヴィンチェンツォ・ニバリ、ナイロ・キンタナ、プリモシュ・ログリッチェ、ステフェン・クライスヴァイクは、相変わらず足並みが揃わぬまま、ただずるずるとタイムを失っていくばかりだった。
ラスト1Kmのフラムルージュを、ニエベが先頭で潜り抜けた。その約20秒後をデュムランとトーマスが追い、さらに5秒ほど後には、ついにマーティンを振り払ったフルームが、おなじみの高速ペダリングで前方へと駆け上がっていた。ここでもう1度、トーマスが強烈な加速を切る。チームエースがぐんぐん背後から接近してくるのを知ってか知らずか、全てを一発で振り払い、ひとり敢然と前方へと突き進んでいった。
まるで6月の再現だった。今年のクリテリウム・デュ・ドーフィネでも、黄色いリーダージャージ姿のトーマスは、この山でライバルたちを蹴散らしている。しかもアタックを打ったのは、残り約600~650mと、ほぼ同じ場所だ(詳しく見比べてみると、今ツールのほうが50mほど早めにアタックしている)。前方にエスケープの残党が1人残っていたのも、また同じ。ただ6月は21秒差で逃げ切り優勝を許してしまったのに対して、今回は残り350mでニエベを捕らえ、そのまま突き放した。
「ここで勝てるなんてびっくりしている。この区間勝利だけでも、僕のツールはすでに大成功だよ。しかも区間勝利だけでなく、マイヨ・ジョーヌも取ってしまった。単純に信じられないような気分だし、本当に満足している。この先も出来る限り長く、総合表彰台の位置を守り続けたい」(トーマス、公式記者会見より)
昨大会の開幕タイムトライアルで区間初優勝を果たし、4日間に渡り黄色いジャージを身にまとった経験がある。ただしトーマスにとって、ツールの「ラインステージ」のフィニッシュラインでガッツポーズを振り上げるのは、正真正銘初めての体験だった。
20秒後にはデュムランとフルームがフィニッシュ。今年のジロで総合優勝を争った2人は、山頂で小さなスプリントを競い合った。デュムランに軍配が上がり、2位6秒のボーナスタイムを手に入れた。マーティンは27秒遅れ。バルデ、ニバリ、キンタナ、ログリッチェの4人は、最後にはようやく協力体制を取ったものの、59秒もの遅れを喫してしまった。
総合ではトーマスが黄色に輝き、2位には1分25秒差にフルームがつける。デュムランは総合11位から1分44秒差の総合3位に浮上。総合4位以降はすでに2分以上のタイム差がついた。
ちなみにフィニッシュエリアや記者会見場は、レース最終盤から異様なざわつきに満たされた。「第2エース」という名のアシストが、ツール総合4勝、グランツール3大会連続制覇中の絶対的リーダーを突き放し、マイヨ・ジョーヌを手に入れてしまったせいだ。「君のチーム内のポジションは変わるか?」「君がフルームだったらどうするのか?」「この立場になってもフルームのために自己犠牲するのか?」など、2人に関する質問が次々とトーマスに投げかけられた。
「もちろんフルームが変わらずチームのリーダーだ。彼はグランツールを6回制している。一方の僕に関しては、まだ3週間のレースでなにが出来るのか、未知の部分が多い。それにチームの絶対的目標はツールを勝つこと。これに関してはフルームこそが最高の切り札だ。でも状況によるかな。今後のレースの展開次第だし、全てはチームの指示による。もちろんチームから、フルームのために牽引するよう命じられたら、そうするだけさ……」(トーマス、公式記者会見より)
ひどく短く、きわめて熾烈だったステージの終わりには、マーク・カヴェンディッシュとマルセル・キッテルが、制限時間アウトにより失格となった。ツール通算区間30勝の33歳と、同じく14勝の30歳は、今大会1勝も出来ぬまま去って行った。世代交代の波は静かに突然にやって来た。
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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