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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第14ステージ】痛みと失望を乗り越え、総合の夢潰えたサイモン・イェーツがジロ通算6勝目!「ここ数日はリタイアしようかと悩んできた」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか今大会2勝目のサイモン・イェーツ
大胆な作戦が決行された。ボーラ・ハンスグローエが奇襲を仕掛け、総合もステージも大きくかき乱した。ほぼ1日中クレイジーに走り続けた果てに、第9ステージで総合の夢潰えたサイモン・イェーツが区間を手に入れ、ボーラのジャイ・ヒンドレーは総合2位に浮上し、そしてリチャル・カラパスがついに権力を掌握した。
「周囲では総合争いが繰り広げられていて、僕はいわゆる『乗客』のようなものだったから、この立場を有利に活用したんだ。アタックすべき瞬間をしっかりと見定めて、チャンスを両手でがっちりとつかみ取った」(イェーツ)
逃げ向きのステージ。そんな前評判に乗せられて、スタート直後からアタックで賑わった。連日なにかしら魅せてくれるマチュー・ファンデルプールも10kmほど独走した。
イェーツも3度逃げた。まずはスタートから約25kmで出来上がった約20人の集団に、素早く潜り込んだ。しかしイネオス・グレナディアズが猛烈に追いかけ、数キロ先で回収された。直後に抜け出した8人に、改めてイェーツはブリッジ。ただし今度はボーラに逃げ集団のしっぽを捕まえられた。
最初の山岳に上り始めると、今度はイェーツが自ら攻撃に転じた。元ブエルタ総合覇者は鮮やかな加速を切り、山道を軽々と上り始めた。..ところが、やっぱり、逃してはもらえなかった。ほんの2kmほど先で、メイン集団内に引きずり降ろされた。
「当初の計画は逃げに乗ること。数度動いたけれど、どうしても上手く行かなかった。だから戦術を変えることにした」(イェーツ)
イェーツが回収されたタイミングで、スタートから42km、新たな試みが生まれた。そこに山岳ジャージ姿のディエゴ・ローザが呼応し(もちろん山頂で首位通過を果たし)、下りではさらに数人が仲間に加わり、ついには12人の逃げが出来上がる。20km先で差は約3分にまで広がり、メイン集団はようやく逃げを認めたかに思えた。
しかし、前の12人の希望は、あっさり打ち砕かれる。残り85km、下りで突如ボーラが隊列を組み上げると、恐るべき勢いでダウンヒルへ転じたのだ。みるみるうちに距離は縮まっていく。残り69kmで、非情にも、逃げの息の根は止められた。
ボーラの猛攻は、むしろプロトンをカオスの渦に突き落とした。総合5位につけていたギヨーム・マルタンや10位アレハンドロ・バルベルデは、いつしか後方へと振り落とされた。総合3位ジョアン・アルメイダも、一旦は遅れを取り、15kmにも渡る孤独な追走を余儀なくされた。
なによりレース先頭を奪い取る頃には、すでに同集団の人数は20人を切っていた。マリア・ローザ姿のフアン・ロペスや総合2位リチャル・カラパスは孤立無援の状態に陥っていたというのに..ボーラはいまだ5人で隊列を組んでいた。
そして残り67km、すっかり小さくなった集団の先頭へと、ウィルコ・ケルデルマンが進み出た。トリオエースの1人としてジロに乗り込みながら、やはり第9ステージに、不遇なメカトラのせいで総合争いから弾き飛ばされたボーラのエースナンバーが、総合4位ヒンドレーと総合8位エマヌエル・ブッフマンのために牽引作業へと乗り出したのだ!
最終盤はトリノを起点としたいわゆる周回コースで、ミラノ〜トリノでお馴染みスペルガ寺院へと2度よじ登る。その2度目のスペルガ登坂の麓まで、ケルデルマンは黙々と高速リズムを刻み続けた。つまり延々35kmにも渡って、後輩たちのために見事な献身を尽くした。
強さを見せたリチャル・カラパス
フィニッシュ手前32km、先頭集団を12人にまで小さく絞り込んだケルデルマンが仕事を終えると、いよいよヒンドレーが加速を切る番だった。ブッフマンも鋭いアタックを2発お見舞いした。ただカラパスや、さらには今季限りの引退を発表したヴィンチェンツォ・ニバリは、一歩も引かなかった。
フアン・ロペス、いわゆる「フアンペ」も、10日間守り続けてきたマリア・ローザを失うまいと必死の努力を続けていた。先頭が10人に減り、周りにいる9人全員がグランツール総合トップ5経験者のみという状況になっても、勇敢にしがみついた
しかしスペルガ山頂まで約1.5km、勾配11%という難ゾーンでカラパスが力強い一発を振り下ろすと、ついにロペスは限界を迎えてしまう。
残り約29kmで後方に取り残されたロペスは、フィニッシュまで孤独な奮闘を続けた。区間首位から4分25秒遅れで、ピンク色で過ごす最後のステージを締めくくった。総合では4分04秒差の9位に後退した。
「すごくハッピーだよ。だって僕は100%を尽くしたのだから。10日間もマリア・ローザで過ごせたのだから。本当に今でも信じられないし、幸せなんだ。フィニッシュではスタッフやファンから暖かく迎え入れてもらえて、少し涙が出ちゃった。この10日間は、僕の人生の中で、最高の日々だった」(ロペス)
