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山本尚貴は今シーズン初優勝を地元で飾り、喜びを爆発させた。
ツインリンクもてぎで行われた2021SUPER GT第4戦。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、5月末に予定されていた第3戦鈴鹿大会が延期されたため、2ヶ月半のインターバルを経て、GTマシンたちが再びサーキットに集結した。
他のカテゴリーを兼務しているドライバーやメカニックも多いが、なかにはSUPER GTだけに携わっている関係者もいる。そのため、2ヶ月半ぶりの再会に金曜日のパドックでは「お久しぶりです!」という挨拶とともに、笑顔になっている人が多かった。
そんな中で始まった今季3戦目のレース。GT500クラスは前年チャンピオンのNo.1 STANLEY NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)が今季初優勝を飾った。予選ではQ1からトップタイムをマークするなど、ライバルを上回る走りを見せていたのだが、決勝レースでは予想以上の暑さを味方につけたNo.19 WedsSport ADVAN GR Supraが肉薄。1号車にとっては、決して楽な展開ではなかった。
宮田の猛攻を防ぎきった山本、不利な状況を覆し勝利に導いた“きっかけ”
山本は宮田莉朋の猛追を抑え続ける見事な走りを見せた。
1号車を先頭にレースのスタートが切られたのだが、2番手の19号車は国本がスタートスティントを務め、7周目に1号車(牧野)の隙をついてトップを浮上。そのままレースをリードするパフォーマンスをみせた。途中のピットストップで少し時間がかかってしまい、1号車の逆転を許したのだが、後半スティントを担当した宮田莉朋が、1周1秒近いペースで接近していき、再びトップ攻略にかかった。
これで一時は5秒近くあった1号車と19号車の差は、2~3周で1秒以内となり、緊迫の接近戦が始まっていくこととなった。レース序盤からの流れを見れば、明らかに19号車が優勢だと思われたのだが……。ここから山本の“強さ”が発揮されていった。
普通ならば、後ろから迫り来るライバルを何とか振り切ろうとするのだが、経験豊富な山本は無理に逃げるのではなく、相手を真後ろに引きつけて抑え込むという作戦を選んだのだ。
「レースの序盤を見ていても、あのコンディションでは19号車の方が速いというのが、分かっていました。幸いピットストップで逆転できたので、あとは“どう守り切るか”でした。順当に速さだけで競っても相手に太刀打ちできないなと思いました」
「ここで無理に逃げようとして自分のタイヤとブレーキを酷使しちゃうと、余計に苦しくなる可能性があったので、無理に逃げようとせずに相手を引きつけることにしました」
今のGT500車両は接近戦になると、後ろのクルマのダウンフォースが抜けてしまい、追い抜きを仕掛けるのが難しくなる傾向にある。とはいえ、勢いのある宮田を自らの背後まで引きつけるというのは、リスクであることは確かだ。
だが、山本には“それでも抑えられる”という確信に近いものがあった。
「確かにリスクではありましたが、そのリスクを減らすことができたのは、土曜日の公式練習でした」
ちょうど、公式練習で燃料をたくさん積んだ状態でのペースの確認をしていた山本。その時に、ちょうど別のGT500車両の真後ろにつく機会があったという。
「明らかに僕の方が相手に対して1秒くらいペースが速かったんですけど、抜けなかったんですよね。本来なら自分のロングランのペースを確認したかったので単独な状態で走りたかったんですけど……あえて2~3周を彼らの後ろで走ってみました。そこで、どこで離されて追いつけなくなるかを、後ろ側(追いかける側)で確認できたんです。後ろのクルマの状況も理解した状態で、あの決勝を迎えられたというのも大きかったなと思いますね」
決勝レースでは“追われる立場”だった山本だが、前日の公式練習で宮田と同じ“追う立場”を経験していた。そこで得られたものが、あの接近戦で役に立ったのだ。
「決勝の時も、宮田選手の方が0.7~0.8秒くらい速かったと思います。でも、そのシチュエーションになると、どこで(相手が)追いついり、離されたりしてしまうのか……相手の状況も把握しながらレースをしていたつもりでした」
「『あのコーナーで前のマシンに近づいたら、ちょっと離れたな』という経験を土曜日の段階でしていたので、逆にそのコーナーでゆっくり走って相手を近づかせていました。そうすることで相手は(ダウンフォースが抜けて)フラフラな状態になるので、そこでタイヤも消耗するし、精神的にもストレスがかかります。それをこちらから仕掛けることができたら……と考えていました」
それでも宮田は山本の背後に食らいつき、何度か並びかけようと試みた。そこが宮田と19号車にとっては最大のチャンスだったのだが、前を走る王者は、逃げている状態にも関わらず、後ろを走るライバルの隙を見つけ、それを自身の余裕につなげていた。
「最初はすぐにやられるかなと思ったんですけど、(宮田選手が)後ろについてから1周くらい、狙いにくる素振りをあまり見せてこなかったんです。そこで『多分、相手も余裕はないんだろうな』と察知しました」
「あれで無理にでもインに飛び込んでくる素振りがあれば、相手はまだ余裕があるんだろうなと思ったかもしれませんが、あまり余裕がありそうな動きに見えなかったです」
