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モーター スポーツ コラム 2021年12月17日

SUPER GT 第8戦:井口卓人(No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT) 「富士のレース結果をいい形で終わらせたいという思いが表彰台へ繋がった」

SUPER GT あの瞬間 by 島村 元子
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No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

GT300チャンピオン No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

「SUPER GT あの瞬間」と題して、レース内容をドライバー自身に振り返ってもらう本企画。一部映像化し本コラムの最終ページで視聴可能である一方、本コラムでは余すことなく全文を紹介する。

今シーズンの「SUPER GT あの瞬間」のラストを飾るのはNo.61 SUBARU BRZ R&D SPORTの井口卓人選手。ニューマシン投入となったシーズンで見事クラスチャンピオンを射止める躍進を見せた。予選での速さと決勝での強さを武器に、大願成就となった最終戦そして今シーズンについてあらためて振り返ってもらった。

──最終戦から10日あまり。JAF(日本自動車連盟)モータースポーツ表彰式も終わりました。今、どんなお気持ちですか?
井口:(チャンピオンになるまで)本当に長い間お待たせした、という感じがものすごくあるのでホッとしているという気持ちと、あとはあらためてファンの皆さんや新型SUBARU BRZに関わってくださった皆さんへの感謝の思いがどんどん強くなっていますね。うれしいというよりは、ホッとしたというほうが強くて。山内(英輝)選手と(コンビを)組んで(No.61 SUBARU BRZ R&D SPORTに)乗せていただいて、乗ってすぐのときはまだ20代中盤から後半で……。若いふたりで結果を出したいとつねに思い続け、もう(山内選手と組んで)7年経って33歳になってしまいましたけど(苦笑)、SUBARUさんも僕たちを使い続けてくれて、僕たちもチャンピオンを獲りたいくてSUBARU BRZで戦い続け、その中でチャンピオンを獲れたのでホッとしている部分が多いですね。

──最終戦ではGT300クラスのポールポジションを獲得。重圧がかかる中、戦いを楽しんでいるようにも見受けられましたが本当のところは?
井口:ランキングトップで最終戦に挑み、正直ものすごく緊張はしていたのですが、どちらかというとそれより新型SUBARU BRZになってから毎戦苦労しながらもどんどん強くしてきたチームと一緒に、ノーウェイトでこの最終戦をどれだけ戦えるのだろうというか、どこまで行けるのだろうかという期待感が大きくて。ランキングを意識していたというよりは、なんとなく最終戦の富士にかける思いのほうが強かったかもしれません。ノーウェイトで開幕戦を戦った岡山より、どれだけ強くなって最終戦に行けるのかというところが自分の中ではものすごく楽しみだったし、期待感が大きかったかもしれないですね。

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

──決勝は今シーズン初優勝した第5戦SUGO大会に続き、2度目のスタートドライバーを務めました。何か意図があったのですか?
井口:いや。特にルールとしてチーム内で決まったことはなかったですが、ポール(ポジション)を獲って優勝したSUGOのときのように、いい流れを作りたいという思いもあったし、個人的に前戦のもてぎは後半スティントで少し苦労する中、自分のミスもあってハーフスピンして順位を落としたので、『井口がスタートを行って、ポールから逃げていく展開を作ってあげたい』というチームの思いがあったかどうかはわかりませんが(笑)、でも今年はチームの判断というか、「(チームに)任せるところは任せる」という感覚が僕にとっては心地良くて。「任されたことを仕事として100%できるように」という思いで今年は戦っていて、優勝したSUGOと(タイトルがかかる)大事な最終戦でスタートを任せてもらい、自分の中ではすごく責任感がある中で戦えたし、ドライバーとしても実りある一年間だったと思いますね。

(SUGOではスタート前に相当緊張していたと聞きましたが?)SUGOではたしか2年ぶりくらいのスタートだったんです。間違いなく優勝できる可能性が高いレースで、久々のスタートでどうなるかなという不安感もあってかなりの緊張感だったのですが、そこでうまく優勝できたことでひとつの荷が降りた部分もありました。そこで最終戦……僕も富士は嫌いではないのでスタートを行かせてもらって、どんなレースができるかなという楽しみのほうがSUGOに比べれば多かったかもしれないですね。

