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バーバリアンズ。背番号は「9」。そのジャージィにこのほど「240,000ポンド」の値がついた。いまここをタイプしている時点のレートで「39,049,335円」である。澄みわたった空気の土地に小さな別荘くらい買えるかもしれない。
『ガレス・エドワーズ自伝』
半世紀前、1973年の1月27日のカーディフでのオールブラックス戦、長く「ラグビー史上で最も偉大なトライ」と称されてきた冒険的アタックを締めくくった人物、ウェールズの名SHのサー・ガレス・エドワーズが同ゲームでまとった1着を出品した。
ぜひウェブに残る有名な映像を見てほしい。BBC放送のクリフ・モーガンが叫ぶ。
ワールドラグビー公式ページ「The history of the Barbarians」の映像より
「This is Gareth Edwards! A dramatic start. What a score!」
ときめき。敬意。興奮。この競技の永遠の声であり瞬間だ。
そして。あの時代にもし「TМО(テレビ・マッチ・オフィシャル)」が存在したら、この白と黒のジャージィの売価はワンルームの家賃10カ月分程度に落ち着いていた。
途中、かすかなスローフォワードに見えなくもない球の流れがある。ガレスへの短いパス。もちろん、そうでないようにも映る。想像だけでゾッとするが、レフェリーが両手でテレビの輪郭を模して、無線で協議、やがてスコアが取り消されたとしよう。もしそうならラグビーはもっとしょんぼりしたものになっていた。たぶん負けず嫌いのニュージーランドの選手ですら残念に思ったのではあるまいか。いま「じいちゃんはあのトライのあの試合に出ていた」と近所の子どもに自慢できる。それだけの美と技がそこにあった。
ちなみにオールブラックスの首に巻きつくタックルも途中に2度あった。いずれもバーバリアンズの15番、JPR・ウィリアムズが浴びた。現在ならカード級だろう。でも職業は整形外科医の勇猛なウェールズ人はほとんど気にせずプレーに戻る。
さて進行中のリーグワン。放送の解説者として心から「レフェリーはもっと尊敬されるべきだ」と考える。キャプテンでない選手まであれこれ異を唱え過ぎだ。
リーグワン第5節で笛を吹いたアンガス・ガードナー氏
なのに、たまに判定にちょっと冷たい口調になってしまい、あとで反省する。TMOが「反則探査システム」のようだと感じるときだ。トライ。観客の歓喜。わずかな前へのパス。何度か映像を確かめてシャッと水がかかる。
わが心の悪い声がささやく。「うしろから走ってきた人間がつかめるのだから大罪にあらず。まあ平行だろう。本当に前へ投げたらオフサイドを取ればよい」。繰り返しだが審判団に悪意のあるはずもない。芝の上のレフェリーの「お客さんのために止めたくないが、うーん、そうもいかないか」という良心の揺れもマイクを通して実況席に伝わってくる。
高いタックル、頭部への衝突については厳格に臨む。ラグビー界全体の流れである。競技の健全な存続のためにもっともっと安全を重視しなくてはならない。どうしてもレフェリーのポケットより突き出されるカードの枚数は増える。勝負の興はそがれる。入場料を払ったファンはかわいそうだ。しかし「これくらいは見逃せ」と述べるわけにはいかない。
2月26日。東京・秩父宮ラグビー場での第9節。後半27分、三菱重工相模原ダイナボアーズのFB、アライアサ空ローランドが「危険なタックル」によるシンビンの処分で退いた。対NECグリーンロケッツ東葛。同時点で26ー21。シーズンの結末をにらんでも重要な局面であった。
当該の場面を映像で確かめた。グリーンロケッツのアタック、中央ラックより左に折り返す。どのゲームでもパスのさえるSHのニック・フィップスがふたりを飛ばす。ボールを受けた6番、フェトカモカモ・ダグラスも、すぐ左横へ駆け寄る者を含めると3人飛ばしのふんわりした球質をフッカーのアッシュ・ディクソンへ届けた。
ディクソンは軽くジャンプしてパスをつかみ、そこから引力の法則に従って沈み、頭の位置も下がって、そのままぶちかます。そこにはダイナボアーズのアライアサのヘッドもあった。正面衝突。危険だ。梶原晃久レフェリーにすれば放置はできない。現象はアライアサの「ファールプレー」。ただし「タックルする前に止まっている」のでレッドではなくイエローカードに軽減された。
大接戦に14人の攻守はきつい。ダイナボアーズは追いつかれ、終了寸前の失トライとゴールで26ー33と敗れる。いささか同情する。判定が間違っているのではない。国内外の現行のルール適用では「頭部正面衝突」の非は総じて「タックル側にある」とされる。そこが割り切れないのだ。
パスが想定の軌道、普通のコースや速度ではなく、ふわっと浮く。それを跳んで捕る。すると倒そうとする者の視線や肩の向きも自然に上に引き寄せられる。激しい攻防のさなかにそこはコントロールできない。いわば本能。跳んだ相手が着地、ただちに前傾する。守るほうの意識は「上」にいくらか残る。目の前の標的に急ぎタックルを仕掛ける。頭×頭の悲劇だ。
実際はタックルの質を決めるのはボールを持つ側ではあるまいか。ステップを踏み、上体を揺らし、ときに敵陣に背を向けてジャンプしながらクルリと回り突然加速したりもする。そうした動作に防御は対応する。ことに不規則な出来事(パスが地面にはねる。後方へそれる。キャッチする選手の腰がふいにくだける…)が発生すると、正しくあろうと構えた防御の姿勢や足の位置も乱れる。妙な角度や高低でクラッシュ、運が悪ければカードにつながり、緊迫のシーソーがコトンと傾く。誤りなく攻めてくれたら、こちらも誤りなく倒せた。言い分はそれなりに成り立つ。
結局、レフェリー、オフィシャルのチームによる「合法非合法」の完全なる把握は無理なのだ。スクラムのミクロの駆け引きを「法医学者」のごとく解釈する。そんな難題をひとりに課すのは酷だ。同情したくなる。
ここは「常識」の力を借りるほかない。ともに鍛えられたスクラムを組み、どちらのチームもあまり気にしていないなら、厳密なルールにもれなく重なってはいなくとも、そのままラグビーをさせる。次のラインアウトの前にでも「さっきのはちょっぴり反則」とフッカーにささやけばよい。もちろん悪質な暴力、無法を開き直るような意図的反則に対しては、まさに一切の妥協なく温情皆無のジャッジをくだす。赤、赤、赤のカードもよし。
人間がいて、その行動があり、現実によく起こる事象があって、そこからルールが定まる。ラグビーの本来だ。人情、コモンセンス、できればユーモア、それらを前提とする説得力や強さ。これだけの資質を求めるのだものレフェリーへの敬意を忘れるのはあまりにも失礼だ。
引用:Barbarian FC - Official Home of the Barbarians
伝説のバーバリアンズーオールブラックスには、もうひとり、英雄がいた。フランス人のレフェリー、ジョルジュ・ドメルクである。当時、先駆的な「長いアドバンテージ」の信奉者であった。試合中に「姿を消す」名人であり、信条は「継続をさまたげる対象にのみ笛で介入する」。語り継がれる至福の背景だ。ピレネー山脈近くのベアルン地方ベロックの村長をなんと7期43年間にわたって務め、腕のよい葡萄栽培家でもあった。不滅のゲームの47年後に89歳で天へ旅立った。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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