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モーター スポーツ コラム 2024年4月2日

公道を使ったレースが実現した日

今日も今日とてプッシュ&ルーズ by 高橋 二朗
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お台場の特設コースで開催されたTokyo E-Prix。

地下鉄線をふたつ乗り継いで地上に。次は自動車と同じく一車両に4本のゴムタイヤで駆動する自動案内軌条式旅客輸送システム路線へ。ゆりかもめと命名されているこの交通機関は地面を走らず、始発駅から4番目の駅を過ぎると眼下には東京湾、そして湾に浮かぶ人工島お台場へ、近未来の雰囲気を満載しているエリアを縫って走るゆりかもめ。行き着いたのは、東京ビッグサイト駅。

先週行われた本邦初の一部公道を使用した特設シティーサーキットで開催されたFormula E第5戦Tokyo E-Prix。自宅から自家用車を使わずに公共交通機関と徒歩で1時間。数日間だけ存在したサーキットに到着することができた。早朝から多くのモータースポーツファンらしき乗客で車内はかなり混んでいた。ここ数年の統計では3月末の週末は降雨の確率がとても高いとされていたけれど、走行が開始される金曜日の午後からは、午前中の豪雨と強風が嘘のような素晴らしい春、いや初夏のようなの陽光の下でイベントが行われた。

Formula Eが始まった10年前から日本開催に向けての動きはあった。東京以外の候補地も検討された。公道を使用することに日本の法規制は厳しく、公道では無く公園内で行えないかという方法も考えられた。そしてようやく日本の首都での開催が実現した。

ご存知のように開催場所もさながら “土曜日に予選と決勝を行う”という他のモータースポーツとは異なるイベントスケジュールが特徴的だ。イベントの全てをFormula E Operation(FEO)が司り、コース設定から設営、競技の運営までをFEOが行う。FEOの事務局270人を含め、チーム、ドライバーをトータルすると約1,850名が来日して、そのVISA取得にはスポーツ庁が関わった。地元日本としてサポート、従事したのは、ピットとコースのオフィシャル。その数300名。日本の主な国際イベントに関わってきたJAF公認クラブのVictory Circle Club(VICIC)が中心となって業務にあたった。本邦初だからVICICにとってもいろいろと既存のイベントとは異なることが多かったと聞く。パーマネントサーキットとは違って各コーナーのオブザベーションポスト(オフィシャルさんたちの待機小屋)は存在せず、雨が降ればずぶ濡れ状態だったので、金曜日の午後からは天候が好転して良かった。大きなアクシデントもなく、イベントは成功、終了した。

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過去の記録を覆して晴天を持ってきてくれたのは、VICICの創始者、初代会長の故本田耕介さんじゃないかなと思う。爆発的な人気を博した富士グランチャンピオンシリーズから始まり、日本で初めて富士スピードウェイで開催されたF1GPの事務局長を務め、世界耐久選手権、国際ツーリングカー耐久レース、インターF3シリーズなどをプロモートした日本モーターレーシングセンターの社長として日本のモータースポーツと世界を結びつけてきた立役者。25年前本田さんは「東京グランプリ開催をめざす会」を発足。描いていた公道を使ったレースが没後17年を経て快晴の空の下で実現した。

文:高橋 二朗

高橋 二朗

高橋 二朗

日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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