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【Cycle*2022 ミラノ~サンレモ:レビュー】秘密兵器を備えたプロトン随一の下り巧者がプリマヴェーラの王に!モニュメント初制覇のモホリッチ「自分を信じることを、決して止めなかった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかモニュメント初制覇のモホリッチ
勝負を分けたのは、ポッジオからの、目が眩むようなダウンヒル。293kmの果てのラスト5kmにすべてをかけたマテイ・モホリッチが、まんまと作戦を成功させた。最高峰の下り技術を、いまだかつて誰も試みなかった仕組みで武装し、自身初のモニュメントをさらい取った。
「ラスト数キロは極度に集中して走った。ほかのことはなにも考えず、ただ自分のベストを尽くした。やり遂げられて本当に嬉しい。一生に一度のチャンスであり、同時に僕にとっては、永遠に続くものだ」(モホリッチ)
開幕前に話題の中心にいたのは、むしろ別のスロベニア人だった。それが6日間の日曜日にそれぞれ重要なステージレースを制したタデイ・ポガチャルとプリモシュ・ログリッチであり、前者は自身が優勝本命の1人として、後者はワウト・ファンアールト擁するユンボ・ヴィスマ最強のチームメートとして多くの視線を集めた。
残念ながら前回覇者ヤスパー・ストゥイヴェンや世界王者ジュリアン・アラフィリップは体調不良により不在で、カレブ・ユアンやソンニ・コルブレッリもまた病気欠場に追い込まれていた。大会前日にマチュー・ファンデルプールの電撃出場が発表されたが、東京五輪で負った故障に苦しんできた上に、このミラノ〜サンレモがシーズン初戦だったせいだろうか、永遠に繰り返されてきたワウトとマチューの因縁対決より、今回ばかりは、「ポガチャルvsユンボ」の構図のほうが注目されていた。
スタート直後にあっさり8人の逃げを見送ると、ユンボがためらわず集団制御に乗り出した。タイムトライアル巧者のベテラン、ヨス・ファンエムデンが最前列に位置取りすると、そこから実に200km以上にも渡ってほぼ1人で先頭を引き続けた。逃げには最大7分程度のリードを許した。つまり淡々と、しかしかなりの高速テンポを刻んだ。最終的な走行平均時速は45.331km。これは1990年大会に次ぐ史上2番目に速い記録だった。
レース半ばのトゥルキーノ登坂で上昇したストレスは、一旦は緩んだものの、走行距離が220kmを超えると、もはや後戻りできないほどに緊張感は高まっていく。小さなうねりと起伏をはらむリグーリア海岸道路で、ここまえで2列目で控えていた複数のチームが隊列を組み上げた。新城幸也の引っ張るバーレン・ヴィクトリアスも、いよいよ最前列へと競り上がった。
残り50km。3つの連続する小さな出っ張り、トレ・カピに突入すると、前方でも後方でも恐ろしいふるいわけが始まった。逃げ集団は少しずつ小さくなり、メイン集団からは、表彰台候補の一角に上げられていたトーマス・ピドコックが後退していった。
チプレッサに向けて、スピードはさらに増す。トタルエネルジーも凄まじい勢いで前に突進した。過去2度表彰台に上ったっぺーター・サガンが、この最悪のタイミングでメカトラの犠牲となろうとも、昨大会10位のアントニー・テュルジスを乗せた列車はもはや止まらない。
全長5.5kmの山道に入ると、脚のないものは容赦なく切り捨てられた。残り25km、ユンボと最前列を激しく奪いあった末に、とうとうUAEチームエミレーツが主導権を握ったせいだった。まずはヤン・ポランツが、続いてダヴィデ・フォルモロが、ポガチャルのために猛烈な牽引作業を行った。スプリントにもつれ込みさえすれば最速のファビオ・ヤコブセンは、本格派クライマーの刻むスピードにたまらず撃沈。下りに入る頃には、メイン集団は30人ほどにまで数を減らしていた。
ポッジオ突入前に集団がこれほど小さくなるのは、氷雨の中のサバイバル戦をアレクサンダー・クリストフが制した2014年大会以来のこと。しかもポッジオの上りで、さらに集団は絞り込まれる。
すべてはポガチャルがきっかけだった。朝からの逃げを最後の1人まで回収し終え、最後の補佐役ディエゴ・ウリッシがスピードを上げると、残り8.2km、大きく加速を切った。この動きに慌てた集団後方で落車が起こり、巻き添えを喰らった2016年大会覇者アルノー・デマールら数人がわずかに遅れた。
アタックを打つポガチャル
しかもポガチャルの加速は、1度ではなかった。ツール・ド・フランス2連覇中の王者は全部で4度、強烈なアタックを打った。しかし平均3.7%、最大8%の勾配は、ポガチャルが一気に差をつけるには緩すぎたし、3.7kmの坂道は短すぎた。ファンアールトやファンデルプール、さらにはログリッチがことごとく穴を埋めた。
むしろセーアン・クラーウアナスンの渾身の一撃が、集団を破壊した。2年前のツールでは、下りアタックで区間2勝をもぎ取ったダウンヒル巧者は、頂上間際で長い長い加速を断行。ただポガチャル、ファンアールト、ファンデルプールだけが食らいつき、残り5.5km、4人でサンレモへの下りへと飛び込んだ。
「もしも調子が十分に良くて、ポッジオで脱落さえしなければ、最高の下りに打って出るチャンスがあると分かってた。ほんの少しリスクを冒すことになるけど、勝利に向かって粘れるはずだ、とね」(モホリッチ)
2月に体調を崩し、そこから100%にまで復調しながらも、ストラーデ・ビアンケの大集団落車で膝を痛めた。だから「絶好調ではなかった」と振り返るモホリッチは、上りでの差を最小限に食い止めた。マシューズやピーダスンらスプリンターたちと共に追走を仕掛け、そして、下りで素早く前の4人をとらえた。追いつくと同時にするすると最前線へと上がり……そのまま先頭で下り始めた。クレイジーなまでのスピードで!
