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初参戦でシリーズチャンピオンを獲得した三浦愛(#38 LHG Racing YLT)
国内唯一の女性ドライバーのみで争われるレースシリーズ『KYOJO CUP』。元レーシングドライバーで日本人として初めてル・マン24時間レース総合優勝を飾った関谷正徳氏がプロデュースし、2017年にシリーズがスタートしたのが、4年目を迎えた昨年はミュゼプラチナムがシリーズの冠スポンサーに就任したほか、文部科学省の後援も決定するなど、レース界のみならず日本国内での認知度も徐々に上がってきている。
2020シーズンは、コロナ禍の影響でスケジュールの大幅な変更など、一部混乱もあったが、最終戦まで手に汗握る熱戦が繰り広げられ、最終的に三浦愛(#38 LHG Racing YLT)がシリーズチャンピオンを獲得。これまでは全日本F3選手権(現スーパーフォーミュラ・ライツ)で活躍してきた彼女にとって、昨年のKYOJO CUP参戦は大きな“ターニングポイント”となった。
2014年から全日本F3を戦ってきた三浦。開幕大会でいきなりF3-Nクラスで優勝し、2017年にはCクラスで4位入賞を飾るなど、全日本F3界でも一目置かれる存在だった。怪我で一時離脱を余儀なくされる時期もあり、そこから上の結果を出すことができず。スーパーフォーミュラ・ライツに生まれ変わった2020年はシートを獲得することができず、KYOJO CUPに参戦することとなった。
以前から、フォーミュラカーレースでの活躍・ステップアップに強くこだわっていただけに、当時の三浦は、この現実を簡単に受け止めることはできなかった。
「(2020シーズンの体制に関して)最初の正直な気持ちとしては……“超不本意”でした。やぱりSFライツやフォーミュラのレースに軸を置きたいとずっと思っていたし、今でもその思いは変わらないです。だから『私、終わったな……』と最初は思いました」
本人はそう口にはしなかったが、パフォーマンスの高いF3車両を長年ドライブしていただけに、KYOJO CUPへの参戦は“ステップダウン”というイメージを拭い去ることができない部分は少なからずあった。それだけに、開幕前から「全然全勝して当たり前」と自身にプレッシャーをかけていた。
しかし、7月初旬に行われた開幕戦。その目標が早くも崩れ去った。
予選ではライバルを圧倒しポールポジションを獲得したのだが、決勝は横殴りの雨がサーキットを襲い、一時レースが中断されるなど、荒れたレースとなった。その中で三浦はレース序盤にアクシデントに巻き込まれ、最後尾まで後退。そこから追い上げて、なんとか3位でフィニッシュし、表彰台の一角は確保した。
序盤のアクシデントという不運があったことを考えると、見事な追い上げを披露したレースだったが、彼女の中では“勝てなかった”という現実だけが残ってしまった。
レース後の彼女は体の中から湧き出てくる悔しさを必死に押し殺しながら、メディア取材の対応をしていた三浦の姿があった。
「(アクシデントの際)自分が前にはいましたが、相手が近くにきているのは分かっていたので、もう少し自分でも対処のしようがあったのかなとちょっと反省しています。そこから焦りがどんどん大きくなって2周目の1コーナーでもスピンしてしまいました。最後はラッキーもあって3位まで挽回できましたが……自分の弱いところが出てしまった反省の多いレースでした。これを教訓に今後頑張りたいと思います」
だが、この経験が、三浦に“新たな発見”をもたらした。
これまで全日本F3に参戦していた時は、彼女も従業員として務めていたエクセディの強力なバックアップを受けていたが、2019年いっぱいでエクセディを離れることとなり、2020年はレース活動に関しては自分自身で動いていかなければいけない状況にあった。
KYOJO CUPの参戦で自分自身と向き合うことができた三浦愛
「私自身、現実を見たような気がしました。どれだけエクセディの存在が大きかったかということを実感しました。でも、それが私の中ではマイナスじゃなくて、今はプラスに思えています。今まで見えなかった部分がたくさん見えて、ドライバーとしてだけじゃなくて、いち社会人として生きていく中で、大切なことや今まで気づけなかったことに気づけました」
