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【Cycle*2022 ボルタ・ア・カタルーニャ:レビュー】日替わりでヒーローが誕生した伝統の山岳決戦 個人総合の行方を左右したのは“個”の力と勝負勘
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介総合優勝のセルヒオ・イギータ(中央)
新型コロナウイルス感染拡大による世界的なパニックを乗り越えて開催された昨年、大会の復興を祝うかのようにレースを完全支配したのがイネオス・グレナディアーズだった。エースクラスの選手を複数そろえ、その力を結集すると、カタルーニャの地で長く語り継がれるであろう、個人総合ワン・ツー・スリーという伝説的な偉業を成し遂げたのだった。
あれから1年。イネオス勢が残したインパクトはなおも観る者の脳裏に焼き付いていたはずだ。ただそれは、本当に「観る者」だけを支配したものであり、走る選手たちにとっては過去のものに過ぎなかった。昨年とはまったく異なる、“個”の力がダイレクトに反映されたレース展開が、それを裏付けている。
3月21日から1週間かけて、カタルーニャの外枠を反時計回りになぞるように走ったプロトン。途中で「文化のカクテル」ともいわれるフランス側のカタルーニャ“フレンチカタラン”にも足を伸ばしたあたりは、カタルーニャの威光を示したい主催者の強い意志がうかがえるものでもあった。
これまでは大会初日から中級山岳ステージが設定されたり、昨年のように前半戦で個人タイムトライアルが置かれたりしたが、今大会はそうした編成を一掃。ほどよく平坦ステージが設けられ、「これぞボルタ!」といわんばかりの本格山岳は第3・第4ステージの2日間に集約された。
このステージ設定に、開幕前から勝利への手ごたえをつかんでいたチームまで存在した。
「ナイロ・キンタナにとって、いつもタイムを失う個人タイムトライアルがないのは大きい。彼がこの大会をシーズン序盤の最大目標に据えたのはそうした理由からだ」(イヴォン・ルダノワ:チーム アルケア・サムシック スポーツディレクター)
ただ、そんなに都合よくレースは運ばない。ふたを開けてみれば、ボルタ・ア・カタルーニャは、やっぱりボルタ・ア・カタルーニャだった。
大会前半は「オーストラリアン・センセーション」。上れるスプリンター有利の第1ステージを、マイケル・マシューズ(チーム バイクエクスチェンジ・ジェイコ)が制すると、翌日の第2ステージではマシューズが発射台に回ってカーデン・グローブスをステージ優勝へと導く。かつて日本のレースにも参戦したことがある2人のスピードマンが、ナイスなコンビネーションを披露した。
すると、本格山岳初日の第3ステージではベン・オコーナー(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)が続く。この日最後の1級山岳ラ・モリーナで早めのアタックを試みると、全体的に牽制気味になったメイン集団を尻目に独走。この時点でライバルに多少ながらも総合タイム差をつけることに成功し、すっかりその気になったオコーナーからは最終目的地バルセロナまでリーダージャージを守る宣言も聞かれた。
オーストラリアン・センセーションがピークを迎えるとともに、レースそのものの流れも変化を迎えつつあった。ジャージキープを図るオコーナーの一方で、大会前から「勝利イメージ」ができていたキンタナやジロ・デ・イタリアの予行演習に今大会を選んでいたジョアン・アルメイダ(UAEチームエミレーツ)が、第4ステージでギアをトップに入れた。さらにセルヒオ・イギータ(ボーラ・ハンスグローエ)も食らいつくと、3人はオコーナーを振り切ることに成功。1級山岳ボイー・タウイの頂はアルメイダが獲り、リーダージャージはキンタナへと渡った。
本格山岳の2日間を終えた時点で個人総合トップに立ったキンタナだが、プラン通りだったのは「トップに立っている」という事実だけだった。総合タイム差なしで並んでいたアルメイダの存在は、まるで噛みついて離れない獣のように感じたに違いない。案の定、第5ステージでは中間スプリントポイントで先着を許してしまう。この日を終えた時点でアルメイダにリーダージャージが移ると、キンタナとチームが抱いていた大会前のイメージはもろくも崩れ落ちたのだった。
