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【ジロ・デ・イタリア2022 レースレポート:第7ステージ】ジャパンカップ3回出場のクーン・ボウマンが初のグランツール区間勝利「日本は愛すべき国。みんな喜んでくれているはず!」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかトム・デュムランと勝利を喜ぶクーン・ボウマン(右)
3日前のエトナ山で総合の望みを失ったユンボ・ヴィスマが、累計獲得標高4510mの難コースで、誇りと名誉を救った。トム・デュムランは頼もしい脚と笑顔を取り戻し、クーン・ボウマンが人生初めてのグランツール区間勝利と山岳ジャージへ向かって、渾身のスプリントを成功させた。
「信じられない。言葉にならない。区間勝利の喜びは永遠に続くだろう。一生忘れられない記憶になる。しかもグランツールで山岳ジャージを着て走ることが出来るなんて、まさにボーナス。いわゆる『ケーキの上のさくらんぼ』だね」(ボウマン)
延々70kmにも渡る追いかけっこを繰り広げた末に、ようやく、メインプロトンは逃げを認めた。エスケープ界の両巨塔、トーマス・デヘントとアレッサンドロ・デマルキが、それぞれ独走に打って出たこともあった。ピンクも青も紫も失ったマチュー・ファンデルプールは、クレイジーなほどに戦いに火をつけて回った。とにかくありとあらゆるチームが、代わる代わる、飛び出しを試みた。
スタートから約40km、この日1つ目の山岳を利用して、ワウト・プールスが独走態勢に入る。どんぱちを振り切りダヴィデ・フォルモロ(とアントニー・ペレス)も10km先で合流。さらには下りの先で、12人の逃げが出来上がった……ように思われた。
ところがテクニカルなダウンヒル中に、プロトン内で小さな落車が発生する。いくつかの分断が生まれ、その隙を突くかのように、なんと総合優勝候補のリチャル・カラパスがファンデルプールと連れ立って逃げへ追いついてしまった!
もちろん総合ライバルたちが黙ってはいるはずもない。マリア・ローザのフアン「フアンペ」ロペス率いるトレック・セガフレードが、メイン集団先頭でさらにスピードを上げた。スタートから約60km。すべては振り出しに戻った。ただフォルモロ(とホルヘ・アルカス)だけが、先手を打ち、逃げ集団からさらに先へと逃げ出していた。
アタック合戦は最後まで熾烈さを極めた。クライマックスは総合2位レナード・ケムナの突進。しかもフアンペ自らが後輪に飛び乗り、恐ろしい睨み合いを続けた。しかし3kmほど続いたタイマン勝負の果てに、2人が集団へと引き戻されると、めくるめくバトルもようやく終わりに近づいた。
いつしか1人になっていたフォルモロに、65kmでダヴィデ・ヴィレッラが合流。さらに3km先でプールスとボウマンが追いついた。イネオス・グレナディアーズが制御に動き、急速に落ち着きを取り戻していくメイン集団から、慌ててディエゴ・カマルゴが抜け出し、トム・デュムランが追いかけ、最後の最後にバウケ・モレマが飛び出していくと……ついに打ち止め。これ以上の飛び出しはもはや認められなかった。
出来上がった7人の逃げ集団は、とてつもない実力者揃い。なにしろ元グランツール総合王者(デュムラン)にモニュメント覇者(モレマとプールス)、ブエルタ山岳賞(ヴィレッラ)が滑り込み、グランツール区間勝利経験者も4人(デュムラン、モレマ、プールス、フォルモロ)。ちなみに前にオランダ人4人が揃ったのは、モレマ曰く「互いによく知る仲間だから楽しかった」そうだけれど、それぞれの利害関係は複雑に絡み合っていた。
特に2人滑り込んだユンボ・ヴィスマが、誰にとっても頭痛の種だった。総合で5分30秒遅れのボウマンは、一時ながら暫定マリア・ローザに立った。フアンペのチームメートであるモレマは、つまり「あまり牽引してはならなかった」。他の選手たちだって、それぞれ後方に総合エースが控えていた。第4ステージで6分近くもタイムを失い、総合争いからはじき出されたはずのデュムランに、大きなアドバンテージを与えるわけにはいかなかった。
すなわち完全に協調態勢が取れているとは言えなかった7人だが、それでもメイン集団から最大6分40秒のリードを奪った。
激しかった飛び出し合戦と、厳しいアップダウンとが、確実に逃げ選手たちの脚を削っていく。全部で4つある山岳の、3つ目の平均勾配9.1%の山道では、プールスが真っ先に力尽きた。2つ目の下りで草むらに突っ込んだヴィレッラは、追いついた直後にメカ調整で手間取り、長い追走の果てに先頭へと再々合流を果たすも、4つ目の山でとうとうライバルたちについていけなくなった。粘り強く強豪たちにしがみついていったカマルゴも、ほぼ同時に後退していった。
ヴィレッラとカマルゴを弾き飛ばしたのは、残り30kmで見せた、デュムランの強烈な加速だった。そして、ここからフィニッシュまで、前線に残る4人は凄まじい駆け引きを広げることになる。
