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【ジロ・デ・イタリア2024 レースレポート:第12ステージ】勝利のドラマはいつだってエモーショナル。“想定外”の大逃げからステージ優勝のアラフィリップ「一生忘れられない日になりそうだ!」
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介史上109人目の三大ツール区間優勝者となったアラフィリップ
サイクルロードレースを知る者なら誰もが無謀だと思う逃げだった。監督でさえもチームカーからの無線で「後ろに戻れ」と指示したほどだ。しかし、当の本人は「戻るくらいならこのまま逃げた方が良い」とまで言って前へ、前へと突き進んだ。その先にあった大勝利は、紛れもなくみずからの力で引き寄せたものである。大会前の目標であったというジロ・デ・イタリアのステージ優勝を果たし、史上109人目となるすべてのグランツール勝者となった。
アドリア海沿いを北上しながら丘陵地を進んだ193kmの第12ステージ。集団に対して十分なリードを得た逃げメンバーによるステージ優勝争いとなって、終盤の急坂区間で独走に持ち込んだジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)が会心の勝利。ジロでは初めて、キャリア通算では42勝目を挙げた。
「本当にうれしいよ! 初めてジロのスタートラインに立った時から、この瞬間を夢見ていたんだ。実現してどうかって? 言葉では言い表せないよ。感動的で、一生忘れられない1日になりそうだ」(アラフィリップ)
途中でアラフィリップがペースアップし、マエストリ以外を突き放していく
激しい出入りが繰り返された序盤を経て、逃げ狙いの大人数のパックが形成され始めたのがスタートから50km過ぎ。ちょうど丘陵地帯に入ったところで局面は動き出す。前線に加わったメンバーから、アラフィリップとミルコ・マエストリ(ポルティ・コメタ)が抜け出して2人逃げの態勢に。その40秒ほど後ろでは、2つの大きなパックが合体し36人による第2グループが形成された。
この時点でアラフィリップはチームカーから後ろへ戻るように指示されている。しかし、ここでのみずからの判断がその先の大仕事へとつながった。
「その時点で45秒リードしていたようなのだけれど、ならばそのまま行った方が良いと思ったんだ。“調子が良いからこのまま走るよ”と返事して走り続けた」(アラフィリップ)
アラフィリップ自身も、大人数で逃げられるならそれに越したことはないと考えていた。ただ、「最初に組まれた逃げの連携が良くなかった」。それであれば、同じ考えを持った2人で逃げた方が得策だと見た。マエストリは最良にして最高のパートナーだった。
「上りのたびにとても苦しくなって、何回も“もうダメだ”と思った。でもアラフィリップが何度も助けてくれて、一緒に逃げようと励ましてくれたんだ」(マエストリ)
登坂で力の差が明白になる両者だが、立て続けに出てくる4級山岳ポイントをマエストリに譲りながら、アラフィリップは逃げの態勢を崩さないよう努める。追走には第1ステージで勝っているジョナタン・ナルバエス(イネオス・グレナディアーズ)や、第5ステージで逃げ勝ったバンジャマン・トマ(コフィディス)らが控えている。それでも、勢いは先頭の2人が勝っていた。いつしかタイム差は1分40秒を超え、追走メンバーから散発的にアタックが出始めるなど焦りが見え始める。
やがて追走グループは2つに割れ、前に入った7人が引き続きアラフィリップとマエストリを目指す。後ろに残されたメンバーはやがて追うのをあきらめ、メイン集団の前待ちに切り替え。フィニッシュまで25kmを切った時点で、先頭2人と追走グループとの差は1分5秒。メイン集団はさらに4分後ろとあり、前方2つのパックからステージ優勝者が出るのは濃厚な情勢となった。
100kmを超えた2人の逃げが終わりを迎えたのは、この日の最終登坂モンテ・ジオーヴェだった。山岳にカテゴライズされないものの、最大勾配20%を数える急坂でついにアラフィリップがマエストリを切り離した。逃げている間から脚の差ははっきりとしていたが、ひとりになるのは早いと我慢し続けてきた。フィニッシュまでは残り11.5km。抑えてきた心と体を解放するときがやってきた。
