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【Cycle*2022 ブエルタ・ア・エスパーニャ レースレポート:第6ステージ】Eスポーツ界のパイオニア的存在である26歳ヴァインがプロ初勝利!マイヨ・ロホ奪取のエヴェネプール「大きな夢が叶った」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかレムコ・エヴェネプールと後を追うエンリク・マス
大雨と濃霧の中、非情な選別が行われた。2022年大会最初の難関山頂フィニッシュで、レムコ・エヴェネプールが大多数の総合ライバルをまとめてなぎ払い、記念すべき人生1枚目のグランツール総合リーダージャージを身にまとった。激闘をかいくぐり、単独で山頂にたどり着いたジェイ・ヴァインが、大会史上初の難峠ピコ・ハノ勝者としてその名を刻んだ。
「本当に嬉しいし、総合首位に立てたことが誇らしい。大きな夢が叶った。このために、あれだけ長く、あれほどハードに、練習を積んできた。僕が自転車の上でやり遂げてきた中で、最高の成果のひとつだ」(エヴェネプール)
過酷な1日は、比較的静かに始まった。10選手が早い段階で逃げ出し、マイヨ・ロホほやほやのルディ・モラール擁するグルパマ・エフデジが、集団先頭で隊列を組んだ。「できるだけ長くリーダージャージを守ろう、目標は休息日明けまで」の合言葉のもとに。
最大6分弱のタイム差を本気で縮めにかかったのは、むしろクイックステップ・アルファヴィニルのほうだった。残り100kmを切ると、タイムトライアル巧者レミ・カヴァニャを集団先頭に配置し、勢力的な牽引を始めた。濡れた路面で、水しぶきが勢い良く上がった。チームの一員が前方で逃げているのは、もちろん計算の上だった。
「大きな逃げが出来た場合、チームから1人を送り込む作戦だった。そしてファウスト(マスナダ)が入ってくれた」(エヴェネプール)
終盤の山場が近づくと、イネオス・グレナディアーズが最前列をむしり取ったこともある。エース級のカードを4枚保持する英国勢の急激なスピードアップに慌てたか、濡れたカーブで数人が地面に転がり落ちた。落車が分断を引き起こし、一時はイネオス5人を含む計15人以外の、マイヨ・ロホを含む大多数が後方へ取り残されたことも。
グルパマの尽力で、1級コリャダ・デ・ブレネスの入り口で、メイン集団は一旦ひとつにまとまった。ただし、もはや、レースが落ち着きを取り戻す暇などなかった。山道に入ると同時にクイックステップが先頭を奪い返し、残り41km、レムコを背中に従えたジュリアン・アラフィリップとルイス・フェルヴァーケが強烈なテンポを刻み始めた。しかも、世界王者は、この先30kmにも渡り素晴らしい献身を披露することになる。
「レインボージャージが僕のために一生懸命働いてくれたなんて、本当に光栄だし、感謝してる。今日のジュリアンはファンタスティックだった。彼が今日の結果に大きく貢献してくれたと断言してもいい」(エヴェネプール)
アラフィリップの作業開始とちょうど同じ頃、1分40秒ほど先の逃げ集団内では、マーク・パデュンが加速を切った。ウクライナ独立記念日の翌日、ドンバス地方出身のクライマーは、孤独な長旅へと走り出した。昨季クリテリウム・デュ・ドーフィネで2日連続逃げ切り勝利をさらい、特に2日目は約30kmもの独走の果てだったが……この日はフィニッシュまで40kmを残しての勇敢なる決断だった。
パドゥンは黙々とペダルを踏み続けた。残り35km地点の山頂でも、1分50秒差を保っていた。しかし土砂降りの雨の中、山頂からのダウンヒルが、足枷となった。慎重に下った約15kmだけで、メイン集団ーーこの下りに限ってはバーレーン・ヴィクトリアスが主導権を握ったーーからあっさり1分を失った。それでも全長12.6kmの最終ピコ・ハノ登坂口で、もはや約50秒しか残っていなかったリードを、改めて1分半にまでこじ開ける余力もあった。
逆に上りで先頭集団から滑り落ち、山頂で40秒近い遅れを喫していたモラールは、下りと短い谷間を利用して遅れを取り戻した。今大会はステージ優勝のみに焦点を合わせるティボー・ピノが、わざわざメイン集団から降りてきて、マイヨ・ロホを着るルームメイトのために尽力した成果でもある。
無念にもパドゥンの努力も、モラールとグルパマ勢の奮闘も、最後に報われることはなかった。前者は敢闘賞で満足するしかなかった。後者は再び最後の上りで遅れを喫し、最終的に21秒差の総合2位に順位を下げた。
ピコ・ハノの入り口でアラフィリップが全力を振り絞り、そして静かに後退していくと、「前待ち」していたマスナダが最後の力をエースに費やす番だった。ところが2日連続で逃げたイタリアンクライマーの背後で、エヴェネプールがタイミングを見定めている間に……残り10km、ヴァインを含む数選手に飛び出す隙を与えてしまう。
「最初の逃げに乗り遅れた。スタートから5kmでパンクしてしまったせいなんだ。でも逃げが行ってしまった後も、もしも追いついた場合に備えて、チームのみんなが僕をサポートし続けてくれた。前にパドゥンがまだ残っていることは分かっていたから、タイム差を埋めるためには、早めに仕掛ける必要があった」(ヴァイン)
「幸いにも」総合13分遅れだったヴァインは、まんまと総合本命たちの監視レーダーをすり抜けた。その後に独走に切り替えると、あとは後方で勃発する総合争いを尻目に、ひたすら前に意識を集中し続けた。ズイフトアカデミーの2020年勝者としてプロ契約を勝ち取り、UCI自転車Eスポーツ世界選手権の2022年覇者でもあるヴァインは、室内のローラー台ではなく、屋外のロードバイクでも驚異的な走りを実現させた。残り6.5kmで目論見通りにパドゥンを抜き去った。なにより残り9kmで攻撃に転じたエヴェネプールに、深い霧に紛れて、最後まで決して追いつかれはしなかった!
