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ちょうど1年前の2018スーパーフォーミュラ最終戦鈴鹿。シリーズ史上に残ると言っても過言ではない手に汗を握るバトルを、我々は目にした。山本尚貴vsニック・キャシディによるチャンピオンをかけた激闘だった。結果は0.6秒差で山本が逃げ切り、自身2度目となるチャンピオンに輝いた。
当時、鈴鹿サーキットに詰めかけた23,000人のファンは限界まで攻め続けたふたりの激闘に大きな声援を贈り、健闘を讃えた。
あれから1年……。山本とキャシディは、再びこの鈴鹿サーキットでチャンピオンをかけて対峙した。
2019シーズン、奇しくもふたりはチームを移籍し山本はDOCOMO TEAM DANDELION RACINGから、キャシディはVANTELIN TEAM TOM’Sからエントリー。マシンもSF19が新しく導入され“初物づくし”のシーズンがスタートした。
毎戦ウィナーが変わるシーズンとなったが、その中でも第6戦岡山を終えてみるとランキングトップに山本(29ポイント)、2番手にキャシディ(28ポイント)となり、ルーキーのアレックス・パロウ(TCS NAKAJIMA RACING/25ポイント)とともに三つ巴の最終決戦が始まった。
レースウィークに入って金曜日に行われたランキングトップ3が登場しての記者会見。そこで昨年も王座争いを経験した山本とキャシディは、お互いを非常に尊敬し合っている姿が垣間見えた。
「正直ニックの前で走るのは容易なことではないです。昨年の最終戦もギリギリでしたし、今年の開幕戦も前に出てからの彼の走りは素晴らしいものがありました。彼の前に立つことは容易ではありませんが、それでも今回は勝たなければいけないので、純粋にこのレースを勝利することに集中していきたいです」(山本)
「昨年のバトルは本当に素晴らしかったと思う。結果は残念ながら僕が求めていたものではなかった、会場に来てくれて全ての人に素晴らしいバトルを披露できた。あの時もそうだし、今でも山本をリスペクトする気持ちは強くなっている」(キャシディ)
そう語るふたりの表情を見ると、互いに警戒しているというよりは、どこか再戦を楽しみにしている様子が、すごく印象的だった。
そして27日(日)の決勝レース。ふたりは昨年とはまた違った形で好バトルを繰り広げた。ポールポジションスタートのパロウが逆転王座の最有力候補かと思われたが、序盤にマシントラブルを抱えてまさかの失速。レース中盤に入ると、完全に山本とキャシディの一騎打ちとなった。
5番手スタートだった山本は7周目にピットインしミディアムからソフトに交換。後半に上位逆転を狙う戦略だった。それに対しキャシディはソフトタイヤでスタートし前半からスパートをかけてアドバンテージを築いていく戦略。それゆえにレース中盤はお互いに別々のところを走ることになった。
それでも、お互い目の前にライバルが走っているかのように0.1秒を削り合う走りを披露。会場に詰めかけたファンも息をのんでレースの行方を見守った。そこで速さをみせたのがキャシディ。1分42秒台のラップを刻み続け34周目にピットストップを行うと、山本の前でコース復帰を果たしたのだ。
そのままキャシディは2番手のポジションを守り抜いてチェッカーフラッグ。念願のスーパーフォーミュラ王者に輝いた。
「ゴールした後のウイニングランはずっとコックピットの中で泣いていた。こんなことは自分は今までなくて……だけど今日はずっと涙が止まらず、無線でも訳のわからないことを喋っていた気がする。正直、今の気持ちをどう言葉に表して良いか分からない。それだけ、特別な瞬間だ」(キャシディ)
一方、敗れた山本もまた、別の涙を流していた。
「今回は本当に完敗でした。クルマを降りて、すぐにニックのところに行こうと思ったんですけど、エンジニアの杉崎さんがピットウォールのところにいて……涙を流して『速いクルマを作れなくて申し訳なかった』と逆に謝られてしまいました」
「本当は自分の力が足りなかったし、及ばなかったので、僕がみんなに対して『申し訳ない』と謝ろうと思っていました。だけど、村岡さんもそうだし、メカニックのみんなにゴメン』という言葉を先に言われてしまったのが辛かった。負けたことよりも、(チームのみんなを)そういう思いにさせてしまったことが、ドライバーとして申し訳なかったです……」(山本)
それぞれの想いが交錯した鈴鹿のパルクフェルメ。だが、最後は昨年と全く同じく“ライバルの健闘を讃え合う姿”がみられた。
山本は悔し涙を堪えキャシディのもとへ握手を求めに行った。するとキャシディも公式映像のインタビュー中にもかかわらず、それを中断し山本とがっちり握手をした。
奇しくも昨年はお互い“勝つ立場”と“負ける立場”の逆を経験した。だからこそ、それぞれ今どんな想いでいるのか……。その時ふたりが交わした言葉は僅かだったが、逆に何も言わなくても想いは理解しているようだった。
「僕たちは今年チームを移籍して、これまでとは違うシチュエーションでシーズンをスタートしたけど、こうして昨年同様に最終戦でもふたりで全力を出し尽くす戦いを見せられたことは、本当に良かったと思う。来年のプランはまだ決まっていないけど、もしまたチャンスがあれば、また彼とチャンピオンシップをかけた争いができれば嬉しい。尚貴は僕にとって最高のライバルだ」(キャシディ)
「昨年のニックは間違いなく悔しかったし嫌な想いしかなかったと思います。それでも、しっかり僕に握手を求めて健闘を讃えあってくれた姿は尊敬すべきものでした。それを今度は逆に僕がしないといけない番だと思いました」
「ニックがいてくれたからこそ、僕も限界を攻めることができたし、自分のパフォーマンスをさらに高められるし、最後はこうしてタイトルをかけて争う緊迫感を味わっている者にしか分からない……心境というものがありましたね」(山本)
“因縁の憎くき相手”ではなく、“心から尊敬できるライバル”
今シーズンもスーパーフォーミュラを盛り上げてくれたライバルが最後までフェアに戦い、勝敗に関わらず健闘を讃え合った姿に、グランドスタンドはこの週末一番の拍手に包まれた。きっと昨年の最終戦とセットになって、今回の1戦も多くの人によって語り継がれていくことになるだろう。
現在のスーパーフォーミュラは世界から注目されるレベルの高いシリーズと言われているが、それ以上に“お互いを尊敬し、最後までフェアに戦う姿”という感動的なシーンが見られるのも、このシリーズのもうひとつの魅力なのかもしれないーー。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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