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【Cycle*2024 ツール・ド・フランス2024 レースレポート:第5ステージ】マーク・カヴェンディッシュが通算35勝目 メルクスを上回るステージ通算勝利数新記録達成! 「フィジカル的には衰えているけれど、頭を使えば勝つことができると証明できた」
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介ツール・ド・フランス ステージ優勝35回目の新記録樹立の瞬間
ついにこの日が訪れた。ロードレース史に残る大きな1日が。エディ・メルクスと並ぶステージ通算34勝としていたマーク・カヴェンディッシュ (アスタナカザクスタン)が、大記録を達成。39歳、15回目のツール出場にして到達した35勝目は、もちろんスプリント。フィニッシュまでの200mは、完全に彼のものだった。そしてわれわれは、歴史の証人となった。
「調子の悪い日があっても、マインド次第で乗り越えられると分かっている。トライし続ければチャンスがあることも分かっているよ。フィジカル的には他の選手が勝っているかもしれないけれど、それなら頭を使えば良い。今日の勝利はその証明になったんじゃないかな」(マーク・カヴェンディッシュ)
ツール・ド・フランスの歴史が大きく変わった1日は、静かに始まった。逃げらしい逃げは見られず、フアン・アユソ(UAEチームエミレーツ)とオイエル・ラスカノ(モビスター)が少しばかり先頭を走ったけれど、のちに集団へ戻っている。177.4kmの行程がほぼ平坦であるから、セオリー的にはスプリンターが主役になる。「逃げたところで…」という思いと、前日のアルプス山脈横断の疲労とがそうしたムードにさせたのだろうか。
それでも、スタートから25kmに達しようかというところで2人がリードを開始した。クレマン・リュソ(グルパマ・FDJ)の動きに、マッテオ・ヴェルシェ(トタルエネルジー)が反応。彼らはコース近くのリヨンの出身。地元アタックは、最大で4分45秒差まで容認され、その後はメイン集団が少しずつタイム差を調整。104.6km地点に設定された1つ目の4級山岳はリュソが、約20km進んだ先の中間スプリントはヴェルシェがそれぞれ1位通過している。
タデイ・ポガチャルは落車の危機を回避
この間、メイン集団では落車が発生。マイヨ・ジョーヌのタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)がギリギリで中央分離帯をかわすと、その後ろを走っていた数人がクラッシュ。その中にはペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)の姿もあったが、ほどなくして集団へ戻っている。
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第5ステージ|Cycle*2024
クレマン・リュソとマッテオ・ヴェルシェは共にコース近くのリヨン出身
フィニッシュまで50kmを切ったあたりからは雨が降り出して、多くの選手がチームカーへ。降雨対応をしている間にも先頭2人とのタイム差は縮まって、結果的に残り36kmでキャッチ。リヨンっ子2人は拳を合わせて、互いの走りを称えた。
この日2つ目の4級山岳を越えたのを機に、各チームがスプリントに向けて隊列を成し始める。残り距離を減らしつつも緊張感が高まっていく。本格的な主導権争いは残り10kmを切ってからで、ヴィスマ・リースアバイクやジェイコ・アルウラーが最前線に構える。残り3.5kmからはヴィクトール・カンペナールツの牽きでロット・デスティニーのトレインが前に出て、その後ろにはアスタナトレインが続いた。
ほぼ平坦のコース!スプリンターが主役の日
「すべてがプラン通りに運んだよ。チームメートがその場の判断でうまく僕を導いてくれた。それからは、どのトレインに乗っても勝てるような感覚があったね」(カヴェンディッシュ)
その通り、残り1kmを示すフラムルージュを過ぎると、カヴェンディッシュみずからマークすべきライバルを選別していった。トレインを乗り換えながら、加速するタイミングを計る。運命の瞬間は、サム・ベネット(デカトロン・AG2Rラモンディアル)をかわし先頭に立ったところでやってきた。
残り200m。緩やかな右コーナーを抜けると同時に前へ。進行方向左側のスプリントラインが空いていると見るや、フリーとなったスペースから猛進。ヤスペル・フィリプセン(アルペシン・ドゥクーニンク)やアレクサンダー・クリストフ(ウノエックスモビリティ)が追ったけど、このスプリントばかりはカヴェンディッシュの執念が何よりも勝った。
ツール・ド・フランス ステージ通算35勝目。
フィニッシュするなり、祝福の嵐。次々と選手たちがカヴェンディッシュのもとへやってきて、新記録樹立を祝った。家族も観戦に訪れていて、栄えのポディウムでは4人の子供たちも一緒に登壇した。