この大会のバックに脚本家がいたならば、どれだけシナリオを転換させれば気が済んだのだろうか。個人総合上位陣の運命が分かれたのは第6ステージでのこと。フィニッシュまで140km残したタイミングで、リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)とその時点で個人総合3位につけていたイギータがメイン集団からアタック。10人いれば10人全員が「無謀だ」と言いそうなチャレンジを、南米が生んだクライマー2人が打って出たのだ。
「獲得標高3000mを超えるこの日こそ、総合ジャンプアップのチャンスだと思っていた」(リチャル・カラパス)
カラパスを上位に送り込みたいイネオス・グレナディアーズとしては、狙いすました仕掛けだった。これまでの戦いから、一度トップに立つと強固な守備力でライバルによるジャージ奪取を阻んできたUAEチームエミレーツに対して、講じるべき策は早い時間帯での集団破壊しかないとイネオス首脳陣は踏んだ。
そこでチームは、ルーク・プラップを先鋒に送り込むことを決める。体調不良に苦しんでいたオージーに対して、首脳陣からの指示は「リタイアして良いから集団を引き切ること」。ミッションを遂行したプラップは、集団を壊し、やがて飛び出していくカラパスの後ろ姿を確認してバイクを降りた。
かたや、ジャージを守り切ることに集中しているつもりだったアルメイダは、読み違いを痛感する。
「何かが起こるとすれば、バルセロナでの最終ステージだと思っていた。イネオス・グレナディアーズがペースを上げたときには集団の後ろにいて、対応が間に合わなかった」(ジョアン・アルメイダ)
第6ステージは東京五輪金メダリストのカラバスが制した(右)
気を抜いていたわけではない。だけど、第6ステージでこんなになるなんて想定していなかった。慌ててアシスト陣が新たな仕事に急いだが、東京五輪金メダリストとチームを変えて羽が生えた若きクライマーの勢いには勝てなかった。
こうして狙い通りに先頭に立ったカラパスに、イギータというこれ以上ない援軍が加わった。総合で20秒リードされている相手ではあったが、互いに順位を上げたいという利害が一致し逃げることを最優先。スペイン語で会話できる間柄であることもプラスに働いた。戦況を確認しあううちに、一緒にフィニッシュを目指す方向で合意。ステージ優勝を譲り合うつもりまではなかったという両者だが、カラパスが優勝し、2位のイギータがリーダージャージを獲ることで、すべてがきれいに収まった。
イギータにとっては、第4ステージでアルメイダらと一緒にフィニッシュしていたことが後になって奏功した。このステージでアタックを空振りさせていたカラパスに対してタイム差をつけて終えていたことで、2日後にやってきたカラパスとの二人旅にも冷静に立ち回れた。これぞ、100点満点の伏線回収である。
最終日・第7ステージでも、バルセロナ・モンジュイックの丘で散発したライバルの攻撃にもうまく対処し、自らは一切のアタックをすることなくリーダージャージを堅守。UCIワールドツアーでは初の総合タイトルながら、その走りは熟練のステージレーサー張りとの高い評価も付いた。
「毎日がタフなレースだった。一番を挙げるとするなら…第1、第2、第3、第4、第5、第6、第7ステージかな(笑)。だけど、モンジュイックのような丘陵の周回コースは大好きなんだ。何が起きても焦りはなかったよ」(セルヒオ・イギータ)
短編ストーリーとしても成立するほどに、作りこまれた各ステージ。日替わりでヒーローが生まれたのも今大会のトピックだ。第2ステージではヨナス・ヴィデバーグ(チーム ディーエスエム)がリーダージャージに袖を通したし、第5ステージでは「マーク・カヴェンディッシュの後継者」イーサン・ヴァ―ノン(クイックステップ・アルファヴィニル)がプロ初勝利。最終・第7ステージでは、個人総合争いに沸く中でアンドレア・バジオーリ(クイックステップ・アルファヴィニル)が小集団スプリントを制するなど、これからが楽しみな選手たちのお披露目の場ともなった。
最後に、第1ステージを2位で終えた直後に不整脈で倒れたソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)について触れておきたい。医療スタッフの迅速な対応もあり命の危険を脱した彼は、搬送されたジローナ市内の病院を無事に退院。3月27日にイタリアに帰国した。これからしばらくは、不整脈の原因を突き止めるべく検査を続けていくとしている。
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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