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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第15ステージ】荒ぶる山の脚を取り戻したジュリオ・チッコーネが独走で山頂勝利「僕にとって新しいスタートが切れた。新しいキャリアの始まりだ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか勝利の喜びに涙するジュリオ・チッコーネ
拳を振り回し、サングラスを放り投げ、そして男泣き。あらゆる苦しみを乗り越え、荒ぶる山の脚を取り戻したジュリオ・チッコーネが、独走で山頂勝利をもぎ取った。総合を引っ掻き回した熾烈な起伏バトルの翌日、大部分の上位陣は、静かにペダルすことを選んだ。リチャル・カラパスは落車にヒヤリとさせられるも、マリア・ローザの座が揺らぐことはなかった。
「ついに勝利が手に入った。難しい時期をくぐり抜けてきたからこそ、僕には両手を再び天に突き上げる必要があった。沿道からはたくさんの歓声が聞こえた。こんな素敵な感動が、ずっと恋しかった」(チッコーネ)
最終到着地のヴァレーゼまで、残すは1週間。この日からピンクジャージの持ち主が変わったプロトンは、相変わらず目まぐるしいアタック合戦へと飛び出した。スタートからわずか5kmほどで、集団落車が発生し、カラパスが草むらに転がり落ちると、ほんの一瞬だけスピードは緩んだが……マリア・ローザが無傷で走り出すと、すぐに壮大な撃ち合いは再開された。
ステージの先に待ち構える3つの巨大峠へと向かって、マリア・アッズーラが勢力的に動いたのはもちろん、大会3度目の休息日の前日だからこそ、マリア・チクラミーノさえ何度も逃げを試みた。なにより総合の夢破れた選手やチームたちが……自らの誇りを取り戻すために、無我夢中で加速を切った。
うんざりするほどの繰り返しが、延々70km以上も続けられた果てに、ついに突破口がこじ開けられた。最初に5人が抜け出した。少しずつ、グループの規模は大きくなっていった。最終的には28人が最前列へと集結する。するとプロトンは一気にスピードを落とし、イネオス・グレナディアーズの制御のもと、ようやく静かな時間を取り戻した。
またしてもマチュー・ファンデルプールが飛び乗ったし、ジロにはマリア・ローザ争いに来たはずのヒュー・カーシーやチッコーネの姿もあった。逃げグループの総合最上位は11分47秒遅れのテイメン・アレンスマンで、やはり前日に総合1分27秒差から大きく後退したばかりだった。前には22チーム中15チームが揃い、ユンボ・ヴィスマとEFエデュケーション・イージーポスト、モビスター、チームDSMがそれぞれ3人ずつ送り込んだ。
残り76km、1つ目の峠の半ばで、クーン・ボウマンが静かに前方へと抜け出していく。第7ステージを制し、山岳ジャージを2日間着用したユンボのクライマーの加速に、すぐには誰も動かない。おかげでボウマンは単独で山頂にたどり着くと、山岳ポイントを40点回収。奮闘むなしく逃げに乗り損ねたディエゴ・ローザを逆転し、まんまと青ジャージ争い首位の座を取り戻した。
孤独なボウマンに、同じオランダから援軍が駆けつけた。見事なダウンヒルテクニックでファンデルプールが加速を切り、マーティン・トゥスフェルトが後輪に張り付くと、下りで素早く合流を果たしたのだ。しかも逃げで勢力的に仕事を続けてきたユンボとDSMから、前に1人ずつ飛び出していってしまったせいで、後方に残された選手たちは追走が思うようにはかどらない。EFとモビスターが作業の責任を負うも、3人は一時は1分半以上もの差をつけた。
ただし2つ目の山を登り始めた直後、いよいよチッコーネが追走に動きだす。2019年ジロ山岳賞は、残り50km、自慢の脚でスピードを上げた。同年のツール・ド・フランスではマイヨ・ジョーヌさえ2日間着用したイタリアンクライマーに貼り付けたのは、ただサンティアゴ・ブイトラゴとアントニオ・ペドレロだけ。
しかもチッコーネ集団は、たったの2kmで、あっという間に差を埋めた。人生で初めて2週間連続で走り続けているファンデルプールは、無駄な抵抗などせずに後方に落ちていったし、背中に違和感を感じたというボウマンは、この日は青ジャージを取り戻したことだけで満足した。チッコーネに追いつかれた後、ただトゥスフェルトだけが、しばらく最前線に食い留まることになる。
逆に残り41km、つまり2つ目の山頂まで残り1kmの地点で、カーシーが力任せに追いついてきた。2年前のブエルタ・ア・エスパーニャでは、自転車界屈指の激坂アングリルで大ギアを回して区間勝利と総合3位をさらい取った英国人は、この日も脅威のアウターで最前戦へと合流を果たす。さらには元世界チャンピオンのルイ・コスタも、得意の下りを利用して、前へ割り込んだ。全長22.4kmの最終峠に突入する段階で、こうしてチッコーネ、ブイトラゴ、ペドレロ、カーシー、トゥスフェルト、コスタの6人が先頭に集結した。
