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「正捕手には全然たりない」。
加藤匠馬ははっきり言い切る。しかし今シーズン、加藤はチーム内では捕手最多の92試合に出場。これまで1軍出場は3年間で5試合。主戦場は2軍のナゴヤ球場だった加藤にとって、大きく飛躍し実りある1年になった。
加藤はシーズンを終えた今、真っ先に出てくるのは悔しい思いだった。恐らく生涯忘れられない試合だろう。
6月16日、ZOZOマリンスタジアムでの千葉ロッテ戦。7-2で5点リードの最終回、ドラゴンズは6点を奪われ、サヨナラ負けを喫した。
試合開始から終始マスクを被ったのは加藤だった。鈴木大地にサヨナラ打を浴びた瞬間、千葉ロッテのファンは狂喜乱舞した。地鳴りのような歓声。しかし、加藤の耳には届かなかった。
加藤は「立ち上がれませんでした。ただ、地面を見つめていた記憶があります。放心状態でしたね。何も考えられませんでした。とんでもない負け方をしてしまった。それしか頭になかったです。」と振り返る。
宿舎に戻ってからも胸の中は曇り続けた。
「部屋に京田が来てくれたんですが、出られませんでした。食事会場にも行く気がしなくて。でも、チームに変な気を使わせるのもダメだと思ったんで、なんとか食事会場に行きました」
加藤の元に伊東ヘッドコーチが歩み寄った。
「ヘッドからは飯が食えるなら大丈夫だ。切り替えろと言われましたね。プロなんで、明日もこんな気持ちでグランドには行ったらダメだな、と思った記憶があります」と話す。
この日、捕手として痛感した敗戦の責任は加藤にとって大きな財産となった。
手ごたえや喜びも感じる1年だった。首脳陣の心を射止めたのは肩の強さだった。セ・リーグでも加藤の肩の強さはトップクラスだ。
阪神の近本はルーキーながら36盗塁で盗塁王に輝いた。8月28日、甲子園球場。先発は故障から復帰後、白星を目指す小笠原慎之介。1塁ランナーは近本。バッターは福留。
小笠原が投じた決め球はチェンジアップだった。福留のバットは空を切り三振。ランナー近本はおそらく球種を読んでいたのだろう。2塁へスタートを切ったが加藤の肩が上回った。投げた小笠原が目を丸くし、加藤に拍手を送った。
小笠原は「興奮しましたね。スタート切ったのは見えましたが、チェンジアップだったんで間に合わないと思いましたね。まさか刺してくれるとは。びっくりしました」と振り返る。
加藤は「近本に関しては正直むちゃくちゃ意識していました。速いのはわかっているし、だからこそ盗塁は決められたくないと思っていました。あの甲子園の盗塁死は今年一番うれしいプレーです」と話した。
シーズンを戦う上でキャッチャーの肉体疲労はすさまじい。1軍経験の浅い加藤にもその疲労がのしかかる。7月初旬、2軍行きが告げられた。
加藤は「実はあの時、腰を痛めたんです。まあ、疲労もあったと思いますが。中村バッテリーコーチからも夏場に練習量を減らす。今までの量をこなすのは無理だ。体が限界にきていると言われました」。
「自分は気が張っていたんで分からなかったんですが、コーチにはそう映っているんだなと。スタミナの無さを痛感しましたね」と話した。
沖縄秋季キャンプ。中村バッテリーコーチは加藤にこう質問した。
「技術と体力、今欲しいのはどっちだ?」
加藤は即答した。
「体力です。まだシーズン戦い抜く身体じゃない。体力をつけないと技術も身に付きません」
11月の沖縄。加藤は連日泥にまみれた。グラウンドに座り込むほど連日右へ左へノックを浴びた。
加藤は「その練習に意味があるか無いかを考えるより、きつく苦しい事をして身体も心も強くなりたかったんです。それが僕には一番足りないから」
年が明ければ大島洋平と共に大阪での自主トレが始まる。正捕手と呼ばれるために。今年の実りを手に加藤匠馬は来年も泥にまみれる。
文/写真:森貴俊
森 貴俊
1976年愛知県出身。東海ラジオ放送スポーツアナウンサー。ドラゴンズ戦中心のガッツナイターをはじめJリーグ、マラソン等スポーツ実況を担当。原点回帰を胸に、再び強き竜の到来を熱望する43歳。日々体力の衰えを感じるがドラゴンズへの喜怒哀楽は衰え知らず。今年もマイクの前で本気で泣いて怒って笑います!
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