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レース史に残る衝撃的な逆転劇を演じて有終の美を飾ったNo.100 RAYBRIG NSX-GT。
新型コロナウイルスの影響により、これまでにないほど異例の体制で進んだ2020年のSUPER GT。これに関わった多くの人々にとって、きっと忘れることができない特別なシーズンになったことは間違いないだろう。改めて、激動に満ちた2020シーズンを振り返っていこうと思う。
GT500:Class1規定導入により、さらに接近した戦いに。
ホンダ、トヨタ、日産がしのぎを削るGT500クラスは、10台がチャンピオン獲得の可能性が残した状態で最終戦を迎え、その最終決着はゴールまで500mというところで決まるという、史上稀に見る大接戦の展開となった。
ここまで3メーカーのマシンが競り合い続けたというのは非常に珍しいこと。そうなった要因は、たくさんあるのだが、その中でもひとつ触れておきたいのは2020年に新しく導入された「Class1」規定だ。
これにより、3メーカーは同規定に準拠した新しいマシンを開発。ホンダはNSX-GTを規定に合わせてフロントエンジン化し、トヨタは久しぶりの復活を果たしたGRスープラをベースにした車両を開発した。日産はこれまでと同様にGT-Rをベースとした車両を製作したが、新規定では共通パーツが大幅に増えているため、中身はそれまでのGT-Rとは全く別物となった。
各社ともシーズンオフから積極的にテストを繰り返していたのだが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いメーカーテストもいくつかキャンセルに。シーズン開幕も延期となり、ほぼ各陣営が準備不足という状態で7月の開幕を迎えた。
デビュー戦を圧勝し、最高の形でスタートを切ったトヨタGRスープラ。
開幕から圧倒的な強さをみせたのが、トヨタGRスープラ勢。シーズンオフのテストから好調が噂されていた通りの高いパフォーマンスをライバルに対してみせつけた。第1戦富士ではNo.37 KeePer TOM’S GR Supra(平川亮/ニック・キャシディ)が圧倒的な強さをみせて優勝すると、2位以下もGRスープラの車両が続き、終わってみればトップ5を同車両が独占するという結果になった。第2戦以降も常に表彰台の一角を確保し、トヨタ陣営の各車がコンスタントにポイントを重ねていき、完全にGT500クラスで主導権を手にした感があった。
だが、これに対してライバル陣営も黙っていなかった。なかでも中盤戦に入って強さをみせたのがホンダNSX-GT勢だ。第2戦富士でNo.8 ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺)、第3戦鈴鹿ではNo.64 Modulo NSX-GT(伊沢拓也/大津弘樹)がポールポジションを獲得すると、No.17 KEIHIN NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バケット)が第2戦富士と第4戦もてぎで優勝。好調だったトヨタ勢を抑えて17号車がランキングトップに浮上した。
ホンダ勢はNSX-GTをFR化したこともあり、開幕直前のテストまで試行錯誤を繰り返していた。そのためマシンの基本的なセットアップが十分ではない状態で開幕を迎えたのだが、レースを戦いながらセットアップを煮詰めていくという戦略をとっていた。予選一発の速さでは序盤戦から高いパフォーマンスをみせていたが、第4戦もてぎあたりから決勝でのロングランでもトヨタ勢に引けを取らない力強さを見せはじめた。そして、開幕戦でのリベンジを果たしたとも言えるのが第7戦もてぎだ。予選でトップ3を独占すると、決勝ではNSX-GT全車が力強い走りを見せ、陣営としては初めてとなるトップ5独占を達成した。
ホンダ陣営初となる1-5位独占。第7戦のNSX圧勝劇は最終戦での王者争いをさらに混沌とさせた。
さらに日産勢も意地をみせた。当初のレースカレンダーでは、東京オリンピックの関係もあり富士スピードウェイでのレース開催が1回のみとなる予定で、それを見据えたマシン作りを意識してきたのだが、コロナ禍の影響で富士開催が逆に4回になったことが裏目に出てしまい、序盤戦はなかなか上位に食い込むことができなかった。それでも、彼らが勝負どころのひとつにしていた鈴鹿サーキットでの第3戦、第6戦ではNo.23 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ)が優勝を果たした。
第6戦、No.23 MOTUL AUTECH GT-Rは転劇勝利を驚異のテール・トゥ・ウィンで飾った。
