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モーター スポーツ コラム 2020年10月12日

2020 SUPER GT第5戦レビュー|苦境に負けず、コロナにも負けず……脇阪寿一監督率いる新生チームサードが今季初V

モータースポーツコラム by 吉田 知弘
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2020 SUPER GT第5戦レビュー

10月に入り2020年のSUPER GTも後半戦に突入。10月3日~4日には富士スピードウェイでシリーズ第5戦が行なわれた。新型コロナウイルス感染防止対策として開幕4戦は無観客で実施されていたが、今回から人数を制限する形で観客を動員。まだまだ昨年までのようにとはいかないが、久しぶりにSUPER GTならではの“熱気”が帰ってきた。

ファンの声援に後押しされてドライバーたちも奮起。前半4戦にも増して、激しいバトルが各所で展開された。そんな中、GT500クラスで強さを見せたのがNo.39 DENSO KOBELCO SARD GR Supra。予選5番手から着実に追い上げ、最後は2番手以下に10秒以上の差をつけて優勝を飾った。

危なげない走りで今シーズン初優勝を飾った39号車 DENSO KOBELCO SARD GR Supra。

優勝の瞬間、プラットホームではメカニックたちが歓喜し、パルクフェルメではヘイキ・コバライネンと中山雄一が笑顔で握手を交わしていた。そんなチームの喜ぶ姿を温かい目で見守っていたのが、今季39号車に加入した脇阪寿一監督だった。

昨年チームルマンに17年ぶりのタイトルをもたらした脇阪監督。2020年は現役時代にも所属したチームサードの指揮をとることになったのだが、最初は苦労が絶えなかった。

3月中旬の岡山国際サーキットで行なわれた公式合同テスト。昨年までのチームルマンで見られたプラットホームでどっしりと構えている姿とは打って変わり、セッション中はガレージとプラットホームを忙しなく行き来し、休む間も無くエンジニアやメカニックに指示を出す脇阪監督がいた。

移籍1年目から、積極的にチームの変革を求めた脇阪寿一監督。

走行セッション終了後、脇阪監督のところへ取材に行くと「いやぁ大変。課題山積みです……」と開口一番。39号車は昨年も今年もヘイキ・コバライネン/中山雄一のドライバーコンビを継続して一見変化はないように見える。しかし、チーム内部の体制を見てみると、脇阪監督の加入を始め、エンジニア、メカニックとも大幅に入れ替わり、まさに“ゼロからのスタート”に近い状態。この段階でチームがうまく機能しているとは言いにくく、それを脇阪監督が先頭に立って方向性を見出そうとしている様子が垣間見えた。

「いきなり僕が来てあれこれ言っていく中で、サードのみんなも僕の言うことを聞こうとしてくれています。それには感謝しています。本当に今は大変。これからも大変だと思いますけど……チャンピオンを目指して頑張りますよ!」と脇阪監督は力強くコメントし、サーキットを後にした。

そこからチームのレベルアップのために脇阪監督は様々な要求をするのだが、そこで強調していたのが「プロがプロの仕事を自分のためではなく、人のためにする」ということ。彼が昨年までチームルマンのメカニックたちに要求していたことと全く同じもので、それを39号車でもメカニックたちに伝え続けた。サーキットではもちろん、zoomミーティングなども開き、チームスタッフと積極的にコニュニケーションをとる時間を作り、チームの団結力を高めていった。

少しずつ上り調子になり始めた39号車だったが、開幕直前になってさらなる試練が襲う。今度は新型コロナウイルスに伴う外国人の入国規制の影響でチームのエースであるコバライネンが来日できなくなってしまったのだ。チームは急きょ第1戦に山下健太、第2戦で阪口晴南を代役起用し、第3戦鈴鹿からコバライネンが合流したのだが、脇阪監督は開幕2戦でコバライネンが走れなかった影響は少なからずあったという。

「ヘイキがコロナの影響で最初来られなかったんですが……やっぱり彼も年齢的なものがあって、レースができなくてクルマに乗れない時間が彼を不安にさせたと思います。それを表すようなコメントも時よりありました」

新型コロナウイルス感染拡大防止による入国規制を受け、第3戦でようやく復帰したコバライネン。

「今回も土曜日の公式練習でクルマが乗りにくくて……ヘイキはそれをチームに訴えるんですが、あとで僕のところにきたら『もちろん僕の運転もダメなんだけどね』とへりくだったコメントをするんです。人として素晴らしい選手だと思いますが、僕としてはもっとヘイキには自信をもってやってほしいなと思いました」

