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【Cycle*2023 ツール・ド・フランス ファム:レビュー】世代交代を象徴したトゥルマレ決戦 デミ・フォレリングが真の女王に! ファンフルーテンは6大会守ったグランツール女王の座を退く
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介総合表彰台 優勝デミ・フォレリング、2位ロッタ・コペッキー、3位カタジナ・ニエウィアドマ
霧のトゥルマレでのアタックは、新時代の到来を明確にした。その事実だけが真っ白な視界を切り裂いていく。長く揺るがなかった女王の座が入れ替わる瞬間を、われわれは目の当たりにした。
第2回のツール・ド・フランス ファムが7月23日から30日の会期で開催され、最高栄誉「マイヨ・ジョーヌ」を賭けた争いは最終日前日の第7ステージで事実上決着。この大会唯一の山岳ステージでデミ・フォレリング(チーム SDワークス)が圧倒的な力を見せつけると、最後までジャージを守り抜いて個人総合優勝を果たした。
「1週間を通して私たちの成し遂げたことには驚きしかありません。毎日ベストを尽くした結果がマイヨ・ジョーヌにつながったのだと思います。上りであそこまで力を出せたことは、私自身が一番驚いています」(デミ・フォレリング)
大会前の注目は、2021年シーズン以降グランツール(ジロ、ツール、ブエルタ)を勝ち続け、昨年はロード世界選手権も加えた「クアドラプル」を達成しているアネミエク・ファンフルーテン(モビスター チーム)と、初のグランツール制覇を目指すフォレリングとの頂上決戦にあった。春まではタイトルを欲しいままにしてきたフォレリングに対し、5月のラ・ブエルタ・フェメニーナではわずかな差で勝ったファンフルーテン。“絶対女王”として君臨してきたファンフルーテンに、フォレリングがかなりの勢いで迫っていることは明白。ツールはブエルタの再戦として大きな意味を持っていた。
フォレリング擁するチーム SDワークス、ファンフルーテン率いるモビスター チームともに、開幕から成果を上げ続けた。前者はフォレリングとの両輪を成すロッタ・コペッキーが第1ステージで会心の走り。フィニッシュ前約10kmで上った3級山岳デュルトルでチームが主導権を得ると、頂上手前でアタック。メイン集団に41秒の差をつけて逃げ切ったばかりか、エーススプリンターのロレーナ・ウィーベスも2位に入る最高の出足。
J SPORTS サイクルロードレース【公式】YouTube
【ハイライト】ツール・ド・フランス ファム 第7ステージ|Cycle*2023
大会ディレクター マリオン・ルスがスターターを務める
「このステージでの成功が、ツール全体を素晴らしいものへと導いたのだと思います。すべてが非常にうまくいくきっかけになりましたね」(ロッタ・コペッキー)
第2ステージはモビスター チーム。終盤の3級山岳トレビアックで絞られた集団で、ファンフルーテンとフォレリングがみずから主導権争い。最後はマイヨ・ジョーヌを着るコペッキーがステージ2連勝に向け腰を上げたが、その脇からリアヌ・リッパートが伸びた。大会序盤の2日間で、両チームの状態の良さがはっきりとなった。
「上りスプリントで勝てたなんて信じられません。得意なのは長い上りで、今日のフィニッシュのようなレイアウトはそれほどでもないので…実感するまで時間がかかりそうです」(リアヌ・リッパート)
スプリンター有利のステージが多いとされた今大会にあって、ピュアなスピードウーマンが力を発揮したのは、実質第3ステージだけだった。そこで魅せたのが、ヨーロッパ女王のロレーナ・ウィーベス(チーム SDワークス)。逃げるジュリー・デウィルデ(フェニックス・ドゥクーニンク)が粘りに粘り、吸収までに手間取ったメイン集団はフィニッシュ前150mでようやくキャッチ。それまでに消耗してしまったチーム ディーエスエム・フェルメニッヒやリドル・トレックに代わって、マイヨ・ジョーヌのコペッキーがリードアウト。背後から飛び出したウィーベスが、スプリントステージを席巻した昨年に続くステージ勝利を挙げた。
もし今大会を表す一言があるとするなら、“勇気”ではないだろうか。それくらいに、大会中盤戦は勇気あるアタックから勝機を得る選手たちが輝いた。第4ステージでは、最大14人の逃げグループから飛び出したヤラ・カステレイン(フェニックス・ドゥクーニンク)が独走勝利。シクロクロスで名を馳せる25歳は、期間中のたびたびのトライが実を結んで今大会のスーパー敢闘賞にも選出された。
