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【Cycle*2022 リエージュ~バストーニュ~リエージュ:レビュー】チームの、そして自身の苦境まで打ち破った怖いもの知らず22歳エヴェネプール 真の王者へのロードがここに始まる
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介表彰台の中央に立つ22歳エヴェネプール
この春は異常事態だった。クイックステップ・アルファヴィニルにとって、お家芸である春のクラシックシーズンで1つもタイトルを獲得できていなかったのだ。とりわけ、石畳を戦いの場とする北のクラシックではツキにも見放され、表彰台さえも押さえられない大誤算。そうなってくると、話題はチームのボス、パトリック・ルフェーブルが怒ったとか怒っていないとか、彼のご機嫌うんぬんになっていく。
斜めを向いてしまったボスの心をまっすぐにするには、アルデンヌクラシックで魅せるしかなくなった。だけど、ラ・フレーシュ・ワロンヌでは肝心のジュリアン・アラフィリップが4位。スーパーエースをもってしても局面打開できないとなると、あとは誰が手を打てば良いのだろう。
もう、どこを探しても見つからないと思えた答えは、次代を担う若武者が見つけ出してみせた。
1892年に初開催され、今年がちょうど130周年の節目になったリエージュ~バストーニュ~リエージュ。その歴史はツール・ド・フランス(1903年初開催)よりも古く、またの名を「ラ・ドワイエンヌ(最古参)」と呼ぶ。
戦いの場はベルギー南部のワロン地域。レース名の通りリエージュの街を出発し、南のバストーニュで折り返し。そして再びリエージュまで戻る。257.1kmのコース中、重要な登坂距離は10カ所。ただ、名もなき丘も含めて急坂が連続し、走り終えると獲得標高は4400mに達する。それゆえ、このレースに適しているのはクラシックハンターよりもグランツールレーサーやクライマーとの見方も強い。ともに今回は諸事情で欠場したが、昨年はタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)、一昨年はプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)と、いまをときめくグランツールのスターが勝っていることを見れば、その意味は容易に理解できることだろう。
そして何より、これらの登坂がバストーニュで折り返してからの後半戦に集中していることがレースをより過酷なものにする。
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【ハイライト】 リエージュ~バストーニュ~リエージュ|Cycle*2022
迎えたレースは、スタートからしばらくは逃げ狙いの選手たちが断続的に飛び出して、最大11人の先頭グループが形成された。メイン集団とは最大で約6分差。流れが落ち着いたところで、選手たちは折り返し地点を通過し、このレースの“本番”へ向かっていく。
情勢が変化したのは、フィニッシュまで70km切ったあたりから。先頭では登坂セクションごとに人数が減っていき、メイン集団では下り基調の道で落車が頻発。特に残り62kmで起きた大規模なクラッシュは、メイン集団に待機していた大多数の選手の足を止めた。特に被害が大きかったのが、初優勝に闘志を燃やしていたアラフィリップ。地面へ強く投げ出された体は、のちに肋骨2カ所と肩甲骨の骨折、肺気胸を負ったことが明らかになっている。
「こんなタイミングでマイヨアルカンシエルの呪いか!?」と恐怖している間にも、メイン集団は活性化する。残り43kmのコート・ド・デニエでバーレーン・ヴィクトリアスが先制攻撃。ミケル・ランダが先に動いて他チームの様子をチェックすると、2016年にこの大会で勝っているワウト・プールスがアタック。決定打にこそならずも、集団に緊張感を走らせるには十分なアクションとなった。
慌ただしさを増すプロトンに、さらなる大きな局面が訪れたのは残り30km。ヤマ場の1つであるコート・ド・ラ・ルドゥットで、先頭はブルーノ・アルミライル(グルパマ・エフデジ)ただひとりに。残りの逃げメンバーはすべて置き去りにして、単独で先を急ぐ。その約1分後、メイン集団からエヴェネプールが猛然とアタック。これを読んでいたニールソン・ポーレス(EFエデュケーション・イージーポスト)を力づくで振り切ると、あっという間に独走態勢に持ち込んだ。
