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新女王誕生! カタジナ・ニエウィアドマが「全ステージをパーフェクトに走り抜いた」と自賛の個人総合初優勝 絶対的存在のデミ・フォレリングは4秒届かず【Cycle*2024 ツール・ド・フランス ファム:レビュー】
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介総合表彰台 優勝ニエウィアドマ、2位フォレリング、3位ローイヤッカース
総距離949.7kmを走って、女王を決めたタイム差はたったの4秒。そのわずかなタイム差に込められたドラマは、数字をはるかにしのぐほどに濃密で、意味のあるものだ。ウィメンズプロトンに、新たな女王が誕生した。
8月12日から18日の日程で行われた、第3回ツール・ド・フランス ファム。最高栄誉「マイヨ・ジョーヌ」は、第5ステージで首位に立ったカタジナ・ニエウィアドマ(キャニオン・スラムレーシング)がその座を最後まで守り切って個人総合優勝。最終・第8ステージでは前回覇者のデミ・フォレリング(SDワークス・プロタイム)の猛攻に遭いながら、かろうじてジャージをキープ。終わってみれば、その差は4秒。男子ツールと合わせても、史上最小差での決着になった(男子の最小タイム差は8秒)。長くトップシーンで駆けてきた29歳が、ついにツールの頂点に立った。
「現実とは思えません。事実に圧倒されていて、感情が追いつかないのです。これだけ過酷なレースで、終わってみれば4秒差だなんて……どう説明したら良いか分かりません」(ニエウィアドマ)
第3ステージの個人タイムトライアルで総合首位になったフォレリング
波乱のマイヨ・ジョーヌ争いだった。個人タイムトライアルで競った第3ステージでフォレリングが勝ち、イエローに袖を通した時点で、連覇に向けたロードが始まったと誰もが思った。第4ステージでも2位とまとめて総合リードを拡大。フォレリングに流れが向いていることは明白だった。しかし……である。
状勢が一変したのは第5ステージ。フィニッシュまで約6kmを残したところで大規模なクラッシュが発生。活躍を期待されていた選手たちが多く巻き込まれた中に、フォレリングの姿もあった。腰部を強打し、バイクに戻るまでに時間を要した。最終盤に差し掛かっていたプロトンは、マイヨ・ジョーヌの前線復帰を待てる状況には当然ない。ここを2位で終えたニエウィアドマは、それまでのステージでの上位フィニッシュも生かして、リーダーの座を奪取。この日を終えた時点で、両者の総合タイム差は1分19秒となった。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】YouTubeチャンネル
【ハイライト】ツール・ド・フランス ファム 第8ステージ|Cycle*2024
思いがけず追う側に回ったフォレリングは、残りステージ数からして追撃を急がないといけなかった。それでも、守勢に立ったニエウィアドマは第6ステージではライバルたちにタイムを奪われることはなく、本格山岳に入った第7ステージではみずからアタック。ボーナスタイムはフォレリングに押さえられたものの、最後の1日を前にしても優勢は変わらない。
超級山岳ラルプ・デュエズがそびえる最終・第8ステージを迎えた時点でも、ニエウィアドマとフォレリングには1分15秒もの差があった。もっとも、その間には6選手がひしめいていたけど、それまでのレース展開や実力・実績を見れば、ニエウィアドマとフォレリングの頂上決戦となることは容易に想像がついた。
そしてわれわれは、想像のはるか上を行く戦いを目にすることとなる。
大逆転を狙うフォレリングは、チームメート4人を逃げに送り込んだ。かたやニエウィアドマは、アシスト数人にメイン集団のペーシングを任せて中盤までを進めていく。ラルプ・デュエズに先立つ超級山岳グランドン峠に入ると、SDワークス・プロタイムが攻めの姿勢を強めて、ニアム・フィッシャーブラックがメイン集団のペースを一気に上げる。人数が絞られると、いよいよフォレリングがアタック。頂上までは2.6kmを残していた。