ただ本人はクレイジーな状態などではなかった。グランツールで手にしてきた区間4勝はすべて200km超ステージという長距離巧者のモホリッチは、290kmを超えた先のスリリングなダウンヒル中でもなお、判断力と集中力とを保ち続けた。道路脇の段差をジャンプで回避し、家壁ぎりぎりにコーナーを攻めた。前走するオートバイのスリップストリームを、衝突ぎりぎりまで利用することも忘れなかった。
かつて独特なダウンヒルテクニック(トップチューブに座る「スーパータック」ポジション+ペダルを回す)でアンダー23世界選手権を制し、自転車界に新たな波を起こしたプロトン随一の下り巧者は、しかもこの日は秘密兵器を備えていた。それが「ドロッパーシートポスト」。マウンテンバイクではおなじみの、走りながらサドルを上下できるシステムは、モホリッチ曰く「普通に走ればより安全性が増し、全力で走ればものすごいスピードが出せる」もの。
「冬の間中、このレースのことを考えていたんだ。チーム側からドロッパーシートポストを使ってはどうかとのアイディアが出された。だって下りで終わるこのレースは、僕向きだからね。そのために自転車を準備してもらって、ハードに練習してきた」(モホリッチ)
心技体すべてを揃えたモホリッチに、もはや誰も追随できなかった。残り4.3km、第3のスロベニア人は、完全なる独走態勢に入った。
後方の足並みは揃わなかった。レース前モホリッチに「下りで僕についてこないほうがいい」と忠告されていたというポガチャルは、そもそも「ついていく勇気がなかった」。ポッジオの上りの落車で割れた集団は、さらに最終盤で「ログリッチが前を塞ぐように減速」(byデマール)したことで合流を阻まれ、ようやく下りでひとつになりつつあったものの……ジャコモ・ニッツォーロの落車で再び分断。数にモノを言わせられなかったのも災いした。
残り2.2kmで道が平坦になった時点で、タイム差は6秒。しかし、このわずかな差は、モホリッチにとって十分だった。ここにきて、とうとう、ワウトvsマチューの因縁対決が勃発してしまったせいでもあった。ポッジオでポガチャルの攻撃に喰らいつけたのは満足だけれど、それが脚を削ってしまった……と振り返るファンアールトと、腰痛+膝の手術明け+シーズン初戦のファンデルプールは、代わる代わる加速を試みたものの、むしろ壮大な警戒合戦に終始した。
シートポストを指差してフィニッシュするモホリッチ
ラスト1kmを示すアーチをくぐり抜けた直後に、軽いチェーントラブルに見舞われかけたが、モホリッチは冷静に再加速を切った。牽制をすり抜け、最終コーナーを抜けた直後にテュルジスが後を追い始めるも、ローマ通りの最終ストレートを悠々突き進む勇者にはもはや届かなかった。2秒差ですべてを振り切り、モホリッチが「プリマヴェーラ(春)」の王となった。
「自分を信じることを、決して止めなかった。ただ全力を出した。……信じられないね。言葉にならない」(モホリッチ)
2度の国内選手権制覇を除けば、モホリッチにとっては2018年以来となるワンデーレース勝利。また2020年リエージュでスロベニア人初のモニュメント優勝を成し遂げたログリッチ、2021年秋にスロベニア人として初めてロンバルディアを制したポガチャルに続き、スロベニアに初めてのサンレモの栄光をもたらした。
2位にはテュルジスが滑り込み、3位争いのスプリントはファンデルプールが制した。「勝利が目の前に見えていたし、脚もあったから、少しフラストレーションを感じる」(テュルジス)、「やっぱりがっかりしてるよ。だって勝利のためにスプリントできたはずだから」(ファンデルプール)と、それぞれに苦い思いを抱えて表彰台に上った。
ポガチャルは5位で、今季初めて「黒星」がついた。ファンアールトは8位。4度目のサンレモ参戦で、自身にとっては最も低い成績に終わった。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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