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【ツール・ド・フランス2023 レースレポート:第10ステージ】走る意味を追い求めて・・・感情を研ぎ澄まし、ステージ優勝にフォーカスしたペリョ・ビルバオが亡き友に捧げる勝利「今日の勝利はジーノ・メーダーのものだよ!」
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介胸に刻まれる「#rideforGino」の文字
「あの日」を境に感情の揺らぎが大きかった。無理もない。その日まで一緒に走っていた友人が世を去ったのだ。何とかしてポジティブに、地元スペイン・バスクでのツール開幕を迎えたけど、目標にしていたはずの序盤2ステージで失敗した。同時に、走る意味を見出し、何を求めていくべきかが見えてきたという。ペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)は、今大会のステージ優勝にこだわった。
ツール・ド・フランスは第2週がスタート。皮切りとなる第10ステージは、中央山塊を行く丘陵ステージ。主催者も認める「逃げのステージ」は、その見立て通りに逃げメンバーによるステージ優勝争いに。最後の6人が競って、スプリントを制したビルバオがキャリア13年目にして初めてとなるツールのステージ優勝を挙げた。
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「僕が走り続ける理由……それはジーノ・メーダーの存在だよ。いつも彼を思いながら走っているんだ。だからツールで絶対勝たないといけなかった。今日の勝利はジーノのものだよ!」(ペリョ・ビルバオ)
第1週の最後に休火山ピュイ・ド・ドームを上ったプロトンは、新たな週の幕開けにも火山にまつわるステージを走る。スタート地ヴュルカニアは、1991年の雲仙岳噴火で命を落とした火山学者クラフト夫妻が発案し、2002年に開園した火山のテーマパーク。そこから80もの火山が連なるユネスコ世界遺産のピュイ火山帯へと入っていく。167.2kmの丘陵コースは、レーススタート早々から1つ目のカテゴリー山岳が出てくるなど、5カ所の山岳ポイントが控える。無印の細かい上りも入れれば無数のアップダウンで、中央山塊らしいタフなコースだ。
レースが始まると、当初の予想通りにアタックの応酬。数人がパックを組んで先行しかける局面も多くあったが、どれも完全に容認を得るところまでは至らない。
そうこうしている間に、ポガチャルもアタック。ここはさすがにヴィンゲゴーも反応する。追随した選手たちも含んで約20人の精鋭グループに。
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第10ステージ|Cycle*2023
「タデイ(ポガチャル)はスタートからアタックしていたんだ。当然ついていく以外選択肢はないよね」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
一方で、このグループに乗り遅れたジャイ・ヒンドレー擁するボーラ・ハンスグローエが大急ぎで追走を開始。出入りの連続とハイペースに、ダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ)やロマン・バルデ(チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ)といった個人総合上位勢、ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)といった注目選手が後方に取り残されてしまい、前線復帰を急ぐ場面も見られた。
なおもアタックとキャッチが繰り返されたが、スタートから45kmほど進んだところでビルバオら8人が抜け出すことに成功。約30秒差でジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)ら6人が追走。ヴィンゲゴーとポガチャルらの精鋭グループは後続を待つ判断をし、59.9km地点に置かれた中間スプリントポイントを前にレース全体がいったんの落ち着きを見ることとなった。
やがて追走メンバーが先頭グループにジョイン。この日最大の14人がレースを先導する。メイン集団は、リーダーチームのユンボ・ヴィスマがコントロールを担い、先頭との差を3分台で調整する。
レースは後半に入り、フィニッシュまで45kmほどとなったところで、下りを利用してマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)が集団から抜け出す。逃げというほどの動きではないものの、ユンボとしてはアシスト陣の脚を休められる効果的なものに。代わってイネオス・グレナディアーズが集団牽引を行って、ワウトとマチューを追う。残り30kmを切ったところでワウトは集団に戻り、再びペーシングを担っている。
