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【Cycle*2021 イル・ロンバルディア:レビュー】怪物・ポガチャル、メルクス以来49年ぶり大記録でロンバルディア制覇「僕はここでこうして勝利を手に入れた」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか【ハイライト】
イル・ロンバルディア|Cycle*2021
カンピオニッシモとカニバルに早くも追い付いた。史上わずか3人目、49年ぶりのとてつもない快挙を成し遂げた。春にはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを勝ち取り、夏にツール・ド・フランス総合優勝を手にしたタデイ・ポガチャルが、秋にイル・ロンバルディアの覇者となった。23歳になりたてほやほやの怪物が、自転車ロードレースの歴史に、改めてその名を刻んだ。
タデイ・ポガチャル
「僕にとってはすべての勝利が大切なんだ。でも、この勝利は、特別だね。だってロンバルディアのスタートラインに立つことを夢見ていたし、ここイタリアで、最強の選手たちと渡り合いたいとずっと願っていたから。そして、今、僕はここでこうして勝利を手に入れた」(ポガチャル)
シーズンの終わりに、そうそうたるチャンピオンが、コモ湖のほとりに集結した。マイヨ・ジョーヌ3人を含むグランツール総合優勝経験者が8人も揃うのは、過去20年で最多だった。そもそも約2ヶ月半前にツールを制した王者が、その年のイル・ロンバルディアを戦うのは、21世紀でわずか2回目だ。
グランツールとクラシックの棲み分けが進み、長い間、両方を自由に行き来するのはヴィンチェンツォ・ニバリとアレハンドロ・バルベルデくらいのものだった。ただし2019年、ツール覇者エガン・ベルナルとブエルタ王者プリモシュ・ログリッチが「落ち葉のクラシック」に乗り込んで以来、時代は急速に変わっていく。2020年秋のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュは、直前のツールで総合表彰台に上がった2人が、そのま表彰台を分け合った。2021年の春は、現役ツール王者のポガチャルが、最古参の栄光に輝いた。
スタートから30kmを過ぎて形成された10人の逃げの背後で、勢力的にタイム差制御に努めたのはイスラエル・ス
タートアップネイションだった。直前のセミクラシック2連戦で好成績を並べたマイケル・ウッズと、この日を最後に自転車を降りる2014年覇者ダニエル・マーティンのために、中でも力を尽くしたのがクリス・フルームだ。ツール総合4勝・ブエルタ2勝・ジロ1勝とグランツールを圧倒していた時代に、フルームがロンバルディアに足を伸ばしたことは1度もない。つまり36歳にして初参戦!
ダニエル・マーティン
そんなイスラエルに加えて、世界選手権2連覇ジュリアン・アラフィリップ擁するドゥクーニンク・クイックステップと、ワンデー2連勝ログリッチ率いるユンボ・ヴィスマが、きっちり仕事を分け合った。今大会トップ5入り2度のティム・ウェレンスを含む逃げ集団には、最大6分半のリードを許した。
ツール覇者として同秋のロンバルディアで3位に入ったベルナルこそ不参加だったものの、元ジロ覇者テイオ・ゲイガンハートを連れてきたイネオス・グレナディアーズは、むしろアダム・イェーツのために働いた。レースもいよいよ残り90kmを切り、ドッセーナとザンブラへの連続登坂を迎えると、波状攻撃を開始。アシストが交互にアタックを繰り出し、メイン集団に揺さぶりをかけた。
ドゥクーニンクとユンボはすぐにアシストがチェックに向かい、イスラエルは穴を埋めに走った。リエージュ4勝・フレッシュ5勝ながら、なぜかロンバルディアは2位×3回と優勝に縁がないバルベルデのためにモビスターも隊列を組んだ。EFエデュケーション・NIPPOのニールソン・ポーレスは、この夏のクラシカ・サンセバスチャンを制した山の脚で、むしろ自らもアタック合戦に加わった。
しかしザンブラからの下り突入直前に、ウルフパックが主導権をがっちりとつかむ。アルカンシェルを従えて、先頭でダウンヒルを敢行。残り55.5kmで朝からの逃げを回収しつつ、すでに60人ほどにまで小さくなったメイン集団に、秩序を強いた。
