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3年前、右肘の手術をしたのだという。長年ずっと投げ続けた”職業病”の結果だ。今年44歳になった部坂俊之さんは、今も日々、130から140球ぐらいは投げている。
仕事は、打撃投手。試合前などに打撃練習で選手にボールを投げるのが主たる業務。いつしか右腕はいびつにしか曲げ伸ばしができなくなった。
「この腕なので、バレーボールができないんですよ」。部坂さんはそう言って、誇らしげに曲がってしまった右腕を見せてくれた。
ニコニコという言葉が、ぴったりとはまる優しい笑顔が印象的だ。そんな温和な表情の裏に、たくさんのケガや苦労を乗り越えた経験を持つ。
3年前の手術は、通称「ねずみ」と呼ばれる遊離体の除去手術で、これも野球選手のいわば職業病。右肘の骨が摩耗して欠け、中で浮遊した骨の欠片が関節に入り込み、右腕を“ロック”してしまったため、それらを取り除いた。
「11月の秋季キャンプで発症し、12月に手術をして、2月の春季キャンプからは投げてますけど」と、部坂さんは何でもない風に語る。
6月の交流戦では、試合前の打撃練習中の彼に向かって、阪神タイガースの藤川球児はじめ、阪神の選手、コーチらが挨拶やアイコンタクト、白い歯をみせて笑い合う場面が見られた。
◆台湾ではSARS、カナダでは球団消失。帰国して会社員になるも再び野球界へ
楽天で2006年から打撃投手を務める部坂さんは、1998年にドラフト4位指名で阪神タイガースに入団。2002年に戦力外になると、翌年に台湾のプロリーグへ移籍を果たす。
ところが、SARSの流行で外国人選手らが一斉に帰国。すると、そのタイミングでカナダの独立リーグから部坂さんはオファーを受けたため、今度はバンクーバー西にあるビクトリア島へ渡った。ところが、この島のチームに所属するも、3ヶ月ほどで球団が潰れてしまったという。
「(ビクトリア島は)気候が良くて、自然豊かないいところでしたよ。でも、2ヶ月分の給与は未払いに終わりました。台湾からもいろいろあったし、野球はもう(辞めても)いいかなって。帰国して、知人の紹介で貿易関係の会社に入り、仕事を始めました」。
楽天が創設された年だった。部坂さんは、一般企業でセカンドキャリアを歩み始める。野球からはしばらく離れていたが、会社に勤めながら草野球で”現役復帰”。
土日限定の助っ人ピッチャーを始めた。すると、次第に大会にも出てくれと頼られるように。そうして大会にも出場すると、そのまま見事にチームを優勝に導いた。
「草野球チームは大阪だったので、最初は別の名前で参加したんですよ。でも、『ちょっとおかしいだろ(どう見ても素人じゃないだろ)』って言われちゃって(すぐにバレた)」。
「それから、本名でちゃんと出るようにしました」と懐かしそうに笑う。大会にも出場したことで、野球への情熱に再び火が灯った。
「優勝するって、何とも楽しい緊張があるじゃないですか。そしたら、その時に(野村)克則さんから連絡をもらったんです」と部坂さん。
ノムさんこと野村克也氏の息子で、当時は楽天の選手だった克則さんとは、阪神在籍時代のチームメイトでもある。以来、ずっと親しい交流が続いているという。克則さんは、楽天の打撃投手の話を持ちかけ、「うちの親父が(2006年から)監督やるから」と勧誘したのだという。
野村元監督は、部坂さんの恩師。プロ入りした時、ドラフト4位で指名したのも同氏だった。部坂さんは、「ドラフトで獲っていただいたし、野村監督の元でなら野球の勉強になるはず」と入団のテストを受けることを決意。晴れて合格し、打撃投手になった。
◆”恋女房”はウィーラー、今江、藤田。打つと「すごく嬉しい!」
それから、早や13年が経つ。私が楽天にいる部坂さんと挨拶を交わすようになってから4年目だが、いつ見ても部坂さんは穏やかな笑みを湛えて、楽しそうに仕事をしている。
ただ、現役にこだわって海を2度も渡ったほどなのに、裏方の仕事を最初から受け入れることはできたのか。初めは戸惑いや表舞台の選手を羨む気持ちもあったのではないか。
「確かに最初の頃は、ちょっとは見ていて『いいなあ』とか、自分も(表舞台で)投げたいなとは思いました。でも、だんだん年齢を重ねるとともに、もう無理なのはわかるので」。
そう言って、部坂さんはいつもの笑顔をのぞかせると、「今は、練習で投げている相手のバッターが試合で活躍するとすごく嬉しいし、チームが勝つことが何よりの喜びなんです」と、やりがいを隠しきれない様子で語るのだ。
かつては、チームの主砲だった山武司氏の“恋女房”でもあった。部坂さんを指名して、全試合の前に来る日も来る日も、相当の練習を重ねたという。今は、ウィーラーはじめ、今江年晶、藤田一也といったベテランから”ご指名”を受ける。
そうやって一緒に練習をした選手が活躍すれば誰よりも喜ぶが、逆に不振やケガに苛んだ時には「本当に悲しいし、ショックを受けます」と顔を曇らせる。
選手たちが輝くことを心から願う部坂さんは、「まだまだ限界まで投げていきたい」と爽やかに笑った。
松山 ようこ
翻訳者/ライター/インタビュアー。主にスポーツやエンタメ分野にて実績多数。野球はプロ野球からMLB、他にもマイナースポーツからオリンピック大会まで、国内外の競技場や大会での現地取材を数多く経験するスポーツ好き。アスリートはじめ、一般人から著名人まで幅広くインタビューし、日本語と英語ともに記事やコラムにする。訳書『ピッチングニンジャの投手論』『ベイダータイム』。 ※『ピッチングニンジャの投手論 PitchingNinja's analysis of Japanese MLB Aces』 ※『VADER TIME ベイダータイム: 皇帝戦士の真実 』
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