「8日間を走り終えても、ステージ優勝の実感がないのです。勝ったり、クラッシュに巻き込まれたり、タイムトライアルで苦しんだり(第8ステージ112位)と浮き沈みがありましたが、最後まで戦い抜きました。スーパー敢闘賞はチームのみんなでお祝いしたいですね」(ヤラ・カステレイン)
ひまわり畑を通り過ぎるプロトン
第5ステージでは、リカルダ・バウエルンファイント(キャニオン・スラム レーシング)がフィニッシュまでの35kmを独走。チームは当初、逃げに選手を送り込む予定だったが失敗。メイン集団を牽いて先行する選手たちを捕まえた後は、彼女がアタックするプランに切り替えていた。
この大会4回目の逃げ切りが第6ステージ。エマセシル・ノルスゴー(モビスター チーム)が迫りくるメイン集団をかわして、一番にフィニッシュへ到達。今大会最後のスプリントチャンスに燃えた選手たちを振り切った。これまではスプリンターとして走ってきたノルスゴーだが、ライバルの台頭や自身の怪我などで変化を受け入れる必要に迫られていた。
「私の脚質はもうスプリンターとは言えません。それを受け入れるために逃げにチャレンジしたようなものでした。ただ、本当に勝てるなんて…信じられません!」(エマセシル・ノルスゴー)
ここまでの間、コペッキーが第1ステージからのリードを守り、マイヨ・ジョーヌを着続けてきた。ただ、チーム SDワークスとしては波のある日々を送っていた。第4ステージではフォレリングがカステレインの存在に気づかぬままフィニッシュし、自身初のステージ優勝を逃したことに失望。第5ステージでは、2日前に勝ったウィーベスが胃腸炎で未出走。さらには、パンクによる車輪交換を行ったフォレリングがチームカーのスリップストリームを利用したとして、200スイスフランの罰金と20秒のペナルティタイムが課された。その際に第1監督のダニー・スタム氏が危険な運転をし、レース後にはコミッセール(審判団)に感情的な言動を行ったとして、大会から除外されている。
良い形でステージ2勝を挙げてムードが高まるモビスター チームと、同じくステージ2勝ながらどこか落ち着かないチーム SDワークス。両チームの空気感は、トゥルマレ登頂に直結するのでは…との見方もあった。
迎えた今大会のクイーンステージ。先に主導権を得たのはモビスター チームだった。逃げをすべて捕まえて登坂に入った1級山岳アスパンで、ファンフルーテンのためにペーシング。レース前半に落車し膝を負傷したリッパートが流血を押して牽引する。その流れから、頂上5km手前でファンフルーテンが仕掛けると、フォレリングとカタジナ・ニエウィアドマ(キャニオン・スラム レーシング)が反応する。
霧のトゥルマレでアタックしたフォレリング
ニエウィアドマが得意の下りで加速する一方で、ファンフルーテンとフォレリングはお見合い状態に。フォレリングが先頭交代を拒否し続け、それならばとファンフルーテンもペースを落とした。
「その段階でマイヨ・ジョーヌ(コペッキー)が後ろのグループにいたので、私としては先頭交代に応じる必要はないと考えていました。チームとしてジャージを守らなければならなかったので、私ひとりでリスクを負うことは避けたかったのです」(フォレリング)
「何度も“行かないの?”と聞いたのですが、彼女は“行かない”と。“だったら私も前を追うことはしないよ”と彼女に告げて集団に戻ることにしました」(ファンフルーテン)
ニエウィアドマが1分近いリードを得て、運命のトゥルマレへ。数的優位なチーム SDワークスは、マーレン・ローセルを牽引役に立てるとあっという間にニエウィアドマとの差が縮まる。しかし、ローセルが役目を終えると再び牽制状態になり、ニエウィアドマのリードが再拡大。ジュリエット・ラブー(チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ)による何度かのアタックが、精鋭グループを活性化させる唯一の手立てとなっていた。
均衡が破られたのは、頂上まで6kmを残すタイミングだった。それまで力を溜め続けたフォレリングがついに動いた。それは、ツールの女王へと向かうアタックであり、ウィメンズプロトンにおける女王の座を奪取するアタックでもあった。誰も彼女のスピードにはついていけない。ファンフルーテンでさえも。
