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今年のル・マン24時間レースを制したFERRARI AF CORSEの50号車。
行きつけの寿司屋のカンターで痩身のその人は、「ゴールした途端ドアが開けられたと思ったら国さんがよ、【健ちゃんありがとう】だってよ。これ聞いたら前が見えなくなるほど涙が溢れたぜ。ずりぃーよなぁ。あの口調でそんなこと言われてみな、涙が出るのは当たり前だよなぁ。あの国さんからよ。」と大好きな焼酎を一口味わいながら、口元で笑った。
その人は、高橋健二さん。
高橋国光さんとコンビを組んでポルシェ962Cをドライブした1986年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権最終戦富士のゴールシーンのことだった。レースに使用できる燃料の総量が決められていたグループCカー。500キロレースの序盤にトップに立ったディフェンディングチャンピオンのアドバン・アルファ962は、残り10周で急激にペースダウン。トップの座をあけ渡し、最終ラップの最終コーナーでガス欠。惰性だけではゴールに届かない。そこで終わりかと思われた。しかし、高橋健二選手は、ギヤを3速に入れセルモーターを回した。西日を背に受けて黒いマシンのヘッドランプが輝きを少しずつ弱め、瞬き始めるとそれがだんだんゆっくりとなり、ゆっくりと、ゆっくりと、まるで這うように2位でゴールラインを切った。そしてチャンピオン2連覇。国さんの背後から大柄の千葉泰常チームオーナーが力強く、健二選手と握手を交わした。
38年後にそのシーンがフラッシュバックした。
2024年FIA世界耐久レース第4戦、ル・マン24時間レース。
世界的な気象変動に翻弄されコンディションが目まぐるしく変化した稀に見る展開の一戦だった。
終盤、TOYOTA GAZOO Racingの7号車がトップのFERRARI AF CORSEの50号車に迫っていた。時折表示されるヴァーチャル・エネルギータンクは、ハイパーカーのガソリンとバッテリー蓄電の残量を示していた。そして、7号車のそれは50号車を上回っていた。走り切るためフェラーリには燃料のスプラッシュ給油が必要だった。しかし、再び天候が急変、雨が落ちてきた。当然走行ペースは落ち、燃費が変化する。フェラーリは、給油をせず走行続行を決めた。エネルギーはゴールまで保つという判断は、半ばギャンブルだった。ゴール寸前で止まってしまうのではないか。
フェラーリのチーム全体が【走り切ってくれ】と祈っていた。2人のチームメイトは、ピットでモニターを見ることができずに目を瞑って手を合わせていた。そして、50号車は、トップでゴールラインを通過、残量は2%だった。7号車は、14.2秒後に通過。壮絶な24時間レースを戦いこのわずかの差で勝敗が決した。アンカーを務めたニールセン選手は、フォコ選手とモリーナ選手からどんな言葉をかけられたのだろうか。
文:高橋 二朗
高橋 二朗
日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。
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