「周りの選手たちが思いのほか苦しんでいるように見えたんだ。だから、ここでひとつ試してみても良いかなと感じていた。やってみたら独走になったから、これはチャンスだ!と思ったよ」(レムコ・エヴェネプール)
自分のペースに持ち込んだエヴェネプールは、早い段階から逃げていた選手たちを次々とパスし、残り22kmでついにアルミライルにも追いついた。しばしアルミライルを引き連れる形になったが、それも最後の難所ラ・ロシュ・オ・フォーコンまで。最大勾配13.2%の上りを力強く越えてみせると、あとは名もない丘を上ったらリエージュまでの下りだ。
かたや、メイン集団はいつまでもギアがトップに入りきらなかった。散発的にアタックはかかれど、どれも追撃ムードに火をつける油とはならなかった。何なら、上りで一度は遅れたワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)らが下りを経て再合流。もはや、目指すところは表彰台の頂点ではなく、その脇を固めるポジションとなった。
個人タイムトライアルでも超一流の強さを誇るエヴェネプールは、独走になれば敵なしとばかりに最終盤もぐんぐん飛ばし続ける。「向かい風を一人で走るのは本当に苦しかった」とレース後に振り返ったが、持ち前の独走力と十分なタイム差が若いハートに力を与えた。そして、残り2kmで勝利を確信し並走したテレビカメラにガッツポーズ。大観衆が戻ってきたリエージュのフィニッシュを前に、ウイニングライドを決めた。
大怪我からの完全復活を予感させるエヴェネプールの勝利
「夢がかなったよ!一生で一度あるかどうかのチャンスをつかむことができたんだ。それも初めての出場で勝ってしまうなんて、われながらクレイジーすぎるよ」(エヴェネプール)
フィニッシュラインを前に崩れた表情に、やがて涙がつたった。チームスタッフにもみくちゃにされ、その視界の先には愛する家族が待っていたからだ。2年前のイル・ロンバルディアでのクラッシュで大けがを負ってから付きまとった苦悩からも解放された。
「ロンバルディアでのクラッシュ以来、ベストコンディションで走れた実感はなかった。ただ、その間も筋持久力を向上させたり、戦術に対するキャパシティを大きくしてきた。今日の走りが新しい自分だと言い切れる」(エヴェネプール)
新王者誕生の歓喜から48秒後、メイン集団がフィニッシュへとやってきた。スプリントになった表彰台争いは、“無名”のクイントン・ヘルマンス(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)が制して大殊勲の2位。“無名”とはいっても、あくまでロードの世界での話であって、シクロクロスでは名の知られた存在なのだけれど。
「実をいうと自分がどのポジションを走っているのか分からなかった。とりあえずワウトをマークしてスプリントしたんだけど…フィニッシュしてみたらレムコの次の順位だと言われてビックリしたんだ! こんなすごい選手たちと表彰台に並ぶなんて信じられないよ」(クイントン・ヘルマンス)
スプリントで差した相手が、シクロクロスではほとんど太刀打ちできなかったファンアールトだというのも、なんだか不思議な話である。
こうして、地元ベルギー勢が表彰台を占めた今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュ。現地の観衆はもとより、「あの男」も大喜びだ。そう、パトリック・ルフェヴェル。
エヴェネプールによれば、レース前夜のミーティングはとてもリラックスしたものだったという。そこでルフェヴェルの口から語られたのは、「明日は何が起ころうとも、世界が終わるわけではないよ」。勝てないことにどこか焦っていたチームは、その一言で冷静さを取り戻した。エヴェネプールも、「自分自身やチームを信じることに集中できたのは、あの言葉があったから」と振り返る。
“ご機嫌斜め説”の真相は分からずじまいだが、チームボスがレースを前に落ち着いていて、選手たちを勇気づけたことは確かなよう。結果として、若きエースが格式高きレースを勝ってみせたのだから、モチベーターとして最高の仕事をしたといえるだろう。
春のクラシックシーズンの最後の最後、おいしいところをつかむのは、やはり“持っている”男たちだった。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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