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第7戦を制した野尻智紀(TEAM MUGEN)
2023年の全日本スーパーフォーミュラ選手権第7戦もてぎ。この週末は連日厳しい暑さの中でセッションが進められるという過酷な状況下でのレースとなった。毎年、この時期のもてぎ大会は灼熱となるのだが、ここ数年とは比べ物にならないほどの暑さ。各チームともあの手この手で熱中症対策をしていたのが印象的だった。
その中で行われたもてぎ大会。決勝レースはショッキングなシーンから始まることとなってしまった。スタート直後に野尻智紀(TEAM MUGEN)とリアム・ローソン(TEAM MUGEN)が並んで2コーナーを立ち上がった時にローソンが外側の縁石でバランスを崩してスピンを喫し、コース中央に戻ってきてしまった。そこに関口雄飛(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)と牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)が追突し、2台とも宙を舞う大クラッシュ。後続も混乱状態となったなか、ランオフエリアに逃げた松下信治(B-Max Racing Team)も巻き込まれ、合計4台が絡むアクシデントとなった。関口はマシンが横転状態となり停車。牧野のマシンも地面に叩きつけられるように着地したため、すぐに赤旗が出されて各ドライバーの救助作業が行われた。
第7戦スタート直後に赤旗が出される波乱の展開となった
幸い、関口と松下は自力で脱出したが、牧野は着地した時の衝撃で一瞬息ができず脱出ができなかったとのこと。マーシャルの手を借りてマシンを降り、メディカルセンターで診断ののち検査を行うためドクターヘリで茨城県内の病院に向かった。幸い、深刻なダメージはなく翌日には退院できたものの、脳しんとうと全身打撲、左脇腹損傷の診断を受けた。エンジンが致命的なダメージを受けるほどのインパクトで“一歩間違っていれば…というアクシデントだったことが、後の取材で分かった。
このコラムでも何度かお伝えしているが、マシンやコースの安全性が向上してきてはいるものの、常に危険が潜んでいるのがモータースポーツ。特にフォーミュラカーはタイヤが剥き出しになっているため、後方から前走車のタイヤに乗って宙を舞うアクシデントが起きやすいという特徴がある。
スーパーフォーミュラは新規ファン層獲得のために様々な試みを行っている最中。それゆえに今年からレースを観始めたというファンの方にとっては、初めて見るショッキングなシーンだったかもしれない。何より、ドライバー全員に大きな怪我なかったのが、不幸中の幸いだろう。
レース中も各所でアクシデントやピットでのミスなど、例年以上の暑さが悪さをしているかのような波乱の展開となった第7戦もてぎ。そのレースウィークで圧倒的な強さを見せたのが2021年・2022年王者の野尻だった。
野尻智紀(TEAM MUGEN)
3連覇を目指して迎えた今シーズンは、開幕戦から2戦連続でポールポジションを獲得すると第2戦では今季初優勝を飾り、順調なスタートを切ったかに思われた。しかし、第3戦鈴鹿から苦戦を強いられ始め、決勝ではSUPER GTでコンビを組む大湯都史樹(TGM Grand Prix)と接触しリタイア。第4戦オートポリスでは大会前日に肺気胸であることが判明し、レースを欠場することとなった。
第5戦SUGOから復帰を果たし2位表彰台を獲得するも、第6戦富士では8位に終わった。気がつけばランキング首位の宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)から25ポイントの差がついた。レース後のメディアミックスゾーンでも「(3連覇は)本当にまずい」という雰囲気を醸しだしていた。
一方、ランキング首位を争う宮田とローソンが1ポイント差に迫っているという状況だったこともあり、“今季のチャンピオン争いは宮田とローソンに絞られるのではないか”という見方をするファンや関係者が多かった。正直、筆者もここから野尻が巻き返すのは少々厳しいのではないか? そう予想する1人だった。
朝のフリー走行でトップタイムを記録した野尻は、ここ数戦の足踏みが嘘だったかのように予選でも力強い走りを披露。Q2では唯一の1分31秒台となる1分31秒955を叩き出し、今季3度目のポールポジションを奪った。
思えば、昨シーズンもフリー走行で調子が悪かったのを立て直して、何度も流れを変えるポールポジションを獲得してきた野尻。今回も予選での鮮やかなトップタイム奪取で、一気に雰囲気が変わった。
そして、日曜日の決勝レースでは勝利への強い想いが走りとなって表れる。2番グリッドの太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)が大きく出遅れたことで、1コーナーの争いは野尻とローソンの一騎打ちとなった。アウト側から並びかけようとするチームメイトに対し、野尻は通常よりアウト側のラインを通ってけん制する姿勢を見せた。
「(第3戦の)鈴鹿ではリアムに無理やりシケインでインに入られて……ちょっとホワイトラインをカットしながら入っていったんじゃないかと言うところがありましたが『今回はギリギリのスペースでいく!』と決めていました」
「リアムとしては、もう少しスペースを残してもいいんじゃないかと思うところもあったと思うのですが、僕としては(スペースは)ギリギリだったかなと思います。でも、ギリギリのところまで行く姿勢を見せることが、(チャンピオンがかかった)次の鈴鹿につながるのかなと思います」
チェッカー後喜びを爆発させた野尻
レース後の記者会見で、当時の状況を振り返った野尻。その表情からは“必ず這い上がってチャンピオンを獲得する”という強い意志がこちらにも伝わってきた。
その後、赤旗からの再開以降も終始力強いペースでトップを守った野尻。4月の第2戦以来となる今季2勝目を飾り、ランキング首位の宮田に対して10ポイント差、2番手のローソンには2ポイント差に迫った。10月末の最終鈴鹿大会は2レース制ということもあり、自力での逆転チャンピオンが可能な範囲につけた。
7月の第6戦富士で宮田に25ポイント差をつけられた時から、わずか1レースで状況を一変させた野尻。一見、厳しい状況になっているのかと思われたが、本人のなかでは“必ずやり返す”と、闘志を燃やしていたインターバル期間だったという。
「ジャーナリストさんとか記者さんの皆さんからすると“一騎打ち”みたいな状況を作られていたかと思います。それを見て『見てろよ!』という気持ちになっていました。やはり役者が多い方が最終戦は面白くなるのかなと思うので、よりそういった状況に持ってこられたというのは嬉しさもあります。しっかり3連覇を狙って最終戦を戦いたいなと思います」
「今回のレースもちょっと厳しくいったところはありましたけど『そんなに甘くないぞ』という気持ちを持っていました。次に向けても、しっかりと気持ちを持っていきたいなと思います」
改めて“2連覇王者”の底力をみた瞬間だった。
鈴鹿サーキットはSF23になってから苦戦している傾向がある野尻。1号車を担当する一瀬俊浩エンジニアも「もてぎで改善できたことは富士に行けばちょっと良くなるのではないかというイメージは湧くのですけど、これで鈴鹿に行ったらどうなるのか……そこのイメージはまだないです」と不安材料を払拭しきれていない様子。
野尻本人も鈴鹿に向けては慎重な考えを持っており「今のところは、そこまで楽観視はできていないです。鈴鹿に行ったら、また問題を抱えることになるのではないかなと思います。そこら辺は、しっかりと詰めていきたいなと思います」と語っていた。とはいえ、全体の流れを変える“一発の速さ”が戻ってきたことは間違いなさそう。過去2年とは異なり、追う立場で迎える最終ラウンド。3連覇をかけて臨む野尻の戦いぶりから、目が離せない。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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