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日本レースに語り継がる事であろうFINAL LAPホームストレートでの大逆転劇
富士スピードウェイで開催された2020SUPER GT最終戦。GT500クラスのチャンピオン争いは、間違いなく今後何十年にも渡って、多くの関係者やファンに語り継がれていく1戦になったことは間違いないだろう。
レースウィーク開始時には合計10台がチャンピオン獲得の可能性を残していたGT500クラス。最後に“たった一つしかない”王座をかけて争ったのは、No.37 KeePer TOM’S GR Supra(平川亮/山下健太)とNo.100 RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)。今回もフォーミュラE参戦準備のため日本を離れていたニック・キャシディの代役として山下が参戦し、平川のチャンピオン獲得をサポート。予選でコースレコードを塗り替える速さでポールポジションを獲得すると、決勝でも序盤から後続を圧倒する走りを披露。平川にバトンをつなぐと、後続に対して16.1秒ものマージンを築いた。
山下健太はその役目を十二分に果たし、平川にバトンを繋いだ
これに対し100号車は7番グリッドからスタートし、前半スティントの牧野が2番手に浮上。公判を担当した山本は、最終盤での逆転を狙って燃料とタイヤをセーブし、残り20周を切ったところでスパートをかけ始め、37号車に対して1周1秒のペースで近づいていった。
残り6周。両者の差は4秒を切った。山本の接近に平川も気づいており、ラストスパートをかけ出す。もちろん山本も最後まで諦めずに攻め続け、残り3周で2秒後方にまで迫った。
両陣営のピットは祈る気持ちでモニターを見つめる。同じようにサーキットに詰め掛けた多くのファンも、2台のマシンに釘付けになった。
毎周、差を詰める山本尚貴のアグレッシブな走りは鬼気迫るものがあった
最終ラップ。今回参戦できないキャシディの分まで頑張ると心に誓っていた平川は、最後の力を振り絞り、2秒のリードをキープし最終セクターに突入。この時、後ろを走っていた山本の脳裏には“負けの2文字がよぎっていたという。おそらく、サーキットで、そしてテレビで観戦していた誰もが37号車の勝利を信じて疑わなかっただろう。
しかし、最終コーナーを立ち上がった瞬間。37号車は加速しなかった。最後の最後でガス欠の症状にみまわれたのだ。ゴールまで、わずか500m足らずのところで100号車が逆転を果たしトップチェッカー。この瞬間、2020年のGT500チャンピオンは100号車の山本/牧野組が勝ち取った。
そんな100号車もゴール直後にガス欠を示す警告ランプが点灯し、後半の13コーナーでストップ。彼らもガス欠寸前のギリギリのところで戦っていた。まさに壮絶極まりないバトルだった。
レース後、パドックに降りると、そこはまさに「天国と地獄」だった。今季初優勝を飾り、逆転でシリーズチャンピオンを勝ち取った100号車のピットは、言うまでもなく歓喜に包まれ、なかには嬉し涙を流す人の姿もあった。
実はチームのメインスポンサーであるRAYBRIGが来年3月いっぱいでブランドを終了することに伴い、長年にわたって多くのファンに愛されてきたRAYBRIGカラーも、これで見納めとなることが決まっていた。そのラストランで逆転チャンピオンと言う結末に、100号車のピットをはじめ、サーキット中は大きな感動に包まれた。
まさに有終の美を飾ったRAYBRIG NSX-GT
その一方で、残り500mというところでチャンピオンを逃した37号車のピットは……誰も何も言葉を発しようとせず、黙々と撤収作業を進めている光景が広がっていた。
忙しい時間の合間を縫って取材に応じてくれた山田淳監督も、状況を丁寧に説明してくれたが、時より言葉を詰まらせていた。
チェッカー後、力なくメインストレート脇に停車した37号車の平川。マシンから降りてきた彼は、コース横のサービスロードにしゃがみこみ、思い切りガードレールに拳をぶつけた。
“悔しい”と言葉にするのは簡単である。だが、その悔しさの量というのは、当事者である本人にしか絶対に分からないものだ。
レース後、100号車を称えると共に「ライバルがいるから速くなれる。強くなれる。」とSNSに綴った平川
2018年はジェンソン・バトンとの接戦の末、1.6秒届かずチャンピオンを逃した。昨年は最終戦で優勝を果たすもタイトルを争っていてたNo.6 WAKO’S 4CR LC500が2位に入り、再び悔し涙をのんだ。そして今年、チャンピオン獲得まで残り500mというところで、その手からこぼれ落ちてしまった。
あの時、平川はどんな想いで拳をぶつけたのか……。考えると、今でも胸が苦しくなる。
今回のレースを観て、おそらく多くの方が「すごい1戦だった」「きっと歴史に残る瞬間だっただろう」「これがレースだ」など、様々な感想を持たれただろう。もしろん、その表現は何ひとつ間違いではない。レースで起こったことを言葉にして伝える立場にある筆者も、通常ならこれらの言葉を選んで記事にしたかもしれない。
しかし、この最終戦、最終ラップを迎えるまで、2台はそれぞれベストを尽くしあって2020シーズンの全8戦を戦ってきた。筆者も毎戦取材をする中で彼らの一喜一憂を今シーズン通して見てきた。それだけに、今回ばかりはそのような言葉で片付けてはいけない“重み”があるように感じている。正直なところ、なんと表現するのが適切なのか、恥ずかしながら今でも答えを見出せていない。
ただひとつ、言えることがあるとすれば……「これが、今のSUPER GT、今のGT500のレース」ということだ。ウェイトハンデなどシーズン中の状況は刻々と変わるにせよ、その中でベストと思える戦略とマシンセッティング、タイヤを用意し、ベストを尽くす。その結果、チャンピオン争いは最終戦までもつれ込み、お互いにガス欠になるまでの激走をみせ、トップの座を奪い合う。その結果、軍配が上がったのが100号車だった。
ある意味で、ドライバー、チーム、マシン、タイヤも含め、極限中の極限まで攻めないと勝利を手にすることができないのが、今のGT500クラスなのかもしれない。
それが具現化されたのが、今回の最終戦だったような気がする。
SUPER GTの凄さ、醍醐味の全てが詰まっていた最終戦だった
すでに水面下では2021年のドライバーズラインナップに関する話も少しずつ聞こえ始めている。その中で毎年聞こえてくるのは、レースペースがチームメイトに対して少しでも遅いと、シート争いからふるい落とされる対象として真っ先に挙げられる。そのシビアさは他のカテゴリーとは比べものにならないくらいだ。日本のみならず世界中にたくさんのレーシングドライバーがいるなかで、現在GT500クラスに参戦できるのは、たった30名。そこに選ばれることはもちろん、その舞台で走り続けるのには常に速さを強さが求められる。その選りすぐりのトップドライバーたちによって、今年はシリーズ史上に残る大激戦が展開された。
改めてSUPER GTというのは世界に誇れるレースなのだということを痛感したのと同時に、そのシリーズが日本で開催され、間近で観ることができるというのは、本当に幸せなことなのかもしれない。来年以降もコロナ禍の影響で何かと制限がつきそうな気配ではあるが、“日本にはこんなにハイレベルなシリーズがある”ということが、少しでも多くの人に伝わり、コロナ禍が過ぎ去って、普段の生活を取り戻せた時に、これまで以上にサーキットの動員数やテレビでの視聴者数が増えればなと思う。
来シーズンも熱い戦いをファンは待っている
それを改めて、強く感じさせられた2020SUPER GT最終戦だった。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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