4つ目の山ではボウマンも一旦は脱落した。しかし睨み合う3人の元へ、後の区間勝者はマイペースで戻ってきた。それどころかフィニッシュ手前23.8kmの3級山頂では、爆発的な加速を切ると……2番目の1級峠と3番目の2級峠と同じようにライバルたちを楽々と退けた。
睨み合う4選手
睨み合いからのアタック、さらなるカウンターアタック……と、そこからの4人は目まぐるしく競り合う。数的優位を誇るユンボをどうにかやり込めようと、他の2人はあらゆる策を試みた。フォルモロは下りで突進した。デュムランが美しいペダリングで悠々と穴を埋めた。短い急坂を利用して、モレマは3度、フォルモロは2度、鋭い加速を切った。爆発力を誇るボーマンはすぐにライバルの後輪に飛び乗り、デュムランはいつだって、焦らず、確実に、追いついてきた。
「最後は登りで突き放そうと試みたし、下りでも再びトライしたけれど、上手く行かなかった。ユンボの強力な2人がいたせいで、独走に持ち込むことは難しかった」(フォルモロ)
残り3.1km。またしてもデュムランが3人をとらえると、もはやモレマもフォルモロも悪あがきを止めた。気持ちを切り替え、力強く前進を続ける元個人タイムトライアル世界王者の背後に潜み、最後に待ち構える坂道スプリントだけに集中した。
しかし黙々と牽引を続けたデュムランの背後から、ラスト200m、爆発的な飛び出しを成功させたのはボウマンだった。すでに3つの山頂で登坂スプリントの脚をたっぷり見せつけていたように、フィニッシュへと続く最大13%の急坂をも力強く駆け上がった。
「スプリントを切った瞬間、自分に十分なパワーが残っているのを感じて勝利が近づいていることを悟った。あとは残り50mで後ろを振り返って、自分が大きな差をつけたのを確認して……うん、パーフェクトだったね」(ボウマン)
ライン上で両手を天に突き上げた。2017年ドーフィネでプロ初勝利をあげて以来、ボウマンにとっては5年ぶり2度目の歓喜だった。はるか後ろで、ほぼ同時に、デュムランも両手を天に突き上げた。「偶然に乗った」逃げの終わりに、チームメイトと心から喜びを分かち合った。
「素晴らしい1日になった。逃げる予定なんてなかったんだ。だから第1目標はボウマンをフィニッシュまで導くこと、彼が勝利に向けてスプリントを切るために働くことだった。本当に嬉しい。彼は全プロトンの中でも最も勝利に値する選手だよ」(デュムラン)
また3つの山岳で先頭通過したボウマンは、青い山岳ジャージを身にまとった。2017年ドーフィネでは山岳賞を持ち帰り……なにより日本のファンにとっては、2019年ジャパンカップで、長い逃げの間に2度も山岳ポイントを先頭通過したことが記憶に刻まれているに違いない。
両手を上げてフィニッシュするクーン・ボウマン
実は優勝後の記者会見では、「日本ではたくさんファンがいるそうですね?」なんていう質問さえ飛び出した!
「だってジャパンカップに3回出場しているからね。愛すべき国です。コロナウイルスのせいで過去2年間訪れてないから、日本のファンたちに会うことは出来ていないけど……みんなお祝いしてくれてるんじゃないかな。みんなが起きてるか、もう寝ちゃってるかわからないけど、もしも寝ていた場合も、目が覚めた後に、きっとみんな喜んでくれているはず!」(ボウマン)
モレマは2位で走り終え、フォルモロは3位で長い1日を締めくくった。デュムランは19秒遅れの4位。ボウマンから2分59秒差、デュムランから2分40秒差で41人のメイン集団はフィニッシュラインを越えた。
つまりデュムランは総合45位・8分20秒差から、33位・5分40秒差へとわずかに浮上。総合4位サイモン・イェーツからは3分58秒差につける。ただしボウマンによればデュムランは「完全に総合争いから切り替え」済みで、ユンボは総合29位・4分14秒遅れのトビアス・フォスと31位・4分33秒遅れのサム・オーメンで総合を追い求めていくとのこと。
自ら毅然として動き、モレマが飛び出した後も、しばらくはきっちりとタイム差制御に励んだフアン・ロペスは、4度目のマリア・ローザ表彰台を楽しんだ。そして……十分にピンク色の喜びを満喫したフアンペとトレックは、どうやらこの先は真の目標を追い求める。
「今日は100%ジャージを守りに行った。紙の上では危険な1日のように思えたけれど、すべてが上手く行った。特にモレマが逃げに乗ってくれたおかげで、僕らにとって完璧な筋書きだ。この先に関しては目標は1つだけ。僕はチームメートのジュリオ・チッコーネの総合争いを助けるために乗り込んできたんだ。だからこの先、僕もチームも彼のために働く。すでに僕はマリア・ローザを満喫したし、いまだって雲の上にいるような気分なんだから」(ロペス)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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