「たまたまだったんだ。マチューはヤスペル(フィリプセン)のケアをしていたんじゃないかと思う。僕が彼の後ろに入った時に、集団と差が広がったからそのまま行こうとね。結果的にチームを助けられたなら良かったよ」(ワウト・ファンアールト)
この間、先頭グループでも次なる局面を迎えていた。クリスツ・ニーランズ(イスラエル・プレミアテック)が、この日最後のカテゴリー山岳である3級のシャペル・マルクスでアタック。先頭グループを崩し、独走態勢に持ち込んだ。
「独走にするなら上りの入口で仕掛けるべきだと自分に言い聞かせたんだ。作戦自体は悪くなかったと思う。いけると思ったんだけどね」(クリスツ・ニーランズ)
依然、ユンボ・ヴィスマがコントロールするメイン集団との差は3分台で変わらず、前を走る選手たちからステージ優勝者が出るのは濃厚に。先を急ぐニーランズを、ビルバオ、エステバン・チャベス(EFエデュケーション・イージーポスト)、ベン・オコーナー(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)、ゲオルク・ツィマーマン(アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)、アントニオ・ペドレロ(モビスター チーム)がパックを組んで追いかける。一時は約30秒まで開いた差は、残り10kmを切って約15秒。
「追走グループは協調が保たれていて、彼に追いつけるだろうと感じていた。ニーランズのアタックは素晴らしかったけど、ひとりになってから逆風を受けすぎたんじゃないかな」(ビルバオ)
残り5kmで8秒差。そして、残り3kmでついに追走グループが追いついた。30秒後ろではジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)らが追っているが、合流することはなさそうだ。ステージ優勝は、6人のうちの誰に。
まず仕掛けたのはオコーナー。残り1.7kmでのアタックはすぐにビルバオがチェック。残る4人も追いつくと、今度はツィマーマンがカウンターアタック。ここもビルバオが反応すると、他の4人との差が生まれる。最後の1kmを迎えて、ツィマーマンとビルバオのマッチアップの様相になった。
「最後の3kmは自分が一番だと確信していた。ツィマーマンのアタックはかなり強力だったけど、とにかく自分が持っているすべてのエネルギーを振り絞れば勝てると思っていたよ」(ビルバオ)
ビルバオとツィマーマンが牽制する間にオコーナーが追いついたが、同時にツィマーマンがスプリントを開始。ピッタリとマークしていたビルバオは同時に加速すると、すぐにトップに立ってフィニッシュへまっしぐら。ツールでは初めてとなるステージ優勝の瞬間だ。
「今日の目標はステージ優勝だった。昨日(休息日)のライドでスタートからの40kmをチェックして集中力を高めていたんだ。チーム全体が積極的で、あるタイミングでは5人がアタックしていた。きっとうまくいくと思っていたけど、本当にその通りになったね」(ビルバオ)
プロ13年目の33歳。エウスカルテル・エウスカディ、カハルラル・セグロスRGA、アスタナ プロチームと渡り歩き、2020年に現チーム入り。以来、チームの主力としてグランツールやステージレースでエースとして走り、ジロ・デ・イタリアでは過去3度個人総合トップ10入りしている。ツールでも2021年に個人総合9位で終えている。
今大会も少しずつ個人総合順位を上げて、このステージ優勝と同時に5位に浮上した。ただ、いま見ているものはそこではない。
プロ13年目にしてツール区間初優勝ペリョ・ビルバオ
「確かに総合も大事だね。でも、今日のところはステージ優勝を優先した。この選択は絶対に間違っていないと思う。特に今回は勝たないといけなかったんだ。そう、ジーノ・メーダーのためにね」(ビルバオ)
6月のツール・ド・スイス第5ステージで落車し、翌日に息を引き取った、チームメートであり、友人でもあったメーダーを思いながらこのツールを走ってきた。チームは「#rideforGino」をテーマに今大会に臨んでおり、レース後のポディウムでビルバオはジャージに記されたそのフレーズに指をやった。メーダーが取り組んでいた慈善事業にとりわけ影響を受けていたのもビルバオで、この大会の開幕時には、各ステージで自身より後ろでフィニッシュした選手数に応じて1ユーロずつ寄付する考えも示している。メーダーに倣ったその取り組みで、森林伐採されたアフリカの荒野を買い取り、木を植えるプランを持つ。