それでも緊迫感は否応なしに高まっていく。小さな飛び出しの試みが相次いだ。あらゆるビッグチームが、競うように集団先頭で隊列を走らせた。スピードは恐ろしいほどに上がっていく。そして残り41km、2021年大会最大の勝負地、パッソ・ガンディアの坂道へと飛び込んだ。
先頭で上り始めたのはティシュ・ベノートだった。ツールを愛し、しかしクラシックの伝統をも愛するロマン・バルデを背負い、麓から猛烈なテンポを刻んだ。脚のない者たちは、たまらず後退していく。集団は30人ほどにまで小さく絞り込まれた。ドゥクーニンクの「トリオリーダー」の1人、レムコ・エヴェネプールさえ後方へと消えていった。
ここでニバリがアタックに転じる。ちなみに母国のモニュメントには現役最多14度目の出場ながら、ツール制覇の2014年に限っては、ロンバルディア当日にカザフスタンのアルマティ一周に出場していたという(アスタナ所属だったし、来季は再び古巣へ戻る)。
それでも過去2度、同大会を勝ち取り、2018年にはミラノ〜サンレモさえもコレクションに加えてしまった36歳は、ほんの1週間前に地元シチリアで2年ぶりの勝利を上げたばかり。つまり獰猛な攻撃力を取り戻した「メッシーナの鮫」の、渾身の加速に……初出場ポガチャルが反応した!パヴェル・シヴァコフとバルデも後に続いた。
しかもポガチャルは、息つく間もなく、今度は自らがアタックを打った。初参加23歳は「ノープラン」だったが、山の麓でチームメートたちには「調子がよかったら動くよ」と告げていたという。残り35.5km、本能の声に従った。
「おそらく誰かが一緒に来るだろうと考えていた。でも、きっと、ひどくハードなレースだったから、みんな最終盤に力を残すために動かなかったのだろう。だから僕はひとりで行った」(ポガチャル)
アルカンシェルのアラフィリップ
遠ざかっていくツール総合覇者の背後では、ドゥクーニンクが追走を引き受けた。2人目のリーダー、ジョアン・アルメイダさえも脱落したが、残るアラフィリップのために、ファウスト・マスナダが力を尽くした。マスナダは牽引するだけでなく、むしろ自ら飛び出しさえした。
ただ前から戻ってきたシヴァコフの援護で、イェーツがついに加速を切ったことで、マスナダは一旦は回収された。もちろん回収されると同時に、再びアシストの職務に専念した。アラフィリップ、イェーツ、ログリッチ、バルベルデ、バルデ、ウッズ、ダヴィ・ゴデュという8人に絞り込まれた集団の先頭に立ち、黙々と引き続けた。
少し先で今ツール総合2位ヨナス・ヴィンゲゴーが合流し、つまりユンボも2人になった後でさえ、一切の責任はウルフパックが負った。ポガチャルは一気に30秒ほど開いたが、マスナダの大いなる奮闘で、しばらくタイム差は動かなかった。
上りの最終盤、満を持して、アラフィリップが猛然と加速を切った。ただしライバル全員が難なくついてきた。振り落とされたのはアシストの2人……マスナダとヴィンゲゴーだけ。
「僕の任務は上りで差をつけること。でもそれができなかったから、ファウストが僕の代わりに飛び出すことになった。彼が行くのは予定通りではなかったけど、でも誰かを前に送り出さなきゃならなかった」(アラフィリップ)
だからフィニッシュ地ベルガモで「生まれ育ち、この道で大きくなってきた」というマスナダは、続く下りで、自分のための走りに切り替えた。あっという間に集団をとらえた。さらには、そのままカウンターで追い抜くと、九十九折の連なるひどくテクニカルな道を猛スピードで駆け下りた。改めて、ポガチャルを、猛然と追いかけた。
「マスナダがこの道を熟知していることは分かっていた。テクニカルなダウンヒルを利用して、僕に追い付いてくるだろうことも分かってた」(ポガチャル)
予想外に1人になってしまったポガチャルは、むしろマスナダの合流を期待した。「だって僕はこの道を走るのは初めてだった」し、思ったように増えないタイム差も、2人なら、もっと大きく開くことができるはずだった。だから2度ほどカーブでヒヤリとさせられた後は、無茶をせず、本来のリズムで下った。
ところが残り16kmでマスナダにとらえられた後、またしてもポガチャルは、予想が外れてしまったことを理解する。
「でも彼がまったく先頭交代に協力してくれないなんて、知らなかった!」(ポガチャル)
当然マスナダは、「後ろにアラフィリップがいるから」という理由で、ポガチャルの後輪にひたすら張り付くだけだった。その後方集団は、やはり下りで追い付いたヴィンゲゴーが、今度こそログリッチのために牽引作業を担った。まるで足並みの揃わなかったエースたちも、いつしか先頭交代に力を貸し始めた。一時は50秒近くまで開いた差は、残り10kmで、30秒にまで縮まった。
