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富士スピードウェイで開催された『AUTOBACS 45th Anniversary presents SUPER GT × DTM特別交流戦』。金曜日は大雨に見舞われたものの、土曜日と日曜日に行われた決勝レースはドライコンディションとなり、週末3日間を通して述べ5万1800人が来場。レースでは各所で白熱したバトルが展開され、大いに盛り上がった。
その一方で、ひとつ大きなニュースも飛び込んできた。この“夢の競宴”の舞台を最後にレーシングドライバー人生にピリオドを打つことを発表した選手がいた。No.16 MOTUL MUGEN NSX-GTを駆る中嶋大祐だ。
2006年にSRS-Fを卒業した大祐は、翌2007年に4輪デビュー。最初の参戦カテゴリーとなったフォーミュラ・チャレンジ・ジャパンでは初戦でいきなりポール・トゥ・ウィンを飾るなど光る速さをみせた。その後イギリスF3選手権を経て、2011年から国内トップカテゴリーであるフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)に参戦を開始。SUPER GTも翌2012年途中からGT300クラスにエントリーを果たした。
しかし、なかなか好結果を出せない日々が続き、スーパーフォーミュラは2017年まで戦い、表彰台は2回(いずれも2位)、スーパーGTでは2014年第5戦富士での3位表彰台が最上位だった。
父は日本人初のフルタイムF1ドライバーとして知られる中嶋悟氏。兄は元F1ドライバーで2度のスーパーフォーミュラ王者、さらに世界耐久選手権でワールドチャンピオンに輝いた中嶋一貴。一番身近な存在が世界的に実績を残している一方で、なかなかスポットライトが当たるような結果を残せなかった大祐にとっては、徐々にプレッシャーがのしかかることになった。
「若い頃はあまり難しく考えていなくて(プレッシャーとか)そんなことは思ったこともなかったんです。でも、だんだん歳をとってくるにつれて『そういうことか……』と感じるようになったいうか、改めてふたりの凄さを実感しました。父があれだけ活躍して、兄も今活躍しています。そこで当然自分の結果とも比べてしまいます。あえて自分がレースを続けなくてもいいかなと思うのは……やっぱりその存在(父と兄)があります」
そう語った大祐だが、あくまで“30歳で区切りをつける”ということが引退の一番の理由だったという。
「自分の人生設計の中のひとつです。30歳以降も(レーシングドライバーを)続けるのかどうかをずっと前から考えていて、このタイミングで区切りをつけることにしました」
今季のSUPER GTでは4度の入賞を果たすもシリーズランキングは15位と低迷。自身の心の中では早い段階から“今年が最後”と決めていたそうで、特にドライビングの部分では極限まで切り詰める走りをしていたというが、結果だけを見れば悔しさしか残らないシーズンとなってしまった。ただ今年はDTMとの特別交流戦が開催されるため、これが彼にとっての「引退レース」となったのだが……このレースウィークも災難から始まった。
大雨となった22日(金)のフリー走行1回目でチームメイトの武藤英紀が300Rを走行中にウエット路面でマシンがコントロール不能状態に陥り、アウト側のタイヤバリヤにクラッシュ。マシンが大破してしまった。
幸い武藤に大きな怪我はなかったが、マシンの損傷はかなり酷く、急きょ車両交換を行うことになった。しかも、ただ車両を交換するだけでなく、レースに出走できる状態にするには相当な作業が必要で、チームは夜を徹して修復作業に取り掛かった。その結果、23日(土)朝には見事16号車が復活。車両交換により2レースとも5グリッド降格ペナルティを受けることになったが、レース2を担当する大祐は無事に最後のレースのグリッドにつけることとなった。