先頭を牽引するイネオスの隊列
はるか後方の総合勢は、すでに6分近いタイム差がついていた。もちろんメイン集団に、一切の動きがなかったわけではない。2番目の登りでは、UAEチーム・エミレーツが、総合2位ジョアン・アルメイダのために猛烈な牽引を開始したこともあった。いわゆる「前待ち」していたダヴィデ・フォルモロが、プロトンに合流して、全力を尽くした。しかしイネオス隊列が冷静に刻むリズムに、まるで対抗することはできなかった。
UAEが攻撃を諦めた直後、残り43km、むしろギヨーム・マルタンが単独で飛び出しを仕掛けた。やはり前日のカオスの中で、総合5位から12位まで一気に陥落したフランス人の行動を、幸いにも誰1人として見咎めなかった。
つまり総合上位勢に邪魔される心配は一切なくなった。だからこそチッコーネは、遠くからひとりで飛び出す決断を下した。目の前のライバルを神経質なまでに警戒したり、イタリア人特有のジェスチャーたっぷりに激昂したりと、常に生々しい感情むき出しで走り続けた27歳のイタリア人はーー3年前の第16ステージでは、共に逃げたヤン・ヒルトが先頭交代に加わらなかったため、怒りにまかせて勝利をもぎ取ったーー、もはや誰かのせいで勝負を左右されたくはなかった。
「自分が感情的な選手だということは分かってる。でも感情こそが、僕を大いに後押ししてくれるんだ」(チッコーネ)
フィニッシュまで19km、最終峠序盤の勾配のきつい部分を利用して、チッコーネはひとり飛び出した。
「もしも数人で山頂にたどり着いた場合、スプリントでは、なにが起こるか決して分からない。それに今日の僕には脚があった。だから1人で行くことに決めた。僕は最善の選択を下したんだ」(チッコーネ)
6年前はプロデビューの年に、自由に、大胆に、21歳で初めてのジロ区間をさらい取った。3年前も「のびのびと」2勝目を手にした。しかし翌年にチームエースの座に押し上げられてからは、まるで思うような成績が出せなかった。2020年ジロは気管支炎でリアイアを余儀なくされ、昨ジロは中盤まで絶好調ながらも、落車で背中と脇腹を強打し、やはり大会を去った。今ジロも地元アブルッツォでの第9ステージで、大きくタイムを失った。肉体的にも苦しんだが、なにより精神的に苦しかった。
山頂への道のりは、新生ジュリオ・チッコーネへの道のりだった。孤独に追いかけてくるブイトラゴとの距離は、着実に引き離していった。ラスト1kmのアーチをくぐり抜けた瞬間に、思わず力強いガッツポーズが飛び出した。
もちろん、フィニッシュライン直前には、サングラスを投げ捨てることも忘れなかった。3年前は、土砂降りの雨の中、高ぶる感情に任せての行為だったが、今回はまるで喜びの儀式のように、アイウェアは天高く放り上げられた。
歓声を浴びながら両手をあげてフィニッシュするチッコーネ
「いつだってなにかを再証明するのは、難しいこと。でも、今日は、僕にとって新しいスタートが切れた。新しいキャリアの始まりだ。ツールのマイヨ・ジョーヌよりも、初めてのジロ勝利よりも、美しく価値ある勝利だよ」(チッコーネ)
フアン・ロペスが10日間のマリア・ローザ生活を終えた翌日、トレック・セガフレードの同僚であり、仲良しの練習相手であるチッコーネが、3年ぶり3度目のジロ区間勝利を手に入れた。今大会3人目のイタリア人勝利であり、2日連続で、総合争いから脱落した選手がリベンジを成功させた。
ブイトラゴは1分31秒遅れで、ペドレロは2分19秒遅れで山頂へたどり着いた。カーシーは3分09秒後の4位。あとわずかのところで勝利を逃したのは「悔しい」が、自分がいい感触を取り戻しつつあることは「嬉しい」と振り返った。
時には逃げの残党と共闘しつつ、しかし大部分は孤独に走り続けたマルタンは、区間10位に食い込んだ。「前日は千切れて後方ひとりだったけど、今日は飛び出して前にひとりだったから気分はいい」と語ったように、なによりマリア・ローザ集団に1分42秒先行。総合10位へと再浮上を成功させた。
総合ひと桁代の選手は、つまりマルタンから1分42秒遅れの集団で、揃ってジロ2週目の最終日を終えた。序盤に落車したカラパスも、何の問題もなく、今大会2度目のマリア・ローザ表彰式に臨んだ。
「昨日のレースのせいで、疲労感が充満していた。それにたくさんのチームが逃げに選手を送り込んだから、おかげで総合系の選手は、少し落ち着いてレースをすることができた。そしてこの疲労こそが、最終週の戦いを、大きく左右する要素になるだろうね」(カラパス)
逃げたボウマンが山岳賞首位を取り戻し、スタート直後には元気にアタックを試み、最後はグルペットでのんびり帰ってきたアルノー・デマールは、現役最多34枚目のマリア・チクラミーノを受け取った。158選手がステージを走り切り、ジロ一行は、待ちに待った今大会最後の休息日を迎えた。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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