「僕は今まで宮田選手と直接バトルをしたことがなかったので、彼の(バトル時の)キャラクターとか読めない部分もあったんですけど……あの時の一瞬ですね。向こうからしたらワンチャンスだったし、僕としては悪い方のワンチャンスでした。でも、そこに懸けてこなかった。だいたい隙を見つけるのは、後ろの方がほとんどだと思うんですけど、今回は前を走っていて、後ろの隙を見つけられたので『これは大丈夫かもしれない』と思うことができました」
途中に繰り広げられた手に汗握る接近戦を、冷静に乗り切った山本。徐々に流れを自分の方に引き込んで行ったのだが、それでも気にしなければいけないポイントが残っていた。それが“燃費”だ。
1号車陣営はレース途中にセーフティカー(SC)やフルコースイエロー (FCY)が入ることで自分たちに不利な展開になってしまうことを嫌い、できる限り早めにピットストップを済ませていた。そのため、後半スティントを担当した山本は燃費を気にしながら走行しなければならなかったのだ。
しかし、それも42周目に導入された最初のFCY導入でスロー走行となり、燃費の心配がなくなった。同時にタイヤをクールダウンさせることができ、山本はここぞとばかりにスパートをかけたのだが……これが裏目に出るのだ。
「どこかSCやFCYが1度でも入れば燃費的に余裕が出ることは分かっていました。FCY解除後に1回ペースを上げてみたら、最初は19号車との差を広げることができました。ただ、そこで少し無理してしまった部分もあって、タイヤの温度が上がって、追いつかれてしまいました」
「特にタイヤに熱が入った状態だと、ヨコハマが有利になって、ブリヂストンが不利になることが、1回目のFCY後に明確に分かったので『残り周回をこれで抑えるのは大変だな……』と思っていたら、2回目のFCYが入ってくれました」
ここでも、王者は直前に経験したことをすぐに強みに変えて、ゴールに向けた最後のマネジメントをしていく。
「2回目のFCYが解除された時は、1回目の時のようにプッシュするのではなく、タイヤの温度がなるべく上がらないように心がけて走りました。そこで残り5~6周くらいのところでフルプッシュをかけても、最後まで持つということが分かっていたので、そこで最後スパートをかけました」
「本当に、今回は土曜日の段階から勝つためのレールに乗れていたような気がしますし、レースでは自分が思い描いた通りに進めることができたので、本当に良いレースができました」
まさに“チャンピオンの強さ”を改めて感じさせられた1戦。これには手に汗を握る戦いとなった後半スティントをピットで見ていた相方の牧野も「先輩すごいっす!」と、その完璧なまでのレース運びを目の当たりにし圧倒されている様子だった。
12年越しに叶えた地元もてぎでの優勝、そこで垣間見えた山本の強さの源
念願だった地元もてぎでの国内トップカテゴリー初勝利を上げた山本。
そんな山本だが、この1戦は彼の記憶にも残る勝利となった。SUPER GT参戦を開始してから、地元ツインリンクもてぎで勝つのは、これが初めてだったのだ。
「コロナ禍で制限はありますけど、応援にきてくれたファンの皆さんにポールを獲って、表彰台の一番高いところに立つ姿をお見せすることができたことは、本当に感無量です」
この12年間、SUPER GTのみならずスーパーフォーミュラでも“地元で勝ちたい”という想いは人一倍持っていた山本。それだけに、もてぎ大会はいつも気合いが入る1戦だったのだが、その気持ちとは裏腹に悔しい結果に終わるレースがほとんどだった。
念願叶い、地元もてぎで国内トップカテゴリー初勝利を飾った山本。しかし、マシンから降りてきた山本は、いつも以上にガッツポーズを見せて喜んでいたが、どこか冷静な雰囲気もあったように思えた。そこには、この12年間のキャリアでの経験と、それに伴う心境の変化があった。
「こうして年齢とキャリアを重ねてきたことで、良くも悪くも色々と物事がみえるようになってきて、やっぱり若手の頃に感じることができなかった責任感とか、自分の想いだけじゃないところの“想い”というのを背負いながらレースをしていて、それは年々強く感じるようになっています」
「“地元でやっと勝てた”という思いはもちろんあるんですけど、それ以上に“みんなと勝ち取った”という思いの方が強いですね。本当に嬉しかったです」
勝利のために日々努力してくれているみんなのために結果を出したい……。その想いを強く抱くようなエピソードが、金曜の搬入日にあった。
レースの前週である7月11日に33歳の誕生日を迎えた山本尚貴に対し、チームクニミツがサプライズで誕生日のお祝いを企画。牧野をはじめ、チーム総出で行った作戦は見事成功し、山本も満面の笑みをみせていた。
週末に向けて徐々に緊迫感が漂うパドックの中、1号車だけが和やかな雰囲気になっていたのだが、それが逆にチームの結束力を高めた一瞬だったようにも感じる。もちろん、山本自身も“いつも頑張ってくれているチームのために、今回は良い走りをしたい”と決意を新たにしたに違いない。
自分の想いだけでなく、そこに携わる全ての人の想いも背負って戦う……。それも勝負どころで強さを発揮できる原動力になっているのだ。
この勝利でドライバーズランキングも一気に2番手まで浮上した山本。今シーズンは開幕戦から思うように歯車が噛み合わないレースが続いていたが、この勝利がシーズン後半に向けた起爆剤になることだろう。残り5大会、相方の牧野とともに、どんなレース運びをみせるのか注目である。
そして、王者の強さを見せつけられたライバルたちは、どう対策をして8月の鈴鹿大会を迎えるのか……。これから本格化していくであろう、2021シーズンのチャンピオン争いは、ますます面白い展開になっていきそうだ。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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