そして迎えた24日(日)朝のレース2予選。前日からの雨で路面はウエットコンディションとなったが、そこで大祐は他を圧倒する走りを披露。最後のアタックで1分46秒696で予選トップタイムを記録したのだ。国内トップカテゴリーに上がってから予選で最速タイムをマークするのは初めてのことだった。セッション終了後、マシンを降りてきた大祐は公式映像のインタビューで「ちょうど良い機会なのでご報告します。今回のレースが僕にとって(ドライバーとしての)最後のレースとなります」と、そこで突然引退を宣言したのだ。
誰もが予想していなかった発表にサーキットに来ていた関係者のみならず多くのファンも驚いた様子だったが、それと同時に“大祐に最後は良いレースをしてほしい”と注目度が一気に増すことになった。
引退宣言から5時間後に行われたレース2の決勝。スタート前のグリッドウォークでは多くのドライバーや関係者が大祐のところへ声をかけにきた。なかにはSRS-Fの同期だった山本尚貴や、今回レース2をともに戦う兄・一貴の姿もあった。そして何より印象に残ったのがグリッド紹介。大祐の名前がコールされると、グランドスタンドは一番の拍手と歓声に包まれた。いかにサーキットに来ていた多くのファンが彼の最後の走りに注目していたかが、一瞬にして理解できた。
「やっぱりグリッドの時が『これが最後なんだ……』と感じることが多かったです。お客さんの声援も嬉しかったですし、けっこう“ジーン”とくるものはありました」
そう語った大祐はマシンに乗り込み、自身のラストレースに向かった。決勝では前半こそタイヤをセーブしていたこともあり慎重な走りを見せたが、残り10分を切ってからのレース終盤では迫り来るライバルに対して一歩も引かない走りを披露。特に最終ラップの小林可夢偉とのバトルではパッシングをしながら接触寸前のところまでクルマを寄せていく走りを見せた。
普段は確実な走りに徹することが多い大祐が、ここまでアグレッシブになることは滅多にない。まるでコックピットの中から“大祐の心の叫び”が聞こえてくるような、鬼気迫る走りだった。しかし、その最終ラップでのバトルでポジションを落とす結果となり、最後のレースは6位でフィニッシュした。
「終盤に向けてタイヤをセーブしていたんですが、セーフティカーが多く入ってしまって、せっかく温存しておいたタイヤのおいしいところを使わないまま終わってしまいました。自分らしい終わり方でしたが、今はスッキリした気持ちです。悔いはありません」と、レース後にコメントする大祐をみると、何か肩の上に乗っていたプレッシャーみたいなものから解放されたような穏やかな表情をしていた。
こうして彼のラストランは幕を閉じたのだが、改めて全体を振り返ると“ある偶然”があることに気がついた。
彼の性格を考えると、シーズンが完全に終了する前に自ら引退するとはなかなか言わないだろう。そういう意味では、レース2予選での予選トップタイム後のインタビューというのは絶好の機会だった。しかしその予選も金曜日のクラッシュの影響で、一歩間違えば出走すら叶わなかった。さらに言うと今年初めて開催された特別交流戦という舞台そのものがなければ、彼が引退を発表する“最初の機会”すら生まれなかったかもしれない。
全て結果論ではあるのだが、ここまで揃うのは単なる“奇跡”なのか、それとも何かの“運命”なのかーー。
この週末での出来事を振り返った時、大祐はこんなことをつぶやいた。
「一生懸命やっていれば……いいこともあるんだなと思いました」
レースキャリア全体を振り返ると、父や兄と比べて脚光を浴びる機会が少なかった大祐。しかし今回のレース2決勝は間違いなく大きな注目を集め、主役のひとりとなっていた。まるでどこかの誰かが、人知れず努力と鍛錬を積み重ねてきた彼に『最後のご褒美』を与えたような……そんな週末、特にレース2決勝だったように感じた。
よく“努力や苦労は必ず報われる”という言葉があるが、大祐にとってはラストランがまさにそうだったのかもしれない。
これからはモータースポーツから離れ、新しい分野でチャレンジをしていくという大祐。彼にとって、次のステージが幸多きものでありますように……
“ありがとう、中嶋大祐”
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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