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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第9ステージ】《元ジロ総合2位》のジャイ・ヒンドレーがブロックハウスで復活勝利!「再びこうして勝利を取れるレベルに戻って来られたことが、本当に嬉しい」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか復活を証明する勝利をあげたジャイ・ヒンドレー
大会前半戦の終わりの、じっとりと汗ばむような力比べ。泣く子も黙るブロックハウスの山道が、強者たちの脚を徹底的に痛めつけ、生き残った6人での山頂スプリントをジャイ・ヒンドレーがさらい取った。幾人かの総合表彰台候補の夢はもろくも握りつぶされ、ひたすらに「もう1日」を夢見たフアン・ロペスは、念願叶って休息日をマリア・ローザで過ごす。
「最後に両手を突き上げてからずいぶん時間がたってしまったから、再びこうして勝利を取れるレベルに戻って来られたことが、本当に嬉しい。とてもスイートな気分だよ」(ヒンドレー)
誰もが恐ろしい予感を抱き、多くの選手が震え上がったにちがいない。エディ・メルクス、別名「カニバル」により、1967年、史上初めて貪り食われたブロックハウスへと向かう日、5月のヨーロッパに猛暑が襲った。奇遇にも、アフリカ大陸から高気圧が張り出すこの現象を、イタリアでは「ハンニバル」と呼ぶ。
しかもスタートから、いきなり道は登り始めた。序盤40kmに3つの峠が連続で待ち構えるクレイジーなコースに、それでも勇敢な者たちは次々と挑みかかった。
中でも最も積極的に攻めたのがディエゴ・ローザだ。平坦な第6ステージで、4級山岳ポイントの回収ついでに、141kmもの単独逃避行を披露したクライマーは、むしろこの日の到来を待っていた。ゼロkm地点でためらわず飛び出した。最初の3級峠では惜しくも2位通過だったからこそ……続く2級峠でさらなる加速を強行。素早く独走態勢に入った。
「実はこのチームとの契約時に、ジロで青ジャージを取ったらボーナスを貰えるよう交渉したんだ。つまり、ずいぶんと前から、山岳賞について考えていたというわけ」(ローザ)
狙い通りに先頭通過を果たしたローザは、ようやくリズムを緩め、後方からの合流を受け入れた。最終的に9人になった逃げ集団から、もちろん続く2級峠でも山頂手前で早々に抜け出し、1位通過することは忘れなかった。
ステージも残り100kmを切ったころ、メインプロトンの主導権は、マリア・ローザ擁するトレック・セガフレードからイネオス・グレナディアーズへと移行した。最大6分まで開いたタイム差は、急速に縮まっていく。
逃げ切りのわずかな可能性にかけ、残り61km、ナンス・ペテルスがアタックに転じた。ナトナエル・テスファツィオンもすかさず後に続いた。ちなみに逃げへの合流の際、ジョセフロイド・ドンブロウスキーの後輪にひたすら隠れていたテスファツィオンは、この時も、ペテルスの背後にくっついているだけ。
ディエゴ・ローザ
一方のローザは、この日4つ目の山岳=1級峠で、作業の仕上げに取り掛かった。残り53km、9%超の急勾配を利用して再加速。50秒先を走っていたペテルス等をあっさりとらえる。やはりテスファツィオンだけは、影のようにぴたりとついてきたけれど……構わずローザは黙々と先を急いだ。エリトリアの星が山頂でポイントを横取りするような不義理も犯さなかった。
こうして1級峠も満点を回収したローザは、第6ステージの3ポイントも含めて計83ポイントに伸ばし、ステージ終了後には念願の青ジャージを身にまとった。だからだろうか。下りに入ると、テスファツィオンの先行を見逃した。ようやく自らの力で走り始めた22歳は……しかし残り36km、ダウンヒル中にカーブを曲がりきれず草むらへ転落してしまう。幸いにも大きな事故にはならなかった。再び走り出し、最終的には33分15秒遅れで完走している。
またしても単独先頭になったローザや、下りの先で追いついたドンブロウスキーやペテルスは、その後もしばらくはあがき続けた。ただし全長13.6kmの最終峠に入る前に、1人ずつメイン集団へと回収されていった。
ブロックハウスの麓に、メイン集団は50人ほどでたどり着いた。ロマン・バルデはステージ中盤のメカトラで集団復帰に時間を費やし、ジョアン・アルメイダは後半に自転車交換を強いられた、ミケル・ランダにいたっては軽い落車でメカ調整を余儀なくされたが、みな先頭に残っていた。チームメートのためにボトル運びすらしたマリア・ローザのフアン・ロペスも、イネオスのアシストたちの猛テンポに、問題なく踏みとどまっていた。
前区間終了時点で総合7位につけていたウィルコ・ケルデルマンの姿が、この集団内になかった。フィニッシュ手前30km前後を高速でダウンヒル中にーーテスファツィオンが落車したのと同じ下りーー、スポークが折れ、自転車交換を2回し、はるか後方へと置き去りにされた。最終的にチームメートにして同じエース格だったヒンドレーから、10分53秒遅れでステージを終えた。
山道に入った直後にはジュリオ・チッコーネが脱落した。いわゆる「郷土選手」で、このステージに期すものは多かったが、結果は9分26秒遅れ。さらにはサイモン・イェーツがずるずると後退していった。4日目の落車で打ち付けた右膝がひどく痛み、季節外れの暑さにも苦しんだ。大会2日目に個人TTを制し、総合優勝本命としては最上位=総合5位につけていたが……11分15秒を失った。
