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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第16ステージ】ジロの名峰モルティローロを制圧したヤン・ヒルトがグランツール区間初勝利「僕は最高に嬉しくて、キャリアを終えたくなんかない!」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかヤン・ヒルト
モルティローロへの愛を貫いた。長く辛い山越えの果てに、ヤン・ヒルトが3度目の正直を成功させた。メイン集団ではいくつかの作戦は不発に終わり、熾烈な睨み合いに終始しつつ、ついに上位4人が総合表彰台候補に絞り込まれた。ライバルに貴重なボーナスタイムを奪われたが、リチャル・カラパスはマリア・ローザを3秒差で守りきった。
「ジロの歴史を象徴する山だし、勾配10%を超える登りも好き。だからジロがモルティローロを通るたびに、僕は逃げたい欲求に駆られる。ここで逃げたのは3度目。モチベーションを掻き立てられる山なんだ」(ヒルト)
3週間の戦いも、いよいよ最終週へと走り出した。季節外れの暑さは、ようやく峠を越えたけれど、ジロの戦いの方は、これからが本格的な峠越え。しかも、この日の道の上には3つの1級峠がそびえ立ち、獲得標高は5000mという、恐るべき山の地獄が待ち受けていた!
スタート直後には、マチュー・ファンデルプールはおろか、マーク・カヴェンディッシュさえ逃げ出す一幕も。ただし上り基調の道で、激しい出入りを40km以上も繰り返した末に、平地巧者たちは後方へと弾き飛ばされた。最初の1級峠へと上り始めると、22人の大きな逃げ集団が出来上がった。
16チームが選手を送り込んだ先頭集団は、もしも並行世界というものが存在するならば、「マリア・ローザ集団」であってもおかしくはなかった。なにしろグランツール総合優勝経験者のアレハンドロ・バルベルデとサイモン・イェーツ、総合表彰台経験者のウィルコ・ケルデルマンとヒュー・カーシー、さらにはジュリオ・チッコーネ、ギヨーム・マルタンと、ゼッケン下一桁「1」のエースたちが前方に集結したのだ。
山岳ジャージを追い求めるクライマーにとっても、最高120ポイントを回収できる今区間を、逃すわけには行かなかった。エトナ山征服後に3日間山岳賞首位に居座ったレナード・ケムナと、大会7日目の優勝+15日目の逃げで青ジャージを身にまとうクーン・ボウマン、そしてその第15ステージ優勝で山岳賞への足がかりを作ったチッコーネが勢揃い。そして1つ目の1級峠では、2019年ジロですでに山岳ジャージを勝ち取ったチッコーネが、すさまじく爆発的な山頂スプリントを成功させる。
下りの先で、ところが、逃げは分裂を起こした。総合15位テイメン・アレンスマンを中心に、8選手が先行を始めたのだ。残り85km、ジロの名峰モルティローロの山道へと突入するころには、置き去りにしてきた集団にはすでに1分差をつけていた。
ここでも真っ先に我慢できなくなったのがチッコーネだ。前方集団にボウマンとケムナが滑り込んでいたからこそ、これ以上の余裕を与えるわけには行かない。渾身の加速を切ると、追走に乗り出した。後輪にはカーシーとヒルトが飛び乗った。
モルティローロ
ちなみに2019年の、まさにモルティローロが登場した区間で、チッコーネと共に最後まで逃げたのがヒルトだった。2017年でも、やはりモルティローロ+ステルヴィオがセットの第16ステージで、ジロ初出場のヒルトは逃げていた。U23時代にイタリアで2年間走り、ドロミテの山が大好きなのだという。
奮闘したチッコーネが、あとわずかで前に追いつくというタイミングで力尽きた一方で、カーシーとヒルトは落ち着いて先頭への再合流を成功させた。ライバルが1人減ったおかげで、ボウマンは悠々と2つ目の山頂を先頭通過。山岳賞首位の座を確実にし、青ジャージコレクションを4枚に増やした。
7人にまで数を減らした逃げ集団がモルティローロを越える頃、5分ほど背後のマリア・ローザ集団では、アスタナがイネオス・グレナディアーズから最前列をむしり取った。高速隊列を走らせると、ジロ総合優勝2度のヴィンチェンツォ・ニバリを、得意のダウンヒルアタックへと送り出した!