1kmほど進んだ先でニエウィアドマをパスすると、あとは濃い霧の中をフィニッシュへまっしぐら。終わってみれば、ニエウィアドマとは1分58秒、何とか3番手で上がってきたファンフルーテンとは2分34秒の差。2日前に与えられた20秒のペナルティなどかき消してしまう、フォレリングの圧勝劇。チームメートのコペッキーからマイヨ・ジョーヌを引き継ぎ、1日を残してツール制覇が決定的になった。
ツール・ド・フランス ファム
「ペナルティの後、チームとは数秒とられた分を数分にして返そうと話していました。20秒なんて関係ない、それ以上のマージンを得られるはずだとみんなが言ってくれたのはうれしかったですね。信じてくれる人たちのために、絶対にやってみせるんだと自分に言い聞かせて走りました」(フォレリング)
最終の22.6km個人タイムトライアルは、十分なリードを持つフォレリングにしてみれば新女王着任のアピールの場。とはいっても、しっかり集中して走り切った。ツール・ド・フランス ファム、そしてグランツール初の個人総合優勝。チームの成功に花を添えるべく、ローセルのステージ優勝に続き、自身が2位、コペッキーが3位で上位独占締めまで演じてみせて。
「起伏の激しい8日間でしたが、チームの強さを示す大会になりました。メンバー同士高め合って取り組んできた甲斐があったと感じています。ツール制覇の実感ですか? まだないんです。スマートフォンに届いているメッセージをすべて読み終わった頃に、勝った実感を得られるかもしれませんね。いまはまだ通知が鳴り続けているんです(笑)」(フォレリング)
個人タイムトライアルでは総合表彰台争いの形勢逆転もあり、コペッキーが個人総合2位を確保。チーム SDワークスがワン・ツーフィニッシュを達成した。
「私は総合成績を狙えるような選手ではないと思っていました。本気で狙おうと思ったら、トレーニングからアプローチを変えていかないといけません。今回はチーム戦術とマッチした結果だと思っています。いつかは個人総合優勝? 当面はクラシックとトラック競技に集中しますよ」(コペッキー)
アスパンとトゥルマレで見せ場を作ったニエウィアドマは、課題とされたタイムトライアルでもまずまずの走りで、個人総合3位を確保。2位コペッキーとのタイム差は0.21秒で昨年と同じ総合成績にとどまったが、充足感に満たされている。
「今シーズン、若い選手とマニュス・バクステッド(監督)が入ってきてチームのムードが大きく変わりました。とても刺激的で、私自身もっと上を目指そうという気持ちになれました。現在28歳ですが、まだまだ強くなれる気がしています」(カタジナ・ニエウィアドマ)
アネミエク・ファンフルーテン
そして女王の椅子を降りることになったファンフルーテンは、最終的に個人総合4位。得意のタイムトライアルで伸びず、総合表彰台に上がることもかなわなかった。それでも、フィニッシュではチームメートやスタッフが待ち受け、トップを走り続けたキャリアを祝福された。
「最後の2日間で調子を落としてしまったことは本当に残念です。ただ、常にレースに向き合ってきましたし、アスパンとトゥルマレの上りには心を込めました。チームメートの出迎えにも感動しましたね。今大会の結果が優勝でもそうじゃなくても、美しい思い出でいっぱいであることには変わりありません」(ファンフルーテン)
新女王を生んだ今大会。毎ステージ果敢な動きが見られた一方で、スプリンター陣の活躍の場が少なかった。平坦ステージでの動向が注目されたウィーベスは1勝したが、大会前に勝利を量産していたシャーロッテ・コール(チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ)は勝てずに終わった。彼女たちのリベンジロードもここから始まることだろう。
ツールの主役たちは、そのまま世界選手権へとシフトしていく。最強オランダ勢はフォレリングを絶対エースに据える公算で、ファンフルーテンはアシストに回ることを明言。彼女たちにストップをかけようと動くのは誰か。今大会を個人総合78位で終えた與那嶺恵理(ヒューマンパワードヘルス)も日本代表として乗り込む。新境地を開拓したコペッキーは、“本職”のトラックへ。今度はチームの枠を超えて、国の威信をかけて戦うことになる。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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