なんとか、いつものヘイキに戻って欲しい……。そこから脇阪監督は今回のレースウィークを“守り”ではなく“攻め”を徹底することを決めた。まずはクルマの修正に入り、日曜日の決勝前ウォームアップではコバライネンも「寿一、クルマは完璧だ!決勝もこれでいきたい!」と自信と笑顔を取り戻していた。

するとコバライネンはスタートから着実に順位を上げ3番手に浮上しする走りを披露。スタートポジションから必ず順位を上げて帰ってくるという、まさに“いつものコバライネン”の走りがみられた。

その頑張りにチームと相方の中山も応える。途中のピットストップでは迅速な作業で39号車を送り出しトップのNo.8 ARTA NSX-GTの背後でコースへ。後半スティントを担当する中山はいきなりアウトラップで8号車を抜き去りトップを奪った。そこからはリードを広げようとするもライバルが迫ってきたり、燃費を気にしながらの走行を強いられたりと、何度も苦しい場面があったが、中山はミスのない走りを徹底。最終的には10秒ものリードを築いてトップチェッカーを受けた。
「素晴らしいレースになった。今年は新型コロナウイルスの影響でいつもとは違うシーズンになっていて、僕も最初の2レースは欠場しなければならなかった。このチームも大きな変更があって最初は苦労したけど、みんなが一生懸命がんばってくれて今回のようなパフォーマンスを発揮することができた。そして、何より今年初めて観客が動員されたSUPER GTのレースで、こうして勝つことができて本当に嬉しいし、ファンの声援のおかげで勝つことができた。本当にありがとう」(コバライネン)

優勝記者会見ではコバライネン(左)は「ピットワークが速かったことに加えて、ピットインのタイミングもベストだった」とチームを称えた。

「ピットのタイミングも良かったですし、サードのメカニックのタイヤ交換はトヨタの中でも一番だと思うので、それを“ここぞ”という時に発揮してくれました。昨年から比べるとサードのチーム力が本当に上がっています。やっぱり脇阪監督がチームに来てくれて、みんなが頑張る方向性というのを整えてくれました。どうやって頑張ればいいのか?を正しく導いてくれた結果だと思います。チームが良くなって何か噛み合えば勝てるというところもまで来ていました。それが今回ひとつになって優勝という形で監督に恩返しすることができて嬉しいです」(中山)

レース中は一度も表情を緩めることなく39号車の走りを見守り続けていた脇阪監督。レースを終えてピットに取材に行くと、張り詰めていた緊張感から解放され、安堵する姿があった。

「僕も最初チームに入った時は大変やなと思いました。でも、その分しっかりとした要求をチームやスタッフひとりひとりにしました。それに対して腐ることもなく付いてきてくれたみんなに感謝したいです。この優勝で『頑張って力を合わせて、プロがプロの仕事を、自分のためではなく人のためにやれる環境を作れば、成績って自然とついてくるし、レースの神様は見ててくれる』ということを証明できたので、良かったなと思います」

「土曜日の公式練習が終わった時、クルマから降りてきたヘイキも顔が曇っていたけど、決勝前のウォームアップが終わった時は、いつもの彼に戻ってくれました。そういった意味ではコロナでレースができなくて大変だったヘイキに対しても今回は自信になった大きなレースだったと思います」

「雄一も色んなライバルに迫られて不安な気持ちにはなったと思うけど、自分を信じ、クルマを信じて、最後まで焦ることなく走り続けてくれました。GT500は優秀なドライバーがたくさんいて、その中で中山雄一はそこまで目立った選手ではなかったと思います。でも、こうやってキチッと強いレースを彼自身が示したということは、これは彼のレース人生において、非常に大きな一歩となるレースになったのではないかなと思います」

「そして、こうしてお客様が入られた初戦で、クルマとモータースポーツの持つ力で、お客様が喜んでいただいたとするならば、僕も嬉しいです。やっぱり現役の頃からそうでしたけど、いつもファンの皆さんからプラスアルファのパワーをもらうんですよね。今回もそれがあったと思います」(脇阪)

この勝利で39号車とトップとの差は8ポイント。中山は会見で「チームのモチベーションもさらに上がり、次の鈴鹿がとても楽しみになりました。」と第6戦に向けて力強く意気込みを語った。

最後までドライバー、チームスタッフ、スポンサー、そしてファンのことを第一に考えてコメントしていた脇阪監督。まさに彼がチームメンバーに提唱してきた「プロの仕事を自分のためではなく、人のためにやる」ということを、自ら率先して実践することが、このチームを短期間で変えた大きな要因なのかもしれない。

だが、この1勝を掴むまでに相当な努力と苦労を重ねてきたことは間違いない。それだけに、大きな重圧から解き放たれたような脇阪監督の表情をしていたのが……何より印象的だった。

文:吉田 知弘

吉田 知弘

吉田 知弘

幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ

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