第2集団からトップを追い続けたナルバエス
「正直言うと、後ろとのタイム差がずっと気になっていた。特にナルバエスの存在は脅威だった。だけど勝つために最善を尽くしてきたし、もう行くしかなかった」(アラフィリップ)
追走グループではナルバエスとクインテン・ヘルマンス(アルペシン・ドゥクーニンク)が急坂区間で仕掛けたが、最終盤の下りと平坦でさらに勢いづいたアラフィリップとの差は約30秒とするのが精いっぱい。長時間の逃げを成功させたアラフィリップは、一番にフィニッシュ地・ファーノの街へ到達し、栄えのウイニングライドを決めた。
無印峠でアラフィリップがペースアップ
「勝利を確信したのは最後の500m。情熱と勇気をもって走った結果がこれだよ。僕はただただ純粋にサイクリングをするのが大好きなんだ。余計なことは考えず、思いのままに走る。今日はそれができた。最高のレースだった」(アラフィリップ)
2020年と2021年にはロード世界選手権を制し、プロトンの頂点に君臨した男である。2019年にはツール・ド・フランスで衝撃的な“マイヨ・ジョーヌ・マジック”もあった。いくつものビッグタイトルを手にし、そのキャリアは文句のつけようがない。
ただ何より、「うまくいくとき」と「うまくいかないとき」の波が激しすぎる。近年は後者。たびたび怪我に見舞われ、体調を崩すことも少なくなかった。それはチーム内の序列変化にも表れ、チームオーナーのパトリック・ルフェヴェル氏との確執までささやかれるようになった。実際に今年のシーズンイン時には、「パーティーへの出席が多く、アルコールを口にしていることが多すぎるのではないか」とルフェヴェル氏が公の場で批判する事態まで起こった。
それでも、アラフィリップはブレなかった。
「確かに苦しい時期が長かった。いろいろ言われたりもしたけど、僕から反応することはなかった。静かに、トップレベルに戻るために努力し続ける…やるべきことはそれだけだった。キャリアの下降線? 確かにそうかもしれない。それだってキャリアの一部さ。すべてを受け入れながら走り続けることが大事なんだ」(アラフィリップ)
フィニッシュ後には他の選手たちが次々と彼のもとへと進み、勝利を祝福。観る者だけでなくプロトン内でも愛される男は、同様に自分の前にやってきたマエストリに「一緒に逃げてくれてありがとう」と礼を述べた。強く、心優しき男の姿がついにトップシーンに戻ってきた。完全復活かを問われ、答えに窮しながらも「こういう日が訪れるから走ることはやめられない」と一言。31歳、まだまだ老け込むつもりがないことは確かだ。
アグレッシブに攻めたアラフィリップがジロ初ステージ優勝を果たす
丘陵ステージながら、勝ったアラフィリップの平均時速は46.8kmとハイスピードレースだった。5分25秒後にフィニッシュへとやってきたメイン集団でさえも、主催者が見込んだレース予想時刻よりも速いペースを刻んでいた。
集団は大人数の逃げを容認する一方で、前線に入っていた個人総合11位ヤン・ヒルト(スーダル・クイックステップ)の動向を押さえながら進行。同5位にアントニオ・ティベーリを送り出しているバーレーン・ヴィクトリアスが危機回避のために集団牽引を担って、ヒルトとのタイム差を調整した。ヒルトはチームメートのアラフィリップが先頭を走っていたこともあり、追走グループの抑え役を果たしたのち集団に戻った。最後はリーダーチームのUAEチームエミレーツが集団をまとめてレースをクローズ。タデイ・ポガチャルは問題なくマリア・ローザをキープしている。
「バーレーンが仕事を引き受けてくれたので、僕たち(UAEチームエミレーツ)としては休みながら走ることができた。コースが素晴らしかったしペースが速かったから、今日のレースもあっという間だったね」(ポガチャル)
劇的な1日を終え、次はオールフラットのスプリンター向けステージ。大枠はスピードマンに任せ、総合系ライダーたちはもう少し静穏に過ごすことができそうだ。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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