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厳しかった山岳2連戦を終えて平地へと帰還したこの日、スタート直後から大量19選手が一気に飛び出していった。サイモン・ジェラン(サーヴェロ テストチーム)やレオナルド・ドゥケ(コフィディス・ル クレディ アン リーニュ)などの山でじっと我慢してきたスピードマンたち、アレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ)やリーナス・ゲルデマン(チーム ミルラム)、ヤコブ・フグルサング(チーム サクソバンク)などの総合争いから早くも脱落してしまった選手たち、そして山で叶えられなかった山岳ジャージ獲得をこの日こそ果たしたいダビ・デラフエンテ(フジ・セルヴェット)など、エスケープに乗った選手たちの思惑や顔ぶれは様々だった。前方に選手を送り込んだのは全21チーム中、15チーム。特に第10ステージのゴール地ムルシアにチーム本拠地を構えるコンテントポリス・アンポは、3選手が存在をアピールする。一方で連日逃げてきたヴァカンソレイル プロサイクリングチームは、誰1人として逃げに乗れなかった。
逃げ集団の中で、最も総合上位につけていたのが13分34秒遅れのデラフエンテだった。つまり「19人に総合表彰台争いを脅かす選手はいない」とプロトンは判断し、早い段階で逃げ切りを容認した。こうして快適に走り続けたエスケープ集団が、つけたタイム差は最大8分15秒。ゴール前15.9km地点、今ステージ唯一の難所である2級峠クレスタ・デル・ガジョへの登坂口に到着した時にも、タイム差は未だ4分45秒あった。
ゲルデマンが、登り直前、前方集団からアタックをかけた。すぐにアイトール・ペレス(コンテントポリス・アンポ)が張り付くが、数度の加速で振りほどいた。山頂間近で追いついてきたベニャット・インサウスティ(フジ・セルヴェット)は、下りのパンクで自滅した。2007年ツールでマイヨ・ジョーヌを1日着用した26歳は(9月16日で27歳になる)、この日も勝てる実力は間違いなくあったはずだ。ただし運には恵まれなかった。最悪のタイミングで襲った前輪のパンク。ゲルデマンはひとり路肩に立ちつくし、後ろから追いかけてきた4選手がすさまじい勢いで自分の脇を駆け抜けていくのを、ただただ眺めているしかなかった。「まさに悲劇だ」とチーム監督が語ったように、緊張の糸が切れたゲルデマンは、先頭から8分33秒遅れでゴールラインを超えている。
登りでアタックを繰り返し、下りでは超ハイスピードな追走を企て、ライバルの不幸にも少しだけ助けられた4選手はついに先頭を奪った。ヴィノクロフ、ジェラン、フグルサング、そしてライダー・ヘシェダル(ガーミン・スリップストリーム)という実力派集団は、ゴール6km地点でのヴィノクロフのアタックを皮切りに、今度は緊張感あふれる壮大なかけひき合戦を繰り広げた。4人が道幅をいっぱいに使って左右に蛇行したり、スピードを緩めて様子を伺いあうシーンは、まるでトラック競技そのもの。そして残り1kmのアーチを越えたあと、いよいよ我慢出来なくなったのか、それとも全盛期の脚があれば逃げ切れると思ったか……、ヴィノクロフが真っ先に勝負に出た!
しかし、ヴィノクロフから絶対に目を離さなかったジェランが、瞬時に反応した。するりと先頭を奪い取り、そのままゴールラインまで渾身のスプリント。「ゴールスプリントに持ち込めば勝てると思った」と語った通りに、最後はまるで危なげなく勝利を手に入れた。ジェランは2008年ツール、2009年ジロでもそれぞれ1勝ずつしており、今回の勝利で3大ツール全てで区間を制したことになる。ちなみにツールでは大逃げの果てに難関山頂ゴール、ジロでは大逃げの果てにクラシック風激坂ゴール、そして今回もやはり大逃げの果てにスプリントゴールと、タイプの違う3つのステージを制している。
復帰後初のグランツール区間勝利を狙ったヴィノクロフは、結局4位で1日を終えた。また2級峠でポイントを手に入れるためだけに2日連続で逃げに乗ったデラフエンテが、山頂を3位通過して見事に5ポイント獲得。前日は1ポイント差で逃した山岳賞ジャージを、この日はついに手に入れた。なんでも登りで持てる力を全て出し切ったため脚が言うことを聞かなくなり、山頂通過後はしばらくペダルが回せなかったんだとか。
1日中静かに走ってきたプロトンも最終峠でスピードアップを見せる。特に山頂間際ではマイヨ・オロのバルベルデ自らが前方へ進み出た。妻子の待つムルシアへいち早くたどり着きたかったから……というわけでは決してなく、この山の怖さを知り尽くした地元民ならではの自衛策だったそうだ。高速ダウンヒルが終わった後は静かな走りを取り戻し、総合ライバルたちと揃って集団でゴール。表彰台では1歳8ヶ月になる双子のイバン君とアレハンドロ君と共に、故郷での栄光をたっぷりと味わったのだった。
●サイモン・ジェラン(サーヴェロ テストチーム)
ステージ優勝
ハードなステージだった。特に最後の峠がすごく厳しかった。登りは難しかったし、下りはひどく危険だった。パンクや落車などのアクシデントがいつ起こるか分からなかったから、逃げ集団から置いていかれないよう必死だった。それに峠さえ我慢すれば、ゴールスプリントに持ち込める可能性があると分かっていたからね。
一番警戒したのはヴィノクロフの動き。彼は経験豊富な選手だし、スプリントを嫌って早めに飛び出すに違いないと予想していたからね。予想通りヴィノクロフは登りでアタックしたし、下りでアタックしたし、残り5kmでもアタックを仕掛けた。だからボクはレースコントロールを心がけた。とにかくスプリントに持ち込めば勝つチャンスがある、ボクが一番速い、と考えていたんだ。
今大会には2つの目標を掲げて乗り込んだ。1つはステージ優勝、もうひとつは世界選手権に向けての調整だ。最初の目標は達成した。今後は世界選手権までにどれだけ調子を上げていけるか見ていきたい。フィジカルの調子はグングン上がっている。メンドリジオではいいチャンスをつかめると信じているよ。
●アレハンドロ・バルベルデ(ケースデパーニュ)
総合リーダー
マイヨ・オロでムルシアを走れるなんて、本当に感激だね。2人の息子と彰台に上がれるなんて、すごく特別な気持ちだよ。信じられない。今後の目標はこのリーダージャージを着てマドリードにたどり着くこと。とにかく2回目の休養日まであと1人ステージ。その先は1日1日、戦っていくだけだよ。ブエルタはまだ長い。
今日はかなり静かな1日だった。チームメイトの1人が逃げ集団に入っていたし、逃げ集団には総合を脅かすような選手が1人もいなかった。だから我々チームは何の問題もなくステージをコントロールできた。ただし最後の山頂が近づいたときだけは少しスピードを上げたんだ。だってあの山のことは熟知していたからね。スピードの出る下りだし、舗装状態も悪く危険だ。だから下りに入る前に、集団前方にポジションを取っておきたかったんだ。ライバルを出し抜くためじゃない。サムエル・サンチェスが下りで何か仕掛けてくるかもしれないぞ、と考えたからなんだ。あんなタイプの下りでなら、サンチェスはボクから数秒縮めようとアタックする可能性が十分あった。だから彼のそばに張り付いて目を離さなかった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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