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モーター スポーツ コラム 2021年11月20日

SUPER GT 第7戦:野尻智紀(No.8 ARTA NSX−GT)「最終戦は強い気持ちをしっかりと準備して臨みたい」

SUPER GT あの瞬間 by 島村 元子
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野尻智紀(No.8 ARTA NSX−GT)

野尻智紀(No.8 ARTA NSX−GT)【写真左】

「SUPER GT あの瞬間」と題して、レース内容をドライバー自身に振り返ってもらう本企画。一部映像化し本コラムの最終ページで視聴可能である一方、本コラムでは余すことなく全文を紹介する。

チャンピオン争いが佳境を迎える中、第7戦もてぎで劇的な勝利をさらったNo.8 ARTA NSX−GT。第6戦オートポリスからの連勝を遂げたことで、自力によるタイトル獲得の可能性が見えてきた。シーズン終盤から俄然勢いづくチームは、いかにもてぎ戦をモノにしたのか。チームの”絶対的エース”として奮闘する野尻智紀選手に、一戦を振り返ってもらった。

──オートポリス、もてぎの2連勝から時間が経ちました。ひと足先にスーパーフォーミュラでもタイトルを獲得され、ここのところ何かと忙しいのでは?
野尻:そんなことないですよ。多分コロナというのもあるかもしれないですが、まだ大々的なお祝いの会もないですし、まだ全チームが(SUPER)GT(の最終戦)も残っているので。それが幸いしてかどうかはわかりませんが、レースだけ考えて日々生活ができているのでそこは助かっていますね。

──あらためて、もてぎ戦のファイナルラップ(※1)のこと、そして優勝できたことへの思いを教えてください。
野尻:まず、ピット(イン)の段階で『12号車(カルソニックIMPUL GT−R)、(ピットインのタイミングが)早いなぁ』という気はしていました。ただ、当然どのチームも百戦錬磨だし、なかなかそういうこと(逆転優勝の可能性)はないだろうと思いつつ、プッシュしていたらチャンスは出てくるかもと思って……。そこに自分なりのモチベーションを持つしかありませんでしたが、自分のスティントを最後まで全うしていたら運良くというか……言葉を選ぶのが難しいのですが、ちょうど最終ラップに入った1コーナー手前ぐらいで12号車が少し失速気味だったので、その瞬間に『おっ!? これはもしかしたらガス欠か何かかな』というのは直感的に思いました。

2コーナーを立ち上がってからも、こういう思いを抱くのはアレかもしれませんが、『頼むからガス欠していてくれ』という思いで2コーナーを立ち上がって……。そのとき12号車は普通に加速していたので『気のせいだったのかな』と一瞬思ったんですが、すぐまたガス欠症状が出ていたので、彼ら(12号車の平峰一貴、松下信治)には申し訳ないですが、すごく自分としてはうれしかったというか……。チャンピオンシップのこともずっと考えながらレースをしていたので、勝てるということと、あとは(レース中の順位を掲示する)リーダーボードを見て(ポイントランキング暫定トップの)1号車(STANLEY NSX−GT)がポイント圏外になりそうなことも確認できていました。ここで勝つことが一番重要だということを走りながら理解していたので、なおさらうれしかったし、(タイトル獲得の)望みがつながってまたみんなでチャンピオンを狙えるところにつけられたのが良かったと思います。

※1:No.12 カルソニックIMPUL GT−R(平峰一貴/松下信治組)がトップでファイナルラップに突入したが、その直後からガス欠症状が出てスピードが鈍り、8号車が3コーナーで逆転を果たした。

No.8 ARTA NSX−GT

No.8 ARTA NSX−GT

──突然のトップ奪取となった一方、自身のクルマへの心配はなかったのでしょうか?
野尻:頭をよぎりましたが、チームは『大丈夫だ』と言っていたので『大丈夫なんだろう』と。また、僕自身もある程度は燃費のことを気にしながらスティント序盤は走っていたし、(自身が担当した)セカンドスティントではセーフティカーやFCY(フルコースイエロー)がなくてすごく燃費を稼げる要素はなかったとはいえ、大丈夫だろうと……ただ怖いので、念のため最終ラップは結構スロットルを早めに抜くなど気をつけて走るようにしました。