このステージだけで、ビルバオは168ユーロ寄付することができる。
「自分が歩んでいる人生を愛しているし、サイクリングも大好き。でも彼を失って以来、感情をコントロールできなくなっていた。だけど、今日ばかりはレースそのものと逃げ切ることに集中できていたんだ。だから、勝った瞬間には自分でも信じられないくらい感情が爆発したよ。バスク開幕の喜びもそこに合わさったのかもしれないね。本当にうれしかった」(ビルバオ)
ビルバオの歓喜から2分53秒後、メイン集団がフィニッシュへ到達した。ビルバオの総合ジャンプアップによってカルロス・ロドリゲスのランクダウンを避けたかったイネオス・グレナディアーズが終盤を率い、最終局面ではワウトが牽引役を引きついでレースをクローズ。ヴィンゲゴーとポガチャルも危なげなく走り終えて、総合タイム差17秒を維持。ヴィンゲゴーが引き続きマイヨ・ジョーヌを着用する。
「コースプロフィールを見たときから、難しいステージになることは分かっていたよ。そこに暑さが加わって一層厳しいレースになったね。それでも、途中で他チームの助けを得られたし、個人的にも暑さには対処できているよ。今の調子を維持したいね」(ヴィンゲゴー)
次の第11ステージは平坦。現地では「ワウトが大会を去るのではないか?」とまことしやかにささやかれていたのだけれど、本人が否定。何やら、ツール閉幕後に予定日となっている妻の出産が早まるようなら離脱するだろう……という話が大きくなってしまったよう。しかも、その発信元がマティアス・スケルモース(トレック・セガフレード)が自国テレビ局のインタビューによるもの、というのがどうにも不思議である。
「そんな話をしたことすらなかったから、フィニッシュしてすぐに伝えられてビックリしているんだよ。妻とは毎日連絡を取り合っていて、とても順調だよって。スケルモースとは話をしたことすらないんだ。何で彼が僕のプライベートを知っているのだろうね(笑)」(ワウト・ファンアールト)
●ステージ優勝 ペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)コメント
「このステージは僕にとって狙い目だった。ユンボ・ヴィスマが逃げを容認するタイミングでうまく動きたいと考えていて、まさにその通りになったんだ。
(クリスツ)ニーランズのアタックは素晴らしかったね。でも、彼はひとりになってから逆風を受けすぎたと思う。追走グループは協調が保たれていて、彼に追いつけると思っていた。最後の3kmは自分が一番だと確信していたし、オコーナーやツィマーマンのアタックにも冷静に対処できた。最後のスプリントは何も考えていなかったよ。ひたすら踏み続けただけさ。
最近は何のために走っているのかをよく考える。答えはいつもひとつで、ジーノ・メーダーのためなんだ。いつだって彼のことを忘れたことがないよ。でもやっぱり感情のコントロールが難しくて、目標にしていたはずのバスクでの2ステージで失敗してしまった。それでも、チャンスがめぐってくるのを待って、目標に向かって走ろうと決めたんだ。ツールを勝つのに13年かかったよ。時間がかかればかかるほど、感謝を伝えるべき人がたくさんいるし、一緒に喜び合える人が増えるんだよね。そして何より、この勝利はジーノのものさ。このツールのことは一生忘れないよ」
汗を拭うマイヨ・ジョーヌ
●マイヨ・ジョーヌ ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)コメント
「コースプロフィールを見たときから、難しいステージになるであろうことは分かっていたよ。そこに暑さが加わって、一層激しいレースになった。タデイ(ポガチャル)はスタートからアタックしてきたので、ついていく以外の選択肢はなかったんだ。
逃げが大差にならないようにだけ注意していたけど、ありがたいことに他チームも集団内で助けてくれたんだ。トラブルなく走り終えられたことを喜びたいね。暑さにもうまく対処できているし、今の調子を維持できれば大丈夫だろうね」
●マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)コメント
「もっと楽に走れると思っていたんだけどね(笑)。ツール・ド・フランスは奥が深いよ。僕にもまだ知らない領域がたくさんあるみたいだ。今日は自分が経験してきた中で一番厳しいステージだったかもしれないよ。無事に終えられてホッとしている。
ヨナス(ヴィンゲゴー)も僕も、互いに意識し合っているね。間違いないよ。ツールが終わるまでこんな感じさ」
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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