「上りで集団を崩して、総合を争う選手たちだけで勝負できる状況を作り出したいと思っていました」(フォレリング)
フォレリングとローイヤッカース
フォレリングに追随できたのは、パウリーナ・ローイヤッカース(フェニックス・ドゥクーニンク)ただひとり。スタート段階でフォレリングから2秒先行し、個人総合7位につけていた。ローイヤッカースとすれば当然、総合成績を意識した動きである。フォレリングに誤算が生じたのは、グランドン峠頂上からの下りを経て平坦区間に入ったタイミングだった。
ローイヤッカースにチームカーから、フォレリングとのローテーションに応じないよう指示が出される。2人の総合成績が近かったことや、レース展開的にマイヨ・ジョーヌが舞い込んでくる可能性が出てきたことで、ラルプ・デュエズ勝負にフォーカスする構えをとった。先を急ぎ続けるフォレリングは、下りで逃げグループから降りてきた選手たちを次々と振り切っていて、図らずもローイヤッカースとのマッチアップ状態を作り出していた。
「デミは何度も私に協力してほしいと言ってきました。できることなら私も協力したかったのですが、マイヨ・ジョーヌの可能性を考えると難しい判断でした。逃げから降りてきた選手たちが残っていれば、私も彼女たちに協力を求めたと思います。ただ、デミと1対1ではそれができませんでした」(ローイヤッカース)
約1分後方では、ニエウィアドマが他の総合系ライダー数人との追走を軌道に乗せつつあった。グランドン峠ではフォレリングのアタックにまったく対応できなかったが、下りで調子を取り戻していたのだ。
「一番苦しかったところでデミに攻撃されてしまい、最悪の展開が頭をよぎりました。慌てずペースを保つことを心掛けていましたが、下りで補給を済ませたら調子が戻ってきました。上りではエネルギーが切れかけていたのだと思います。ラルプ・デュエズにすべてを賭けました」(ニエウィアドマ)
アシストを失い単騎になっていたニエウィアドマだが、総合ジャンプアップを狙ってペースを上げていたガイア・レアリーニとルシンダ・ブラントのリドル・トレック勢と利害が一致。ラルプ・デュエズに向け、流れを引き戻すことに成功した。
最終決戦の場となったラルプ・デュエズは、フォレリングが先頭固定のままローイヤッカースを引き連れ、追うニエウィアドマは1分ほどの差を行ったり来たり。実質、ステージ優勝してボーナスタイム10秒の確保が“条件”となったフォレリングは、最終局面でローイヤッカースを引き離し、一番にフィニッシュラインを通過。逆転への条件は満たした。
マイヨ・ジョーヌを守る走りをしたニエウィアドマ
ニエウィアドマは、エヴィータ・ムジック(FDJ・スエズ)と競り合いながら頂上へ。ムジックに先着を許し、ステージ3位のボーナスタイム4秒は確保できず。それでも、フォレリングとのタイム差を1分1秒にとどめてフィニッシュし、マイヨ・ジョーヌは死守。総合タイム差4秒で、勝負は決着した。
「最後の1kmは狂気じみていて、それはもう辛くて辛くて……。フィニッシュした瞬間に自分が何を感じていたかも覚えていないくらいです。でも、私が勝ったのですよね! 大会前の期待を大きく上回る成果に感動しかありません」(ニエウィアドマ)
第8ステージスタート前のヘキエーレ、ニエウィアドマ、フォス
ツールは昨年、一昨年とも個人総合3位。とくに前回は、山岳でフォレリングに食らいつきながら、最終日の個人タイムトライアルで遅れて総合順位を落としていた。その悔しさが今大会のモチベーションだったという。
「これまでのキャリアでは何度も不運に見舞われて、勝てそうで勝てない経験をたくさんしてきました。そのたびに励ましてくれたのが、チームや仲間、家族でした。そんなみんなに、やっと恩返しができます」(ニエウィアドマ)
負けて強しの印象を観る者に与えたフォレリングだが、やはり悔いが残る。「言っても仕方ないのですが……」と前置きしたうえで敗戦を語った。
