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野球 コラム 2020年11月24日

【中日好き】吉見一起、受け継がれる思い

野球好きコラム by 森 貴俊
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吉見一起の引退会見

竜の黄金期を支えた絶対的エースは潔くユニフォームを脱ぐ決断を下した。

5年連続2桁勝利。簡単なものではない事はプロ野球ファンならばすぐにわかる。引退会見で本人の口からも語られた「頂点とどん底を味わった」。まさに吉見一起の頂点だった。もっと上がある。そう信じていたのは吉見だけではない。我々もそう信じていた。しかし吉見の肘はそれを阻んだ。

トミージョン手術後、病室の天井を見ながら吉見は「本当に治るんだろうか。元のように投げられるのか」と不安な日々を送った。試行錯誤を繰り返した。自分で頭も洗えない状態から不死鳥のように何度も舞い戻った。マウンドで躍動する吉見一起を嬉しく思うと同時に、傷だらけの肘を見るたびに心が痛んだ。

2020シーズンも終わろうとしていた頃、新聞に「吉見、引退」の文字が躍った。

吉見は夏にこんな事を漏らしていた。「ずっとチャンスはあると思ってやっていますが、2軍で結果を出しても、なかなか1軍に呼ばれないんですよね…」。

若い選手と共にもう一度、1軍のマウンドへ行く。炎天下の中、ベテラン右腕は腕を振り続けた。吉見は2020シーズンのウエスタンリーグ12試合に登板。5勝3敗、防御率2.77 合計65イニングを投げ、規定投球回を超えている。この数字からも吉見の強い決意を感じた。

2軍投手コーチと選手ではあるが、立場を超えて同級生として吉見は浅尾拓也コーチに聞いた。「正直に教えてほしい。俺は1軍に推薦されないのか?何番手で控えているんだ?」

浅尾コーチは即答した。「常に推薦はしている…」。

吉見はその時の心境をこう語る。「僕と若い投手が同じ7回2失点でも、1軍に呼ばれるのは若い投手ですよ。まあそれもしょうがないのかなって…。結局、年齢的な事を考えると僕には完璧が求められるんです。若手が7回2失点なら、僕は7回無失点じゃないと呼ばれないんだなと」。

9月から3度に渡り、球団との話し合いがもたれた。具体的な来年への提示もあった。提示の内容はここでは避けるが、吉見のポイントはそこではなかった。

「自分は来年も同じような状況でやれるのか?今年と同じ事を繰り返すのではないか?ローテーションで回るだけの投球が果たしてできるのだろうか。そして完璧を求められる中で、それにこたえられるのか…」。吉見の中で自問自答が続いた。

出した結論は“引退”だった。

『吉見引退』が新聞の一面を飾った日、吉見はいつも通り、ナゴヤ球場にいた。若い選手に引退の挨拶をし、練習に参加していた。その表情は、実に柔和で晴れやかだった。背中に覆いかぶさっていた重たい空気はなかった。

2008シーズン終了後、かつてのエース、川上憲伸は海を渡りメジャーに挑戦した。去り際に川上は、「いつまでも僕がエースではダメ。そうならなければダメです」と話した。入れ替わるように、この年吉見一起は自身初の2桁勝利を挙げた。

2020シーズン、吉見はユニフォームを脱いだ。そして「ずっと吉見塾に入っていたかった」と話した大野雄大は見事に沢村賞に輝いた。確実に受け継がれるエースの血がある。それは言葉で託すものではない。先人達は背中で後輩たちに教え続けた。吉見のラストピッチからはその意思を感じ取れた。

11月6日。ナゴヤドーム最後のユニフォーム姿、後輩たちは吉見の言葉に涙を流した。

「ドラゴンズは強いです。もっと強くなります。後悔のないように1日1日を大切に」

大げさに飾る言葉はなかった。淡々と思いを丁寧に述べる引退挨拶だ。それも実に吉見一起らしい。かつてのエースは目には見えない多くの財産をドラゴンズに残してくれた。それは多くの選手に伝わっている。残してきた物は間違っていなかった。伝えてきた事は正しかった。吉見にそう思って貰う事が最大の恩返しになる。

セリーグの頂点へ。吉見一起がドラゴンズに残した炎はこの先も決して消えることはない。

文/写真:森貴俊

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森 貴俊

1976年愛知県出身。東海ラジオ放送スポーツアナウンサー。ドラゴンズ戦中心のガッツナイターをはじめJリーグ、マラソン等スポーツ実況を担当。原点回帰を胸に、再び強き竜の到来を熱望する43歳。日々体力の衰えを感じるがドラゴンズへの喜怒哀楽は衰え知らず。今年もマイクの前で本気で泣いて怒って笑います!

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