残り9kmではヒュー・カーシーが集団から消えていった。アングリル覇者を苦しめた、この勾配10%超のゾーンでは、実はアルメイダも一旦は後方へと押しやられた。しかも直後にイネオスの最終補佐リッチー・ポートが先頭に立ち、今まで以上に強烈なテンポを刻み始めてしまったものだから、間違いなく絶望的な状況だった。ただ、粘り強く、上から落ちてくる選手の間をすり抜けつつ、アルメイダは約2kmかけて先頭集団に再合流を果たす。
フアン・ロペスだって残り8kmまでは先頭グループにしがみついていた。ところが道路脇の草に車輪を取られて、バランスを崩してしまう。かろうじて落車は避けたものの、地面に足をついた。流れが途切れ、前との距離が開いた。
「すごく難しかった。とにかく集中力を切らしてはならなかった。だから自分にこう言い聞かせた。テンポを刻め、ペースを落とすな、もう1日ピンクで過ごすために頑張るんだ、って」(ロペス)
今ジロが人生最後のグランツールと決めている37歳ポートは、凄まじい先導で、先頭を11人にまで絞り込んだ。そして山頂まで4.7km、あらゆるアシストたちの献身に報いるべく、エースのリチャル・カラパスが加速を切った。
間髪開けずにバルデ後輪へ飛び乗った。ランダも続いた。ヒンドレーもたしかに反応はした。しかし流れには乗れなかった。一瞬で出来上がった穴も、すぐには埋められなかった。
「感触が良くなかった。だから僕にできたことは、自分のテンポで登ることだけ。これ以上の距離を開けられないよう、生き残るように、努力を続けるしかなかった」(ヒンドレー)
ヒンドレーを救ったのは、後ろから猛然と追いついてきたアルメイダの存在だった。カラパス・バルデ・ランダの3人組が、互いの警戒合戦に忙しくしている背後で、アルメイダはただ執念深く前進を続けた。ポッツォヴィーヴォを引き連れ、ヒンドレーをも回収しつつ、またしても約2kmの努力の果てに先頭集団をとらえた。
激しい競り合いを制して勝利したヒンドレー
すると、ランダが即座に加速を切り、カラパスもバルデも繰り返しスピードをあげた。しかし、いつしかアルメイダ・ポッツォヴィーヴォ・ヒンドレーは追いついてきて、改めてカラパス・バルデ・ランダは突き放しにかかる。恐ろしいほどの体力と、執拗な精神力とで、やっぱりアルメイダが他の2人を連れて追いかけてくる。振り払っても、振り払っても、「今日は調子が悪くて、ひたすら苦しんだ」と嘯くポルトガル人を、決して振り払えなかった。
こんな6人の順位を決したのは山頂スプリントだった。そしてヒンドレーは、この時を密かに待っていた。残り1kmを切り、最後は自らの加速で6人をひとつにまとめ上げると、そのまま先頭に駆け上がった。
「ラッキーだったのは、前方の選手たちがいわゆる『猫とネズミ』ごっこを繰り広げたこと。それにラスト1kmは勾配が緩むことを知っていたから、態勢を整え直す時間があると分かっていた。あとは最終コーナーに真っ先に突っ込んで、ひたすらラインまで全力を尽くすだけだった」(ヒンドレー)
カラパスだけを警戒していたというバルデは、残り250mのコーナーを猛スピードで先行する昨季のチームメートを見ながら、自分がミスを犯したことに気がついたという。バルデもカラパスも弱々しくハンドルを投げたが、すでにヒンドレーは悠々と勝利を手にした後だった。
ヒンドレーにとって、2020年ジロ第18ステージ以来となる1年半ぶりの勝利。昨季はサドル痛に苦しみ、実力の再証明が果たせなかった。チームを変わり、環境を変え、ようやく「元ジロ総合2位」の輝かしいキャリアを再び軌道に乗せた。
苦しみながらもマリア・ローザを守ったフアン・ロペス
また6人が勝負を競い合った1分46秒後、フアン・ロペスは、総合首位として山頂へとたどり着いた。連日続けてきた「100%の努力」が実り、12秒のリードを手に、6度目のマリア・ローザ表彰式を楽しんだ。
大会2度目の難関山岳フィニッシュを終えて、たしかに本命の数は絞り込まれた。しかし、総合争いは、いまだ混沌としたまま。総合2位には凄まじい追走力を見せたアルメイダが上がった。バルデが14秒遅れの3位に、カラパスが15秒遅れの4位につける。区間1位のボーナスタイム10秒を手にしたヒンドレーは、総合15位から5位へと一気にジャンプアップ。前日の逃げで稼いだ「3分」が威力を発揮し、7.5kmで先頭から脱落したもののギヨーム・マルタンが6位に食い込み、その後にランダ7位と続く。
この上位7人は、29秒以内でひしめき合う。総合2位から7位までの、いわゆるエースたちだけの争いに限れば、17秒以内に6人というとてつもない僅差だ。また総合8位ポッツォヴィーヴォだって総合首位とは54秒差、3人から2人に減ったボーラ・ハンスグローエの総合エースの1人、エマヌエル・ブッフマンも9位・1分09秒差でしかない。
大部分のスプリンターたちは、クライマーたちより、この日だけで40分以上も余計に走らねばならなかった。カレブ・ユアンの補佐役が途中でリタイアした以外は、すべての選手が無事に制限時間内でステージを走り終え、つかの間の休息を満喫する権利を手に入れた。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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