──予選は、8号車とは異なるタイヤメーカーがフロントロウを独占(※2)しました。逆転するために、決勝ではどんな戦略を立てましたか?
野尻:第4戦、前回のもてぎでは19号車(WedsSport ADVAN GR Supra)が最後まで競争力のあるペースで走っていたし、24号車(リアライズコーポレーション ADVAN GT−R)も前戦のオートポリスで、タイヤを(イレギュラー的に)換えたのかどうかはわからないですが、途中のピットアウトからはトップを走っていた僕のうしろについてずっと同じようなペースで走っていた経験を考えると、(逆転するのは)そんなに甘くはないだろうなと思っていました。(フロント2台と)タイヤメーカーが違う中、ブリヂストンタイヤ最上位だったので、結構、周りの人からは『チャンスだね』みたいな話をされることはありました。ただ個人的にはそんなに楽な展開は待ってないだろうと予想はしていました。

※2:ポールポジションはNo.19 WedsSport ADVAN GR Supra(国本雄資/宮田莉朋組)が獲得し、2番手はNo.24 リアライズコーポレーション ADVAN GT−R(高星明誠/佐々木大樹組)。ともにヨコハマタイヤユーザー。

──そんな中、序盤に12号車の先行を許してしまいましたが、その時の心境はどのようなものでしたか?
野尻:(同じブリヂストンタイヤを装着する)12号車に行かれてしまったのはどうにかして取り返すしかないなと感じていましたし、(ファーストスティント担当の)福住(仁嶺)選手も責任みたいなものを感じながら乗っているんだろうなという気はしていました。ただ、前半のスティントはそれでも燃料をしっかりとセーブしながら前に喰らいついていってくれたし、タイヤの状況やドライビングに対してクルマのバランスがこうなるとか、オートポリス同様にそういう情報のフィードバックが逐一あったので、すごく安心して見ていられたというか、後半の僕のスティントに対してもすごく有益な情報が多かったんです。なので、なんとなくこういうクルマの動きだなということが想像できたし、僕自身はスティント序盤から比較的すぐクルマに馴染むことができました。

──ルーティンのピットインは23周終了時。同じ周、ひと足先にピットインした12号車を見据えてのことですか?
野尻:いや、いつ入れるかどうかは燃料的な問題がありました。なので、そういう部分で何周目がミニマム(ピットインできる最低周回数)になるかの判断はすごく難しかったんですが、あのとき19号車が(8号車の)前を塞いでいる状況だったので、(ピットインを)延ばすメリットはないですし、もてぎはなかなか抜きにくいのでその1周の1秒、2秒のロスタイムが12号車を追う上で大きなロスになると判断しました。急遽チームが判断してあの周にピットインさせたという感じですね。多分、バックストレートくらいまでは”BOX”(ピットインのこと)の指示はなさそうでしたが、僕はいつ(ピットに)入ってきてもいいように、そろそろそういう局面だと思っていたし準備もできていました。なので(ピットインは)割と瞬間的に決まったという感じです。

──事実上、ターゲットが12号車に絞られる中、どのようにレースをマネージメントしようと考えていましたか?
野尻:心配事としては燃料でした。早めに(ピットに)入っているので序盤は少し(燃料を)セーブしておかないといけないかな、というくらいでした。タイヤに関しては10周目くらいの早い段階で(前の)12号車のペースは見ていてわかったし、うしろの19号車が何秒くらい(のラップタイム)で走っているか、さらにそのうしろのクルマのペースなども(無線で)チームから伝えてもらったので、その先のレースの流れというものが読みやすくなりましたね。無線をもらった瞬間、『このレースは12号車と僕ら8号車の戦いになるな』ということがすぐにわかりました。もしこれでタイヤを使い果たしても、うしろに追いつかれることはないなという判断もできたので、タイヤのことは気にせずにプッシュしていました。なので、タイヤはなにも労ることなく最初から最後まで全開で……という感じでしたね。

──周を重ね、12号車とのギャップを確実に詰めていきました。抜きどころとしての狙いを定めることはあったのでしょうか?
野尻:いけるとしたら、1~2コーナー……無理やりちょっとノーズだけ入れておいて、3コーナーとかで勝負になるのかなぁという感じはありましたが、ただそれをするには最終セクターで12号車がGT300(クラス車両)にうまいこと引っかかってくれないとそこまでは追いつかないだろうなという感じもありました。とにかく300車両の間合いが僕たちに向くことをひたすら待ち続けたという感じでしたが、少しそこはうまくいかなかった部分もあって。最終ラップのあの場面まではもうちょっとどうにかできたのかなという思いが自分の中ですごくありました。(40周過ぎに12号車と同じGT−RのNo.23 MOTUL AUTECH GT−Rが緊急ピットイン、補給を行ったが)12号車とはある程度一騎打ちの状況だったので、チームも必要最低限の無線だけでした。イエローやスローダウンの車両を知らせる無線くらいで、とにかくあとは僕にまかせてくれていて集中しやすかったです。