「落車によってもったいない結果になってしまいました。あの一瞬ですべてが崩れてしまいましたね。4秒をどこで失ったのかも、いろいろと考えてしまいます。第4ステージで勝っていれば……、落車した後にすぐ走り出していれば……、第7ステージでもチャンスがあったのではないか……。でも、もう引き返すことはできません」(フォレリング)
受難はフォレリングにとどまらず、SDワークス・プロタイム全体に起こっていたとの見方もある。第5ステージでフォレリングが落車した際、付き添えたアシストはミーシャ・ブレーデウォルツだけだった。カタブランカ・ヴァシュがステージ優勝争いを演じ(結果的にステージ優勝)、その後ろのグループにはロレーナ・ウィーベスが位置し上位を争っていた。こうした動きに、大事な局面でチームがバラバラになっていてエースを守れなかったのでは、との指摘がなされている。首脳陣も、戦術的なミスがあったことを認めている。
「デミがクラッシュした際は、チーム無線が機能していませんでした。しかるべき指示をすぐに出せなかったことは失敗だったと言わざるを得ません」(SDワークス・プロタイム チームマネージャー:ダニー・スタム氏)
成功も失敗も、多くを経験してついに頂点に立ったニエウィアドマ。ツール史上最も僅差の勝者として、長く語り継がれることだろう。彼女の言葉が、戦いの本質を示している。
「もちろん、ライバルの失敗を望んでいるわけではありません。ですが、いくら脚力があってもうまくいかないときがあるのです。大事なのはスマートにレースができるか。そして、物事がすべて自分の思い通りに働くか。その意味で、私とチームは全ステージをパーフェクトに走り抜くことができました」(ニエウィアドマ)
改めて今大会を振り返ってみる。たくさんのヒロインが誕生した。
第1・第2ステージを連勝したシャーロッテ・コール
大会序盤戦の話題を独占したのは、シャーロッテ・コール(dsmフィルメニッヒ・ポストNL)だった。ウィーベスやマリアンヌ・フォス(ヴィスマ・リースアバイク)と並んでオランダ開幕の主役候補に挙がっていたスピードガールは、第1・第2ステージを連勝。今季は呼吸器系の疾患に苦しんでいたが、完全に自信を取り戻しマイヨ・ジョーヌにも袖を通してみせた。
第4ステージではプック・ピーテルセ(フェニックス・ドゥクーニンク)が、フォレリング、ニエウィアドマとの競り合いを制し優勝。最終的にヤングライダー賞のマイヨ・ブランを獲得し、鮮烈な印象を与えた。今季はワンデーレースでたびたびトップ10入りし、パリ五輪ではマウンテンバイク・クロスカントリーで4位。オフロード兼任の注目株だ。
セドリーヌ・ケルバオルがフランス人勝利をもたらした
第6ステージはセドリーヌ・ケルバオル(セラティジット・WNTプロサイクリングチーム)が、第7ステージではジュスティネ・ヘキエーレ(AGインシュランス・スーダルクイックステップ)がそれぞれ逃げ切り勝利。たびたびの逃げが奏功し山岳賞のマイヨ・アポワを手にしたヘキエーレは、当初は出場メンバーに入っておらず、開幕直前の緊急招集からの大活躍だった。
また、ウィメンズプロトンのキャプテンであるフォスは、貫録のマイヨ・ヴェール受賞。登坂区間が増えた第4ステージ以降、コールが苦戦(第7ステージでリタイア)したこともあり、上位フィニッシュを続け、中間スプリントでもポイントを重ねたフォスにスピードスターの称号が与えられた。
大会を主催するA.S.O.(アモリ・スポル・オルガニザシオン)は、3年間の成功を受けて2025年からの規模拡大を目指すとしている。次回はブルターニュをスタートし、全9ステージで構成される見通しだ。一方で、今大会の第2・第3ステージのような「1日2ステージ」の運用は、ライダーやチームに限らず、主催者やメディアにとっても物流上の不便が生じる結果となり、次回以降の課題として議論の必要性があると認めている。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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