──レースは序盤からセーフティカーが入る展開に。後続との差が縮まり、No.60 SYNTIUM LMcorsa GR Supra GTとの攻防戦になりました。
井口:最初、タイヤの温まり自体がうしろ2台のSupra(No.60 SYNTIUM LMcorsa GR Supra GT、No.52 埼玉トヨペットGB GR Supra GT)に比べて少し厳しい感じがありましたが、温まってからは後続を引き離すことができました。『このまま調子良く走れるかな』と思ったのですが、いきなりセーフティカーが出てしまってそこからちょっと流れが変わったというか……。もちろんみんなタイヤが冷えてからの再スタートなので難しい部分でもあると思うのですが、(再スタート後は)スタートしてから(セーフティカーが解除された)9周目までのバランスとはちょっと違って苦しい展開だなという感覚があったので、思いのほかセーフティカー後は後続の引き離しもできず苦しい状態でした。

──後続との差が詰まり、No.60 SYNTIUM LMcorsa GR Supra GTに先行を許しましたが、27周終了時のピットインはほぼ予定どおりでしたか?
井口:本来だともう少し(ピットインのタイミングを)引っ張りたかったというか(第2スティント担当の山内選手と)スティントの半分半分くらいで(交代したかった)……。後半のタイヤのいろいろなリスクを避けたかったこともあり、行けるのであれば真ん中過ぎまで走っておきたいというのがチームみんなの考えでしたが、ちょうどタイヤも苦しくなってきて、その中でピットを済ませた55号車(ARTA NSX GT3)と56号車(リアライズ 日産自動車大学校 GT-R)の間に入るような形になって……。そこでの(タイム)ロスが結構大きかったんです。そこで1、2周少し手こずった部分もあり、このままロスするくらいであれば(予定より)早めに(ピットに)入ってドライバー交代とタイヤを換えたい、とチームに僕から伝えました。

──交代後、バトンを渡した山内英輝選手の様子をどう見ていたのですか?
井口:僕も今年はスタートドライバー(を担当したレース)以外、後半スティントを走っているので、後半のツラさというのもわかっていますし、その中でほんとドラマのようにチャンピオン争いをしている2台(No.55 ARTA NSX GT3、No.56 リアライズ 日産自動車大学校 GT-R)がうしろに付いて……。『ここまでドラマチックになるのかなぁ』と改めてSUPER GTの魅力みたいなものを……(苦笑)そのときはもちろん余裕がないのでそんなことは考えてられなかったですが、今思うと、『なんでこんなにドラマチックだったんだろう』という思いがあって。もちろん山内選手も強くて速いドライバーなので、全信頼をおいて『絶対、ヤマちゃん(山内)だったら大丈夫!』と送り出していますし、ヤマちゃんもそのつもりで走っていたと思うのですが、(コース上は)単独ではなくてライバルがいるしアクシデントがあったりということも含めて、(山内が担当した)30何周(を見守る)っていうのは人生で一番ドキドキしていた時間でしたし、長く感じましたね。

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

──レースは終盤のアクシデント(※1)により状況が変わりました。チャンピオンが近づく中、いつ頃からタイトルが獲れると意識しはじめましたか?
井口:残り5周ぐらいまでは、レースを見れなかったというか……。富士のチームピット内の部屋でほんとにもう座っていられずにとにかくソワソワしてて……もちろんテレビもついていて(映像が)流れているんですが、レース展開もなかなか見れなくて。残り5周くらいでようやくレースも全体的な展開が落ち着いてきて……ようやくチームのみんながいるピットに行ったような感じです。そこからはもう願うだけというか、正直そこまでの30周近くはレースをあまり見てなくて(苦笑)。ちょうど(映像を)見たときにアクシデントがあったときだったので、とにかくもうドキドキがスゴくて。残り5周くらいでようやくちょっとずつチャンピオンの可能性というか、どんどん確信に変わっていったような感じでしたね。部屋はチームからドライバー用として用意してもらっていたので、僕ひとりで(居たが)……。もう遠くを見たり、なんか居ても立っても居られずウロウロしたりとか部屋の中でぐるぐる回ったりしていました(笑)。訳のわからない行動を取ったのは、人生初です。