2008年のツール初出場から16年。ステージ4勝と鮮烈なデビューを飾ったときに、この日がやってくると想像していた人はいただろうか。2009年に6勝を挙げたときだって、2011年にマイヨ・ヴェールを獲ったときだって、2016年にマイヨ・ジョーヌを着たときだって、この瞬間をイメージした人はほとんどいなかっただろう。何より、落車負傷や体調不良に見舞われることが増え、キャリアの終わりを囁かれるばかりだった。潮目が変わったのは、2021年大会でのこと。4勝を挙げる復活劇で、勢いのままにメルクスの記録に並んだ。それでも、翌年にはツール出場を逃しているし、現チームに移った昨年は「最後のツール」を謳いながら落車リタイア。大記録の達成は遠い夢のように誰もが思っていた。
大記録を祝福するスプリンターたちのスポーツマンシップ
だが、カヴェンディッシュ本人、そしてチームを率いるアレクサンドル・ヴィノクロフ氏は35勝目を挙げられると信じ続けてきた。昨オフ、予定通りの引退か撤回かで揺れていたカヴェンディッシュに、「こんな形で終わらせないでほしい」と心のままに伝えたのがヴィノクロフ氏だった。
「アスタナカザクスタンは、僕をツール・ド・フランスに連れていくという大きな賭けに出たんだ。それはアレクサンドルの賭けでもあった。ツールの偉大さを知っている男の判断だから、僕はそれに応えたいと思ったんだ。チームとしてどのようにビルドアップしていくのかや、どんな機材をチョイスするのかもすべて時間をかけて考えてきた。その成果が今日の結果ではっきりした」(カヴェンディッシュ)
35勝目を挙げるため、ありとあらゆる手を尽くしてきた。バイクに装着されるボトルはタイムトライアル用のエアロタイプを採用し、足元のエアロ効果をもたらすためにシューズのボアダイアルは布製スリーブで覆った。極め付きはソックスで、カスタムメイドのエアロ仕様は販売価格にして1000ポンド(約20万5000円)に迫る代物だという。勝つために細部まで惜しまない。その姿勢は、彼の言う「フィジカル的には他の選手が勝っているかもしれないけれど、それなら頭を使えば良い」につながってくる。
「メルクスとの勝負ではなく、純粋に“勝ってキャリアを終えよう”と話していたんだ。絶対に実現できると思っていたよ」(アスタナカザクスタン ゼネラルマネージャー:アレクサンドル・ヴィノクロフ氏)
思えば、ヴィノクロフ氏はキャリア最終年の2012年にロンドン五輪で金メダルを獲得。“勝ってキャリアを終えた”体現者だ。そんな彼が言うのだ。ときに移籍先探しに苦労し、ときに落車したまま終わりかけるなど、キャリアのピンチに陥ったロードレース界のスーパーヒーローを奮い立たせられるのは、彼しかいなかったのかもしれない。
スタート前のマーク・カヴェンディッシュ
苦難の末に到達した大記録。ただ、取り巻く環境は勝手なもので、すぐに新たな勝利を望んでしまう。36勝目はあるだろうか。いや、あるはず。その気になったら誰も止められない。若い時からそうだったではないか。この先のステージでは、自身の記録更新のチャレンジとともに、キャリア終演への花道になる。
●ステージ優勝 マーク・カヴェンディッシュ(アスタナカザクスタン)コメント
「ここまで僕を支えてくれたすべての人々の勝利だよ。特に今のチームでの2シーズンを支えてくれた人たちに感謝を伝えたい。みんなで喜ぶことも大事だけれど、寄り添い合うだけで僕は満足なんだ。僕には素晴らしい家族がいる。
今日のスプリントにあたっては、チームメートがすべてを注いでくれた。ただ、ここはツール・ド・フランス。まずは落ち着いて、自分が果たすべき仕事に集中した。もちろんチームメートに強い信頼を置いていたよ。
今年は家を空けることが多く、僕も家族も普通の生活を送りたいと考えてきた。一方で、今日のような勝利をみんなで共有することも僕にできる父親としての役割だと思っている。一昨年はツールに出られず、昨年は落車。ただ、僕自身に戦える力がまったくなくなったという訳ではなかった。やるべきことをしっかりやって、今日の勝利につながっている。
もちろんもっと勝ちたい。それがスプリンターの使命だし、ツール・ド・フランスが大好きだから。そして、ニースまでたどり着けるよう全力を尽くすよ」
●マイヨ・ジョーヌ タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「マークは僕が自転車に乗り始めた頃からのヒーローなんだ。それが今では友達なんだからね。レースを終えて、彼は僕に“記録をやぶらないでね”と言ってきたけど、さすがに僕がこの記録を破るのは無理だと思う。
第7ステージ? まだタイムトライアルについては考えていないよ。レムコにピッタリのコースに思えるし、彼がかなり速いタイムを記録しても何も驚かないよ。」
●マイヨ・ヴェール ビニヤム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティ)コメント
「今日はこのジャージを狙っていた。スプリントでもっと良い成果を上げたかったけれど、目標は果たせてよかった。ステージ優勝のチャンスは今後何度かあると思う。
マークは僕が10歳の頃からの憧れで、いつも彼のように強くなりたいとおもっていた。だから、彼が大記録を打ち立てたレースに出場ができてとてもうれしいし、マークにもおめでとうを伝えたい」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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