2016年ジロでは、チーマ・コッピからのクレイジーなまでの下りアタックを成功させ、逆転マリア・ローザをさらい取ったニバリだが、モルティローロの「勾配がきつい側」を下ったこの日は、思うような差もパニックも作り出せなかった。たしかにイネオスのアシスト勢は後方へと吹っ飛んだし、総合5位につけていたドメニコ・ポッツォヴィーヴォは地面に転がり落ちた。
しかし、37歳になった「メッシーナの鮫」は、無理強いをしなかった。スピードはいつしか緩まり、イネオスは再び4人のアシストと共に制御権を取り戻した。おかげでポッツォヴィーヴォも一旦は1分近い遅れを埋めることに成功した。
アレンスマン、ボウマン、ケムナ、バルベルデ、カーシー、ヒルト、ワウト・プールスと7人に絞り込まれた逃げ集団から、小さな上りでボウマンが脱落したのだとしたら、ケムナはその下りを利用して他を突き放しにかかった。さらには50秒ものリードを手に、今区間最後の1級峠を上り始めた。
「この先に勾配の厳しい場所があることは分かっていた。そこに差し掛かるまでは、むしろ他の選手と協力しあって行きたかった。でも、ケムナがかなり先へ行ってしまったから、もはやこれ以上は待てなかった。自分で動かなきゃならなかった」(ヒルト)
最後の1級峠は、後半7kmにも渡って平均勾配が10%超が続く。その難ゾーンに差し掛かる直前に、アレンスマンが追走へと乗り出した。そして、残り12.5km、まさにその10%超ゾーンの開始と同時に、ヒルトもまた毅然として加速を切った。
プールスはすでに後方にいる仲間たちの援護へ下がっていた後だった。勝利経験豊富な42歳バルベルデは、「自分のテンポで上り、被害を最小限に食い止める」ことを選んだ。一方カーシーは前を追いかけ始めたが……最終的にはバルベルデがマリア・ローザ集団で賢く1日を終えたのに対して、さらに後方へと沈むことになる。
プロ人生で両手を挙げたのは2回だけ(+2回の総合優勝)で、その2回ともが山頂フィニッシュだったというヒルトは、つまりフィニッシュ手前6.2kmの山頂到着前に前走者2人を回収したかった。望み通りに残り10kmでアレンスマンを、残り8.6kmでケムナをとらえた。さらには11%超の激勾配を利用して、残り8km、2人を振り払った。
「今までのグランツールでは、それほどたくさん逃げに乗る機会をもらえたわけではなかった。でも、現在のチームでは、より積極的に動く自由を与えられている。だから今大会に向けてしっかり準備してきた。体重も落として、高地合宿も組んだ。調子はすごく良かった」(ヒルト)
最後は曲がりくねった下り坂を、ヒルトは単独で突き進んだ。今大会初めての雨で濡れた路面で、ハンドルを取られそうになったこともあった。最終ストレートで2回後ろを振り返り、後方アレンスマンとの距離が十分にあることを把握すると、残り50m、ヒルトはついに生まれて初めてのグランツール区間勝利を確信した。
初のグランツール区間勝利を果たしたヒルト
「人生最高の勝利だ。これが僕のキャリアを変える勝利かどうかはわからない。ただ誰かに『自転車選手として何を成し遂げたいか』と問われるたびに、僕は『ジロのステージが勝ちたい、そうしたらキャリアを終えてもいい』と考えてきたんだ。そして、今、僕は最高に嬉しくて、そしてキャリアを終えたくなんかないよ!」(ヒルト)
7秒後にアレンスマンが区間を終え、そして1分24秒後の区間3位は……バルベルデ+3人にまで数を減らしたマリア・ローザ集団が争うことになる。
残り17kmでプールスが「前待ち」体制に入った頃、後方ではバーレーン・ヴィクトリアスが隊列を組み上げ、物凄いテンポを刻み始めた。すぐに総合2位ジャイ・ヒンドレーや3位ジョアン・アルメイダは孤立させられ、残り12km、ポッツォヴィーヴォは改めて遅れ始めた。
ところがバーレーンも、思い通りに作戦が遂行できたわけではない。細い山道を登坂中に、総合6位ペリョ・ビルバオと4位ミケル・ランダが接触。ビルバオは落車し、ランダも一瞬ブレーキをかけざるを得なかった。両者ともにすぐに走り出したが、すでにプールスはいっぱいいっぱいで、ビルバオも直後に脇へそれた。
残り10kmのアーチ手前で、それでもランダはペダルを力強く踏み込んだ。ただカラパスとヒンドレーは問題なく同伴し、アルメイダはいつもどおり一気に距離を開けられつつも、それ以上は決して離されなかった。
上りではヒンドレーもアタックを試みたし、下りに入るとカラパスが加速を畳み掛けた。しかしカラパス、ヒンドレー、ランダの3人組は常にひと塊のまま。アルメイダはいつだって10数秒後ろを黙々とついてきた。
こんな4人のバランスがようやく崩れたのは、スタートから202km走った末。フィニッシュラインへ向けスプリントを切り、総合首位カラパスと2位ヒンドレーが最後まで競り合い、そして後者が残された3位4秒のボーナスタイムをつかみ取った。
つまり総合順位こそ2位のままながら、ヒンドレーはカラパスとの総合差を7秒→3秒に縮めた。ちなみにカラパスは今大会ここまでボーナスタイムを14秒収集しており、対するヒンドレーは21秒。2020年ブエルタにボーナスタイムのシステムがなければ、8秒リードで総合優勝していたはずのカラパスにとって、これ以上の損失は絶対に避けたい。
ケムナおよびランダと激しく競り合うカラパス
「心配はしていない。まだ難しいステージは残っているし、たくさんの山が待ち構えている。もちろん毎日のボーナスタイムが最終的な総合優勝を左右することも分かっている。だから今後のステージは、できる限り上手くやりこなしたい」(カラパス)
ランダはカラパス&ヒンドレーと同タイムでフィニッシュ。アルメイダは14秒後に区間を走り終えた。アルメイダの総合3位は変わらず、ただタイムは44秒差に後退した。ま位ランダは総合首位との差は59秒差で変わりはないものの、表彰台には15秒差に近づいた。
またモルティローロでの攻撃は成功させられなかったが、最終盤までアルメイダと追走を続けたニバリは総合8位から5位へと浮上。ポッツォヴィーヴォは6位へと一歩後退した。ここまで2度の逃げを成功させ、総合10位で今ステージを走り出したマルタンは、この日は逃げを失敗させ、総合16位へと大きく陥落した。
逆にヒルトは総合9位に浮上し、つまりは人生初めてのグランツール区間勝利を手に入れると共に、人生初めてのグランツール総合ひと桁台入りを成し遂げた!
マリア・チクラミーノのアルノー・デマールは、40人の大きな集団内で、無事にフィニッシュラインへとたどり着いた。序盤に逃げたカヴェンディッシュも6時間半以上もペダルを回し続けた果てに、53分11秒遅れの最終グルペットで、このとてつもない難関山岳ステージを走り終えている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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