ジェイ・ヴァイン
「なんだか現実離れしている。ラスト10kmでメイン集団から飛び出して勝利を手にしたなんて、信じられない。これまで何度もあとわずかのところまで迫ったからこそ、1年間この大会のためだけに準備を積み重ねてきたからこそ、今回の勝利が特別なものに感じる」(ヴァイン)
Eスポーツ界のパイオニア的存在である26歳ヴァインが、人生2度目のグランツールで、現実世界におけるプロ初勝利をもぎ取った。また所属アルペシン・ドゥクーニンクに、チーム史上初めてのグランツール難関山頂フィニッシュ勝利を献上した。ちなみに未だ「ワールドチーム」ではない同チームは、これにて2年連続、年間3大ツールで少なくとも1つずつ区間を制したことになる。
このヴァインが飛び立った直後、総合争いも、いよいよ動き始めた。サイモン・イェーツのアタックが引き金となった。総合エースたちは慌てて前方へ詰めかけた。その時だ。残り9kmのアーチの下で、エヴェネプールは力強い加速に踏み切った。
「天候も自分の感覚も、その場に行ってみないと分からなかい。だから何も詳しいことは決めていなかったんだ。実際の行動に移すというのは、いつだってデリケートなものだから」(エヴェネプール)
爆発的アタック……と言うよりも、本気の登坂タイムトライアルに切り替えたレムコに、もはや駆け引きも細かい戦術も必要なかった。いつもの通り、高速走行を維持する底知れぬ体力と精神力とを発揮するだけでよかった。すぐに後輪に張り付いたプリモシュ・ログリッチやイエーツも、粘り強さを示したパヴェル・シヴァコフやベン・オコーナーも、レムコの刻むテンポに次第に耐えられなくなっていった。
マイヨ・ロホを着たレムコ・エヴェネプール
「天候のせいで誰もが苦しんでいた。僕自身は足の調子が良かったから、なにか試す価値があると考えた。良い決断だった。最終的に1人しかついてこれなかった」(エヴェネプール)
そう、エンリク・マスだけは、ぴたりと後輪に張り付いてきた。あらゆる総合ライバルが後方へと遠ざかっていく中で、最終7.5kmに渡って、決してレムコから振り落とされることはなかった。かといって1度もマスが前を引くこともなかった。
「前を引くよう頼んだよ。でも彼は決して引いてはくれなかった。でもそんなことはどうでもいい。最も大切なのは他のエースたちからできる限りのタイム差を奪うことだったから」(エヴェネプール)
その「他のエース」たちは、追走の責任をこぞってログリッチに押し付けた。ただ3連覇中のディフェンディングチャンピオンであり、第4ステージにはマイヨ・ロホもまとった偉大なるチャンピオンだけが、自慢のチーム力に頼れぬ中、孤独に「ラインまで全力を尽くした」。
4枚のカードの中でも最強エース級リチャル・カラパスがラスト8kmで姿を消しながらも、シヴァコフ、テイオ・ゲイガンハート、カルロス・ロドリゲスの3人を残していたイネオスも、ジャイ・ヒンドレー&ウィルコ・ケルデルマンのボーラ・ハンスグローエダブルエースも、数的有利に頼らず、ログラの作業を後ろからじっと見つめ続けた。唯一の例外が19歳のフアン・アユソで、今ブエルタ最年少参加選手は、思い切って単独追走に切り変えている。
真っ白な霧の中でヴァインが誰にも見えないウィニングポーズを決めてから15秒後、エヴェネプールが山頂にたどり着いた。その1秒後にマスは満足なステージを終え、アユソは40秒後(区間覇者から55秒後)にラインを越えた。そしてレムコから遅れること1分22秒。ログリッチ率いる11人の集団がようやく苦しい試練から解放された。カラパスに至ってはさらに1分22秒付け加えねばならなかった。
モラールがレムコから4分30秒以内に山頂にたどり着かなかった時点で(4分51秒遅れ、区間勝者から5分6秒遅れ)、初日から6日連続のマイヨ・ロホ交代が決まった。これは全77回のブエルタの歴史の中で初めての珍事であり、ジロ、ツールを含むグランツールでは1958年ジロに次ぐなんと史上2回目とのこと。さすがに史上初の7日連続……は、ないと思いたい。
同時に白い新人ジャージも手に入れたエヴェネプールは、総合2位モラールに21秒、3位マスに28秒のリードを有する。また4位ログリッチには早くも1分01秒差を押し付けた。1分12秒遅れの総合5位にアユソがつけ、イネオスはシヴァコフ&ゲイガンハートが1分27秒差で並ぶ。
「ブエルタはまだ終りには程遠い。この先も長く厳しい日々が待っている。でも1つだけ確かなことがある。できる限りながくマイヨ・ロホを着るために、今後は全力を尽くす」(エヴェネプール)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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