──夏のもてぎ戦を前に行ったインタビュー(※3)では、ライアン・ディングルエンジニアが車高やタイヤの内圧を下げ気味だという話が出ていました。今回のもてぎ戦はどうでしたか?
野尻:(第3戦)鈴鹿はちょっと良くなくて、(第5戦)SUGOもちょっと低いかな、という感じはしていました。ただ、レーシングカーは精密に組まれているものですが、気候やコンディションで感じ方が結構変わってくるものなんです。なので、回を重ねて行く中、”あのときは良かった”という過去のものにとらわれすぎても良くないんじゃないかという話もして、ここ最近はなんとなく自分たちのクルマがベストパフォーマンスに近い状態へとセットアップしてくれているし、特にこの2戦くらいは乗りやすいなと感じていますね。

第6戦に続く2連勝でチャンピオンシップ争いへ名乗りを上げる

第6戦に続く2連勝でチャンピオンシップ争いへ名乗りを上げる

──2連勝を果たし、チームの雰囲気も変わったのではないですか?
野尻:紆余曲折ありすぎましたからね(笑)。僕も良くなかったところもあっただろうし、うまくいってないときってそれぞれが同じようなものなんだと思います。ただ、いろいろみんなで話してぶつかったときもありますが、ドライバー含めてみんなが(チャンピオンを)本気で狙いにいってる感じがすごくあります。そういう部分がドライバーもいい刺激をチームから受けているし、もしかしたら僕らがチームに何かを与えている部分もあるかもしれませんが、チームとして同じ目標に向かって進めているのはこの2連勝でより明確に、より強固にすることができたと思うので、とにかくタイトルを本気で、自力で狙える位置まで戻ってこれたということが、自分たちの大きな自信やモチベーションになっていますね。

──考えてみれば、GTに限らず、ディングルエンジニアそして福住仁嶺選手も好調続きでした。
野尻:ライアンはもてぎのスーパーフォーミュラでも勝ちましたからね。なんか最近、みんな調子がいいんですよ(笑)。もてぎでライアンが15号車(大津弘樹)のエンジニアとして初優勝して、次はGTのオートポリスで僕ら8号車が勝って、次はスーパーフォーミュラ(最終戦)では福住選手が勝って……。その次の週のもてぎでまた僕らが勝って……。なんかここ1ヶ月くらいは不思議な力が手に入ってしまったような気がしなくもないですが、ただそれで浮かれちゃダメだと思うので。波が来てると言われても、すぐなくなるものだと思うし(笑)。次もまた、新しい波に乗れるようにお願いします! という話はしました。いずれにせよ、僕たちは追う立場なのでそういう意味では楽ではないですが、大きなものを何も不安視せずに狙っていけるという背景もあるので、追われる方よりは……というところがあるでしょうが、ただ浮かれていて見落としてしまうということだけが心配なので、そういうことがないように注意を払って進めないといけないと思いますね。

(優位な立場でチャンピオンを決めた)スーパーフォーミュラとは違う形でのチャンピオン争いに加わることになりますが、追われる立場だったスーパーフォーミュラで最後までしっかりと決めきれたということがGTでも必ず生きてくると思うので、失うものもないし。チャンピオン争いに加わっているのは数台いますが、胸を借りるつもり……僕らは挑戦者なので大きな高い壁に向かって挑んでいきたいと思います。これまでは、クルマを作るにあたり、100点を目指す中で60点にしか仕上がらなかったりしたことも多々ありましたが、今では決勝に向けて『これくらいだったら戦える』という線引きが自分の中でできてきたというか……。80点、90点のクルマがあればドライバーは最後まで強い気持ちで戦い抜けると思えるし、自分たちが納得して最後まで戦いやすクルマを作れるようになってきたのかなと思います。たとえば、簡単にアンダーステア、オーバーステアって言っていたことを、こう変えて欲しいとより詳細にフィードバックすることができているのかなと。また、それに対してチームもすごく信頼してくれています。僕たちのフィードバックをしっかりとそのままクルマに表現してくれるので、そのあたりのコミュニケーションもすごく取れていると思いますし、お互いの信頼関係も強くなってきていますね。