「マスナダが僕を助けてくれはしないのだと理解した後、僕にはひたすら力を尽くし続ける以外の選択肢はなかった。だってリードはいつまでたっても30〜40秒ほどしかなかったから」(ポガチャル)
毅然として前を走り続けたポガチャルに対し、逆にタイム差が縮まったせいで、追走集団は途端に互いの顔を見合わせ始めた。疑心暗鬼へ。加速と減速。壮大な化かし合い。再びタイム差は広がっていく。
残り4kmからの、コッレ・アペルトで、ポガチャルはマスナダを振り落としにかかった。しかしベルガモ旧市街へと誘う上りには、シーズン最後の大一番を見届けようと、たくさんのファンが詰めかけていた。声援に背中を押され、地元っ子は必死にしがみついた。逆に自らも加速を試みた。ただポガチャルを引き剥がすことなど、不可能だった。
最後の一騎打ちを制したポガチャル
最終ストレートでは、2人は互いから目を離さなかった。あくまでマスナダは後方にとどまり、緊迫した空気の中、わずかなチャンスを追い求めた。フィニッシュライン手前ぎりぎりまで、2人とも粘り続けた。そして残り100m、突如として弾かれたように、スプリントの火蓋が切られた。ポガチャルが1度も先頭を譲らぬまま、勝者としてフィニッシュラインを越えた。
「クレイジーだ。こんな風にシーズンを終えることができるなんて、言葉にならない。シーズン前半はひどく長かった。でもシーズン終盤は、良い日もあれば、上手く行かない日もあった。リズムが上手くつかめなかった。でも昨日フィニッシュ直前の上りを下見に出かけた時、自然とモチベーションが湧いてきた」(ポガチャル)
たしかに狂乱の1年だった。2月のUAEツアー総合優勝から長いシーズンに乗り出したポガチャルは、春と秋に1つずつモニュメントを手に入れた。2015年にジョン・デゲンコルプがミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベを手にして以来、6年ぶりの成功だった。夏にはツールも手に入れた。ツールとモニュメントの組み合わせは、1981年のベルナール・イノーがルーベ+ツールを一挙に勝ち取って以来、40年ぶりだ。
さらにツール+モニュメント2勝というのは、1972年エディ・メルクス以来、49年ぶりの一大事。これほどの快挙を成し遂げたのは、史上でも、「カニバル=人食い」メルクスと「カンピオニッシモ=最上級のチャンピオン」ファウスト・コッピしか存在しない。「記録には興味がない」と常々繰り返す23歳のポガチャルにとっては、どうでもいい話なのかもしれないが、メルクスは1969年・1971年にツール+モニュメント3勝、1972年にツール+ジロ+モニュメント3勝を独占している。
一時は2つに分割した後方集団は、最終的には51秒差で、揃ってフィニッシュラインを越えた。先行5人がお見合いしているうちに、遅れていたログリッチとイェーツが一気にまくったせいだった。先の2戦では、いずれもログラにスプリント負けを喫したイェーツが、この日は3位争いを勝ち取った。
勢力的にレースを動かしたウルフパックは、マスナダの2位で満足するしかなかった。アラフィリップの「2枚目」のアルカンシェルジャージ姿での初勝利も、2つ目のモニュメントタイトルも、お預けとなった。
こうして2度目の「ウィズ・コロナ」ワールドツアーシーズンは、幕を閉じた。年始のオセアニア2戦や秋のカナダワンデー2連戦は中止に追い込まれたし、本来の最終戦ツアー・オブ・広西も、スケジュールから消えた。大陸をまたぐ渡航はいまだ厳しい制限下にあり、ワールドツアーのプロトンが欧州の外を走ったのは2月のUAEツアーだけ。
ただ3大ツールはすべて日程通りに執り行われた。昨季は4つしか開催されなかった5大モニュメントも、順番こそ少し入れ替わったものの、今季は5つすべてで堂々たる勝者が誕生した。
もちろん、世界的パンデミックは、まだまだ完全収束には程遠い。南半球でのワールドツアー開幕は、2023年まで待たねばならない。それでも我々は徐々に日常を取り戻しつつある。願わくは、1年後には、グランツールやモニュメントを彩った選手たちと……宇都宮やさいたまで再会できますように!
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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