カラパスのアタックで、他の総合ライバルたちも、一旦はまとめて振り払われた。残り15km、ステージ最後の2級マッダレーナ山へと上り始める頃には、カラパスとその他8人との差は、25秒にまで開いていた。
「ボラの仕事を利用しようと考えたんだ。多くの選手が限界ギリギリの状態で走っていると感じた。良い動きだったと思ってるよ。だって最終的には、僕のアタックがきっかけで、多くの選手が総合タイムを失ったのだから」(カラパス)
ただしチーム全員が「ありえないほど驚異的な」仕事をしてくれたからこそ、ヒンドレーはただ黙ってカラパスを見送るわけには行かなかった。
「カラパスのアタックには少し驚いた。でも、まだ先は長かったから、最後の上りを待つことにした。とにかく辛抱強く待って、体力を温存し続けた。それにニバリが好調に見えたから、彼が絶対に何かトライするだろうと思っていたんだ」(ヒンドレー)
マッダレーナの麓で、読み通りニバリが動いた。最大勾配20%にも達する桁外れの激坂で、「メッシーナの鮫」が加速。この瞬間を待っていたかのように、ヒンドレーも加速した。とてつもない観客で埋め尽くされた山道で、凄まじい追走劇を披露し、両者はまんまとカラパスをとらえた。
ステージ序盤に3度逃げを試みた後は、集団内で静かに潜んでいたイェーツも、マイペースで追いついてきた。大会4日目の落車で右膝を痛め、9日目には痛みでダンシングポジションが取れなかった。「いまだ100%ではない」ながらも、この日はスムーズにサドルから腰を上げることが出来た。ブロックハウスでは「ひどい蒸し暑さ」にも苦しめられた..この第14ステージは「気持ちいい暑さ」だったのだと言う。
「周回コースだったおかげで、ボトルもたくさん受け取ることが出来た。おそらく10〜12本くらいボトルの水をかぶって、身体をクールダウンしたんだ」(イェーツ)
しかもイェーツは、本来ならば自分が繰り広げているはずの総合争いを、巧みに利用してみせた。フィニッシュ手前4.5kmに設置された第2中間ポイント(=上位3人にボーナスポイント)へ向けて、総合8秒差のカラパスとヒンドレーが睨み合う隙を突いて加速を切ると、そのまま他の3人を完全に置き去りにしてしまった!
両手を上げてフィニッシュするサイモン・イェーツ
「ここ数日はリタイアしようかと悩んできた。膝のせいでもあるけど、精神的な面が大きかった。だって今大会には総合優勝をするために乗り込んできたのに、僕はただ..何もできずぬまま、後方に沈んでしまった。だから今日の勝利は僕の気持ちを大きく引き上げてくれた」(イェーツ)
2018年ジロ閉幕2日前に失ったマリア・ローザは、いまだに取り戻せていない。それでもサイモン・イェーツは、第2ステージに続く今大会2つ目の区間勝利をつかみ取った。またジロでは6勝目、グランツールではステージ通算10勝目に達した。
イェーツから遅れること15秒後、ヒンドレー、カラパス、ニバリの3人がフィニッシュラインへと走り込んだ。中間では2位通過、フィニッシュでは3位通過のカラパスが、2022年大会3人目のマリア・ローザ着用者となった。そして中間ボーナス1秒、フィニシュボーナス6秒を収集したヒンドレーが、カラパスから7秒差の総合2位に浮上した。
偶然か必然か、カラパスは2019年ジロでも、やはり第14ステージで総合首位の座に駆け上がっている。当時も総合2位との差は7秒で、そのまま最終日ヴェローナまで、2度とばら色の衣を脱ぐことはなかった。今年のフィニッシュも、やはりヴェローナの円形闘技場であることを付け加えておく。
ドメニコ・ポッツォヴィーヴォは28秒差で、アルメイダは39秒差で被害を最小限に食い止めた。最終峠の麓まで、先頭集団に2人残しながらも、ライバルから遅れを取ったバーレーン・ヴィクトリアスのミケル・ランダとペリョ・ビルバオは、揃って51秒差で1日を終えた。
マリア・ローザを奪還したカラパス
つまりアルメイダは総合順位は3位のまま変わらず。これまで5日間に渡って「代替」着用してきたマリア・ビアンカに関しては、とうとう正統なる持ち主となった。ただし総合首位との差は12秒から30秒へと開いた。
またロペス(9位)とマルタン(12位)が大きく後退した代わりに、ランダが総合4位へ、ポッツォヴィーヴォが5位へと昇格。しかし順位は上がったが、タイム差は開いた。前日までは上位7選手が1分以内にひしめきあっている状態だったが、今区間を終えて1分以内は4位ランダまで。かろうじてポッツォヴィーヴォが1分01秒差に留まっている。ニバリは13位から8位へとジャンプアップし、今大会初めて総合ひと桁台に乗った。
2017年ジロ覇者のトム・デュムランが区間半ばでリタイアを決め、スプリンターら3選手が不出走を選んだが、その他159選手は無事に狂乱のステージを走り終えた。つまりピンクと白のジャージの持ち主が入れ替わった1日の終わりに、ローザもアルノー・デマールも、それぞれに大切なジャージを守った。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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