その結果、GT500クラスは全15台のうち10台がチャンピオン獲得の可能性を残すという過去に例を見ないほどの接戦の状態で最終戦を迎えることなった。舞台は富士スピードウェイで全車ノーウェイトと、一見すると開幕戦と同じ条件のように見えがちだ。しかし気温10度を切る極寒のコンディション、そして先行したトヨタ勢に追いつくべくシーズン中にパフォーマンスを上げてきたホンダ勢、日産勢が1周目から積極的に順位を奪い合った。
まさに“激戦”という言葉がふさわしい内容となった最終戦。その中で王座をかけて最後の最後まで勝負をしたのが37号車とNo.100 RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)だった。37号車はキャシディが翌シーズンから参戦するフォーミュラEのテストに参加しなければならず、終盤に2戦を欠場。代わりに山下健太が代役を務めたが、開幕戦を彷彿とさせるような快走を披露した。その一方で100号車は7番グリッドから着実に追い上げ2番手に浮上した。彼らは開幕前のテストから歯車がなかなか噛み合わず序盤は苦戦を強いられる場面もあったほか、不運なアクシデントに巻き込まれてポイント獲得を逃すレースもあった。それでもチームのエースである山本を中心に“最後の最後まで諦めない”姿勢を貫き通し、この最終戦でも15秒差から少しずつ差を詰めていき、残り5周で3秒後方まで迫っていった。
これに対して37号車を駆る平川も最後の力を振り絞って逃げたのだが、100号車の山本は最終ラップまで諦めずに攻め続けた。その結果……最終コーナーを立ち上がったところで37号車が失速。ゴールまで500mでトップが入れ替わり、最終的に100号車がチャンピオンを獲得した。
追う山本尚貴と逃げる平川亮がみせた、残り数周の攻防戦をファンはわすれないだろう。
まさに、何と表現していいかわからないほどの劇的な結末。最終的にホンダNSX-GTが2020年を制したことになったのだが、改めて最終戦のレース内容を振り返ると、3メーカーともパフォーマンスに大きな差がなかったように感じた。特にGRスープラとNSX-GTは甲乙つけがたい拮抗した状態で、Class1が導入されたことで、共通パーツも大幅に増えたことで、車体側でのメーカー間の差が少なくなった結果が、2020シーズンの激戦の展開を演出したのだろう。
これが2021年は、どのような勢力図に進化していくのか。コロナ禍の影響もあり12月のセパンでのテストが開催されないなど、テストの機会も減る方向になっていきそうだが、ますます目が離せない2021シーズンになることは間違いなさそうだ。
タイヤ無交換か?王道作戦か?
GT500クラスに負けず劣らず、GT300クラスも白熱した戦いが繰り広げられたが、シーズン序盤から注目が集まったのが“タイヤ戦略”だった。特にブリヂストンタイヤ勢がタイヤ無交換作戦を駆使し、開幕戦ではNo.52 埼玉トヨペットGB GR Supra(吉田広樹/川合孝汰)、第4戦もてぎではNo.65 LEON PYRAMID AMG(蒲生尚弥/菅波冬悟)がこの作戦でライバルをリードし、勝利を手にした。
開幕戦でデビューウィンを飾ったNo.52 埼玉トヨペットGB GR Supra。ルーキー川合孝汰はSUPER GTデビュー戦を勝利で飾り、シーズンを通して勢いある走りをみせた。
前半戦を終えた段階でブリヂストンタイヤユーザーの車両が優勢な雰囲気が漂い始めていたが、そこに対して徹底的に“王道の作戦”で挑んでいったのがNo.56 リアライズ日産自動車大学校GT-R(藤波清斗/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ)だった。前半戦は不運もあって思うようにポイントを稼げないレースもあったが、第5戦富士でひとつのきっかけをつかんだ。予選6番手から藤波が前半スティントで順位を上げ、途中のピットストップでタイヤ交換。これで無交換を行うライバルに先行されても、フレッシュタイヤを装着しているメリットを利用してオリベイラが担当する後半スティントでペースを上げていき最終的にトップを奪って優勝を果たした。この成果が自信につながり、全く同じような逆転劇を最終戦でも披露した。その結果、56号車がGT300クラスの王座に輝いた。
最終戦でもみせた、JPのアグレッシブな走りがチームにタイトルをもたらした。
多種多彩な車両が参戦するGT300クラスは、よく各車両の特徴などがフォーカスされることが多かったが、2020年はこと“レース戦略”という部分に注目が集まったGT300クラスだった。もちろん、タイヤメーカーを含め各陣営とも、この結果を踏まえて2021年に向けた対応策をシーズンオフで考えているはず。GT500にも負けないハイレベルな戦いが期待できそうだ。
