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「ないです。全然ないです」と、何度も首を横に振りながら即答したのは山本由伸だ。
昨年12月にファイターズへ移籍した金子弌大との思い出を尋ねると、バファローズの若手からは恐縮の反応が多く返ってきた。
「テレビの向こう側の人といきなりチームメイトになったので、こちらからは気軽に話しかけられなかったですね」(小林慶祐)といった具合に。
MVP、沢村賞、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞、最多勝、最多奪三振、最優秀防御率…。投手として獲れるタイトルはほとんど手にした選手なのだから、まだ実績の少ない後輩が、1歩どころか2歩も3歩も引いてしまうのは無理もない。
「聞かれたら教える」タイプだったようだが、「次元が違うので。理論的な話をちょくちょくさせてもらいましたけど、描いているものが凄くて、実際に聞いたことを試しても難しい」(海田智行)。
「本当にマイペースで、自分を持っている」(増井浩俊)から、特有の考え方やメソッドが存在し、その投球の真髄にはおいそれと触れられないだろう。
その上で「投げる日、投げない日に関係なく、一番最初にグラウンドに来て、一番最初に練習をしていた」(澤田圭佑)というストイックな姿勢。
突出した個人にはよくあることだが、向けられた敬意は、遠慮と距離感にもつながっていたようだ。
チームの顔が及ぼす発言力の大きさもを理解していただろうから、無駄なことを語ろうとはしない。それだけに、発した言葉は今でも受け取る側に響いている。
2014年、吉田一将はチームがリーグの優勝争いを繰り広げる中で、「新人なんだから、チームの順位や勝ち負けは背負わなくていい」と声を掛けられた。
「俺や平野(佳寿)がやることだから、気にしないで自分の力を出せるようにやればいい」の一言に、当時のルーキーはどれだけ気持ちが楽になっただろうか。
昨年の開幕前に育成選手から支配下登録された榊原翼は、直後に一軍へ合流。練習中に短い距離のダッシュを軽めに走っていたところで金子から呼ばれた。
「今のバラの姿を見てお客さんはどう思う。ここで頑張って全力で走っていれば、見る人は見てくれているから応援してくれる。そうしたら自分のためにもなるから」と心構えを説かれて、新たな一歩を踏み出している。
説得力を持つのは実績だけではなく、背番号「19」が背中でも示してきたからだろう。
自主トレを共にした東明大貴は「自分に対して厳しい方でした」と証言し、松葉貴大は「練習に対しての熱意や姿勢は『やはりエース』と思わせられるものでした」と振り返る。
高校時代に名門高で鳴らした吉田凌は、舞洲で見た姿が忘れられない。
「ポール間走は(走る距離が短くなるように)どうしても内側となってしまいがちですけど、金子さんはフェンスのぎりぎりを走るんですよ。何本も同じところを走っていました」
徹底ぶりは、グラウンドを離れても変わらない。
トヨタ自動車の後輩でもある青山大紀は「ロッカーが近かったんですけど、めちゃくちゃ綺麗なんですよ」と感嘆の声を上げる。「海田さんは『汚くても一流はいるけど、一軍で凄い人は綺麗好きが多い』と、よく言っています」。
若かりし頃、共にファームで汗を流した岸田護はこだわりの強さを示すエピソードを披露した。
「風が強い宮古島キャンプでランニングのメニューがありました。あいつは前髪を左右に分けていたんですけど、それが風に流されないように走るんですね。逆風で流されそうなときは、それが嫌で後ろを向きながら歩いて帰ってくる」
徹頭徹尾の姿勢に加えて、遊び心も持ち合わせたから、多彩なピッチングが生まれたのかもしれない。
「後ろから、よくちょっかいをかけられましたね」(武田健吾)といったチャームな一面はファンによく知られているし、「財布のお下がりを欲しいと言い続けていたらもらえました」(近藤大亮)という声も聞かれた。
「なんだかんだでいろんな人を見ているんですよ。いいところも悪いところも」とは比嘉幹貴。その観察眼は確かで、投手だけにとどまらず野手陣にも的確なアドバイスを送っている。
伏見寅威は昨季のキャリアハイの打撃成績が「金子さんのお陰」であると明かす。「金子さんが打席に立ったとき、追い込まれてからも低めの変化球を簡単に見逃すんですよ。いい当たりを打ったりもするので、なぜか聞いてみたんです。
そうしたら『打つ気がないからだよ』と言ってもらえて。打とうとしているからボール球に手を出してしまう。『打ちたくないと思いながら、来たら振る。その準備だけをしておけばいいんじゃない』と言ってもらいました。
調子が悪くなると、打ちたい気持ちが強くなってボール球にも手を出します。金子さんは常にそこをコントロールできる」。
送球難に苦しんだ外野手の根本薫は「スライダー回転する投げ方だったんですけど、ボールが真っすぐいくような腕の出し方」を教わった。
快足が武器の佐野皓大は、投手時代に「リリースが大事なピッチャーと同じで、ランニングも最後までしっかり走り切るように教わりました」。
試合では「コントロールがいいし、ストライクを投げる」(福田周平)ピッチングが、野手にとって守りやすかったようだ。
「どこに投げればどこへ打たせられると分かっていたと思うので。守っていても飛んでくるコースが予測できて、少し寄っておいたりできました」(大城滉二)
「捕手が構えたところにきっちり投げるので、ずっと守らせてもらっていて『このカウントならこれだろう』と。他の投手とは違う攻め方や球種があるので、何年も守るうちに僕も覚えて勉強になりました」(後藤駿太)。
今年からは、登録名を変えた金子がバファローズナインの前に立ちはだかる。開幕2戦目の3月30日に対戦する。対戦を望む元チームメイトの声は、どれも自然と弾んでいた。
「他のユニフォームを着ているネコさんを見るのが複雑な思いですけど、楽しみではあります」(西野真弘)。
「同じチームで後ろから見るしかできなかったので、打席に立つ機会があれば遠慮なくいきたいなと思います」(小田裕也)。
藤原 彬
アルバイト時代を含めて10年余り野球専門誌の制作に携わり、2016年にFAとなったさすらいのスポーツウォッチャー。「二兎を追う」を信条に、編集、執筆、写真、発信、校閲をこなす5ツール・プレーヤーを目指して勉強中。食にうるさい関西人だが、行く先々で「あんまり面白くないね」と言われる。同い年のレブロン・ジェームズは誇り。
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