──今シーズンはスーパーフォーミュラで3勝を挙げてタイトル獲得。勝利数からみても、今シーズンはいちばん”勝利の女神”と仲良しですね。どうすれば女神を味方につけられるのでしょうか?
野尻:わからないです(笑)。それを言うと、一番チャンピオンと仲良しなのは(1号車の)山本(尚貴)選手だと思うので。個人的にはすごく勉強させてもらっているというか、それぞれ多分いろんな選手にいろんなタイミングでいろんなことが起きているのは間違いないのでしょうが、山本選手はどうしてあそこまで……異次元というかそういう強さを持っていて……ということが前々から疑問というか、僕にもその力が欲しいとすごく思っていました。同じ場で見ていてもそうですし、どうすればあの強さを……と思っていたので。とにかく信じて最後まで戦い続けないといけないし、でもドライバーががんばるだけでもダメだと思っています。チームが一丸となってそこに向かっていくことが一番強さだったり運みたいなものを最後に引き寄せる大事なことだと思うので、少なくともドライバーが邪魔をしないようにというか、レースで一番強い気持ちを持たなきゃいけないのはドライバーだと思うので、最後の最後に掴みきれるような強い気持ちをしっかりと準備して臨みたいと思いますね。

──最終戦に向けて思うことは?
野尻:勝てば(チャンピオン)……という状況ですからね。第2戦富士のときもレース自体はすごく良かったし予選でも上位につけていました。季節も変わり、最終戦になれば誰が速いという勢力図も変わってくると思いますが、それでも僕たちが上にいられるような準備は必ずしていこうと思っているし、そうじゃなきゃいけないと思っています。みんながみんな、最終戦で優勝してチャンピオンを獲るということだけに時間を使ってくる思うので、今はすごく楽しみというか期待感はありますね。

鈴木亜久里監督と相棒の福住仁嶺選手

鈴木亜久里監督と相棒の福住仁嶺選手

また、大事なファンや支えてくださっている方に対し、GTでもタイトルを獲りたいという気持ちも大きいですね。チーム、チームのスポンサーさんにも長い間支えていただいていますし。もう、ARTAに所属して何年!? っていうくらい長い間いるので(笑)、なんとかして(タイトルを)獲らないといけないなと思います。その部分がいい責任みたいになって自分を奮い立たせてくれています。しっかりと最後まで戦い抜いて応援してくださるみなさんと喜びを分かち合いたいと思います。(今年はARTAでGT500クラス7シーズン目になるが)僕、(チームスポンサーの)オートバックスさんにはカート時代から……12歳くらいからなので20年くらいお世話になっているんで(笑)。当時、”AUTOBACS”っていうワッペンを(レーシングスーツに)貼ってレースに出させてもらっていたので、ほんと責任重大ですけど……のびのびがんばりたいですね。

──では最後に、この企画恒例である今日あった”ちょっとした幸せ”を教えてください。
野尻:24時間以内ですよね!? 今、鈴鹿のサーキットホテルにいるんですが、チェックインするときに『野尻です』と言う前に、僕の(宿泊)カードを用意してくれていて、『あ、すみません。ありがとうございます』みたいなこととか、レンタカーを借りるときに『野尻さん、いつもありがとうございます』と言ってもらえたりすることとか……。小さい(幸せ)ことはいっぱいありますよ。エレベーターで譲ってもらえたりもして。住民同士なので『あ、すみません』みたいな感じですけど(笑)。でもこれが”最後の質問”だったんですね(笑)。

【SUPER GT あの瞬間】

SUPER GT 第7戦:野尻智紀(No.8 ARTA NSX−GT)

文:島村元子

島村元子

島村 元子

日本モータースポーツ記者会所属、大阪府出身。モータースポーツとの出会いはオートバイレース。大学在籍中に自動車関係の広告代理店でアルバイトを始め、サンデーレースを取材したのが原点となり次第に活動の場を広げる。現在はSUPER GT、スーパーフォーミュラを中心に、ル・マン24時間レースでも現地取材を行う。

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