「今まで『自分が、自分が』という部分でレースをやってきた部分がありましたが、それだけじゃ出来ないだなということも改めて分かりましたし、これだけレースをやってきたのに、初めて経験することがたくさんあって『私はレーサーを気取っていたけど、実際は何も知らなかったな』と感じました」
そこから、三浦は冷静なレース運びをみせていく。鈴鹿サーキットで行われた第2戦は大雨となったがミスのない走りで優勝。富士スピードウェイに舞台を戻しての開催となった第3戦はタイヤ選択などが影響し2位となってしまったが、大きなリードを築いた状態で最終戦を迎えた。
Rd2ではポールトゥウィンでKYOJO CUP 初優勝を飾った。
このレースを表彰台圏内でフィニッシュすればチャンピオンが決定する三浦だったが、ほしいのは優勝。ポールポジションから抜群のスタートを決め、後続を引き離しにかかるも、シフトミスで失速した隙を突かれ、翁長実希(#37 KeePer VITA)の先行を許してしまった。最後まで挽回しようと必死に走るも、逆転は叶わず2位でレースを終えた。
「あのシフトミスがなければ単独で逃げて勝つことができたかもしれません。本当は最終戦も勝って終わりたかったし、そのチャンスはありました。でも、勝てなくて終わったというのは……まだまだ自分の実力が足りてないんだなと改めて痛感しました」
三浦は、ここでも勝つことはできなかったのだが、4戦全てで表彰台を獲得し、KYOJO CUPの2020シリーズチャンピオンに輝いた。実は、カート時代を含めると15年以上のレースキャリアを持つ三浦なのだが、シリーズチャンピオンを獲得するのは、これが初めてだった。
レースキャリアで初のシリーズチャンピオンを獲得となった。
レース後は、メディアの取材やチャンピオン記念の写真撮影などに終われ、自身のピットに戻ることができたのは日が暮れた後のことだった。「(自分の実力は)まだまだなんですけどね……」と言いつつも、笑顔になっている彼女が、そこにいた。
「私にとってカート時代も含めて、初めてのチャンピオン獲得でしたが、『チャンピオンを獲るって、こんなにも難しいんだ』ということを学べました。今まではチャンピオンになったことがない中で、ずっとレースをしてきたけど、勝ち方というか、チャンピオンになるための方法みたいなのを少し学べたのかなと思います。そういう経験ができたという嬉しさがすごく大きいですね」
「結局、速さだけでは勝てないし、自分の力だけでは勝てません。“どこかのレースで1勝する”ことと“チャンピオンを獲る”ことの差を感じた1年でした」
「改めて、自分の成長にも大きく繋がったし、技術面というよりは精神的な面でも、レースに臨んでいく上でのやり方などを見直すきっかけになりました」
「本当、最初は“めちゃめちゃ不本意だな”と思っていましたけど、シーズンを戦っていく中で、そういうことに気づけたのは本当に良かったなと思っています」
開幕前は“不本意”だと言っていたKYOJO CUPヘの参戦。しかし、1年を終えてみると、彼女のレース人生において結果以上に大切な財産を手にしていた。
KYOJYO CUPへの参戦はシリーズチャンピオン獲得以上に得るものが多かった。
そして2021年。三浦は新たな挑戦を始める。林テレンプSHADE RACINGより、スーパー耐久のST-Zクラスにフル参戦するのだ。S耐は昨年に一度スポット参戦をしているが、シーズンを通した参戦はこれが初めてとなる。
新たなフィールドでのチャレンジしていく三浦だが、心の中ではフォーミュラカーレースへ復帰したいという想いは消えていないという。スーパー耐久の舞台で与えられた仕事をしっかりとこなしつつ、自身の夢に向かってドライバーとしての幅をさらに広げていきたいと、決意を新たにしていた。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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