コロナ禍で感じたファンの大切さ
2020年のSUPER GTは、もう一つの側面に置いても“忘れられることのない”シーズンとなった。
年が明けたころは、いつもと同じように各陣営が新体制を発表し、開幕戦に向けてテスト走行を繰り返す日々が続いていた。しかし、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大していき、日本でも感染者が確認されるようになっていった。
毎年、シーズンのキックオフイベントとしてファンの間でも注目されている3月の岡山公式テストは無観客で開催された。普段は開幕を待ちわびるファンが大勢詰めかけ、テストにも関わらずシーズン戦同様の熱気に包まれるSUPER GTなのだが、この2日間は静かなサーキットにマシンのエキゾーストノートだけが響き渡るという、何とも寂しい光景が広がったテストとなった。
その後、SUPER GTは当初予定していたスケジュールを大幅に変更し、7月中旬に開幕するというプランを作成。同時に感染防止のロードマップ・ガイドラインを策定し、長距離移動に伴う関係者の感染リスクを低減させるため、公共交通機関を利用せずに移動ができる富士スピードウェイ、鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎの3会場に限定して全8戦を開催することが決定。そのうち前半4戦は無観客でレースを行うという決定を下した。
第4戦までは無観客開催となった今シーズン。スタンドから声援を送るファンの必要性を痛感した。
普段なら夜が明ける前から多くのファンがサーキットに集まり、活気に満ち溢れるSUPER GT。パドックでもドライバーたちの入り待ちをしているファンも少なくなく、いつも目を輝かせながらモータースポーツ観戦の週末を楽しみにしているファンの姿を見ながら、我々も「よし、今日も頑張ろう」と気合いが入ったものだった。
しかし、2020シーズンの前半4戦は、その光景が全く見られず、最初は今まで経験したことのない雰囲気を感じ、どこか気合いの入らないレースウィークが続いたのを今でも鮮明に覚えている。
特にそれを強く感じたのが、鈴鹿サーキットでの第3戦。ここはコースを囲むように観客席が設置されており、グランドスタンドのみならず各コーナーの賑わいぶりもパドックから一目で分かるほど。以前開催されていた鈴鹿1000kmの頃は取材のためパドックを歩いていると、多くのファンで埋め尽くされた1・2コーナースタンドが見えたものだったが、第3戦の時には誰もいない。東コース全体に広がる“空っぽの観客席”を目の当たりにし、改めてSUPER GTにとってファンの存在がいかに大切なのものなのか……。それを強く感じたシーズン前半戦だった。
レースを戦っているドライバーやチーム関係者からも「ファンのいないサーキットは寂しい」という声が聞こえ、気がつくと俯き加減になる雰囲気も漂っていたが、それでもシリーズを運営するGTアソシエイションをはじめ全関係者が足を止めることなく、目の前のレースを全力で戦った。
“またファンとともに盛り上がれるレースウィークが帰ってくることを願って……”
そして10月の第5戦富士。ファンがサーキットに帰ってきた。もちろん感染防止対策を徹底し、来場できる人数も通常より大幅に制限をかけ、ピットウォークやグリッドウォークは実施されなかったが、コースサイドに熱心に応援するファンの姿が復活したことで、ドライバーたちの目つきも一気に変わり、レース中のバトルも後半戦はより激しさを増したように感じられた。
コースサイドからみえるファンの姿はドライバーを間違いなく熱くさせた。
2021年も現在発表されているスケジュールでは、4月に岡山国際サーキットで開幕予定だが、年明け早々に日本政府から1都3県に対して緊急事態宣言が出されるなど、まだまだコロナ禍の影響が大きく出る1年となりそうだ。このままの状態だと、レース観戦の部分に対して何かしらの制限が出る可能性もあるのだが、多くのファンによってSUPER GTが支えられているということを胸に、多くの関係者が、これまで以上に強い気持ちで新シーズンに臨むことだろう。
改めて、ファンが応援してくれる力というのは、何ものにも変えがたいのだと……強く、強く感じさせられ、2020年のSUPER GTは我々に大切なものを気づかせてくれたシーズンだった。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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