※1:クラスチャンピオン候補の一台であるNo.55 ARTA NSX GT3がNo.61 SUBARU BRZ R&D SPORTを追走する中、51周目(GT300クラスの47周目)の1コーナーでGT500クラスと接触。55号車はその場でリタイヤとなる。

──さらには残り1周を前にして、山内選手がNo. 4 グッドスマイル 初音ミク AMGをアドバンコーナーで逆転して3位へ浮上。表彰台も見えてきました。
井口:何十周も(No. 4 グッドスマイル 初音ミク AMGとの)そのバトルが続いていて。(レース後)山内選手が言ってましたが、谷口(信輝)選手がものすごくいいブロックをしながらバトルを繰り広げているみたいだったので、チャンピオン(になる)という意味ではその位置(4位)でも良かったと思うんですが、チームが山内選手に伝えていた無線をあとあと聞くと、最後まで『プッシュ、プッシュ!』って言ってたらしいんです。僕らチャンピオンを経験したことのないチーム、ドライバーだったので、順位を入れ替えてとか何位だったら大丈夫という感覚をほぼチーム内で共有してなくて……(苦笑)。

とにかく1台でも前に行きたい、富士のレース結果をいい形で終わらせたいという思いが最終的に表彰台へ繋がったんじゃないかなと。結果的には、攻めの姿勢というか走りがああいう結果(3位表彰台)を生んだと思います。帰ってきた山内選手は『なにがプッシュだよっ!』ってちょっと怒り気味で(笑)……。『もっと状況を伝えて欲しかった』って言ってましたけど、でもあれがなかったら多分もっと違う展開になっていた可能性もあったので。ほんとにみんなの思いがひとつになって、山内選手のアツい走りに表れたんじゃないかと思いますね。

チャンピオンももちろんうれしいですが、最終戦の表彰台に立ったということはひとつのレースをうまくまとめないといけなかったことなので。一年前の最終戦ではかなり苦戦してギリギリポイントを獲れた(8位入賞)のですが、そこから(クルマが)新型になってタイヤも開発が進んで一年が経って、その同じような気候の最終戦であれだけのパフォーマンスを出せたということは、チーム、クルマ、タイヤの進化だったのかなというふうに思うので最終戦の3位も非常にうれしかったです。

──山内選手がチェッカーを受けて、チームのプラットフォーム前を通過した瞬間はどういう感じでしたか?
井口:ほとんど覚えてないですね。とにかく涙が止まらなかったということだけで……。あとチームのみんなと同じ時間を共有して、苦しいレースを何年もやってきているので、みんなの目を見るだけでとにかく涙しかなかったというか。うれしさよりも涙のほうがすごかったですかね(笑)。

抱き合って喜ぶ井口選手と山内選手

抱き合って喜ぶ井口選手と山内選手

──パルクフェルメに停めたクルマから降りてきた山内選手と最初に交わした言葉は何でしたか?
井口:『良かったぁ~』だったと思います(笑)。ホッとした気持ちが強かったしお互い苦労してきた仲なので、『ホント良かったぁ~』って泣きながら一言目に言った記憶があります。いやぁ幸せでした。

──チャンピオン会見では「自身がSUBARU BRZとなかなか仲良くできなくて」と言っておられましたが、どのようなことが難しかったのでしょうか?
井口:今年、(クルマは)新型になってものすごく良くなった部分がたくさんありましたが、予選で一発の速さを出すというレベルがものすごく高かった分、決勝に対しては少しタイヤの使い方などを含め、どちらかというとクルマとしてピーキーな動きをする方向になってしまったので、前半戦はその部分を自分自身でうまく理解しながら乗りこなすということに苦労しました。その中でも山内選手は速かったですし、なるべくそこに近づかないといけないという思いで開幕戦、第2戦と気持ちを作っていって……。

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT

ある意味うまく乗りこなせなかった部分は、チームがうまく車両のセッティングでフォローしてくれたり、山内選手もいろいろフォローしてくれて。個人的には苦しい前半戦でしたがみんなのフォローがすごくありがたかったし、そこに強い思いがあったのでなんとしても今年は新型(SUBARU BRZ)でチャンピオンを獲りたいと言う気持ちが強かったです。後半戦に向けて内に秘める思いもすごくあったのでそれがSUGOの優勝にもうまく繋がったし、後半戦まで高い次元でしっかり走れた要因だと思います。

──一方、チャンピオンとして迎える来シーズンはどのようなシーズンにしたいですか?
井口:チャンピオンとして挑むシーズンになりますが、とはいえまだまだ新型SUBARU BRZとしての課題もあります。その課題をチームと一緒にひとつずつ乗り越えて、毎戦毎戦強くなっていきたいという思いが一番ですね。(タイトルを)一回獲るまでが長くて大変なことですが、やはり一回獲ると二回目も獲りたいですし(笑)。一回獲らなければ二連覇もないですし……。そういう意味でもチャンピオンらしい走りをしながら二連覇を目指していきたいと思っています。

──気になるのは来シーズンのカーナンバーです。GT300クラスのチャンピオンナンバーである「0番」をつけるのですか?
井口:言っていいのかちょっとわからないですが、みんなの思いもあって来シーズンも「61」でいきたいと……。「61」にも意味があり、6はSUBARUの”六連星(むつらぼし ※2)”で、その”1番”という意味で「61番」というゼッケンなんです。そもそも「1番」が「61」の中についているので……。チャンピオンを獲ってチャンピオンゼッケンをつけるのもいいのでしょうが、やはりSUBARUの思い……”六連星で一番を”という思いをチームみんなが引き継ぎたいと思っているので、多分そのままのゼッケンでいくんじゃないかと思っています。

※2:プレアデス星団のこと。和名では昴(すばる)、むつらぼしと呼ばれる。

──ところで、念願のチャンピオンが叶ったご自身へのご褒美は?
井口:えっとですねぇ……SUBARU BRZを買いました!(笑) 来年1月には納車になると思うんですが、チャンピオンを獲った記念でもあるし、新型がデビューしていろいろ携わらせていただいたので、WRのブルー(・パールカラー)のナンバーも61にしようかなと思って(笑)。これは自分へのご褒美というか、やはり携わらせてもらったクルマを普段から乗ることが僕の中での夢というかドライバーとして誇らしいことなので、新型SUBARU BRZを購入しました!

──では最後に、この企画恒例である今日あった”ちょっとした幸せ”を教えてください。
井口:シリーズチャンピオンを獲らせていただいたこともあり、12月に入ってからは思っていたよりめちゃくちゃ忙しく、毎日なかなか家に帰れない状況が続いていて……。その中で今日は挨拶まわりを終えて自宅に帰ってきたときに、息子ふたりが笑顔で出迎えてくれて……。この取材前の数時間を息子たちと過ごしたことが”ちょっとした幸せ”ですね(笑)。ほんと、癒やされます! 長男はもう4歳なので、それこそJ SPORTSを観て決勝レースがどういうふうになったとか、チャンピオン獲ったことも知っているので。まだ上手には描けないですが自分で絵を描いてプレゼントしてくれたり、『チャンピオン、おめでとう!』と言ってくれました!

【SUPER GT あの瞬間】

SUPER GT 第8戦:井口卓人(No.61 SUBARU BRZ R&D SPORT)

文:島村元子

島村元子

島村 元子

日本モータースポーツ記者会所属、大阪府出身。モータースポーツとの出会いはオートバイレース。大学在籍中に自動車関係の広告代理店でアルバイトを始め、サンデーレースを取材したのが原点となり次第に活動の場を広げる。現在はSUPER GT、スーパーフォーミュラを中心に、ル・マン24時間レースでも現地取材を行う。

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