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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第17ステージ】豪華な2人のクレイジーな冒険!圧巻の強さを披露したログリッチを気高きベルナルも称賛「彼は勇敢だった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかクレイジーな2人旅に出たログリッチとベルナル
霧と雨に濡れたコバドンガに、新たな伝説が綴られた。2人の偉大なるチャンピオンがロングアタックに挑んだ。エガン・ベルナルは気高い勇敢さで、大胆な賭けを打ち、プリモシュ・ログリッチは圧巻の強さで、改めて大会の頂点に上り詰めた。
「自転車レースにはリスクがつきもので、いつだってあらゆる事が起こり得る。でも今日は上手く行った。楽しんだよ。僕にとっても、チームにとっても最高の1日だ」(ログリッチ)
この日を待っていた。スタート前にログリッチはこう宣言していた。大会初日にマイヨ・ロホをまとった後、2度、あえて手放した。総合首位のあらゆる責任を他人に譲り渡し、この山頂フィニッシュ2連戦へ向け、静かに調子を整えてきた。
総合優勝や表彰台を狙うライバルたちにとっても、間違いなく、勝負の時だった。そもそも今ステージは、逃げ向きではない、と言われていた。行く手には4つの山が立ちはだかるものの、山の間には長い谷間が広がっている。案の定、スタートから始まった飛び出し合戦は、いつも以上に難渋した。熾烈なコントロールと、地形とが、逃げの形成を阻んだ。
山岳ポイント争いさえも、スタートから37.3km地点の3級峠が、最初で最後のクライマックスだった。2つの塊が前方へ飛び出し、そして吸収された後に、山岳賞首位ロマン・バルデと2位ダミアノ・カルーゾ、そしてヤン・ポランツ(山岳賞3位ラファウ・マイカのチームメート)がスプリント。逆順で山頂を越えると、本日の収集合戦は終了した。
長い下りと長い谷間を抜ける間に、またしても2つ先行集団が生まれ、消えていった。ようやく逃げらしきモノが出来上がるのは、時速50km超で約80kmをぶっとばした後。2つ目の山の麓で、ついに大きな集団が、前方へと遠ざかっていった。
25人ほどの先頭集団は、一時は2分のタイム差をつけた。中でもイネオス・グレナディアーズのディラン・ファンバーレが、高速を保ち続けた。力づくで追い付いてきた総合14位ダビ・デラクルスのために、マッテオ・トレンティンは勢力的に牽引役を務めた。1週目に早くも総合争いの望みを失ったミケル・ランダは、鮮やかな加速で、ブリッジを成功させた。
しかし、山頂を越えると、またしても長くテクニカルな下りと長い谷間がやってきた。しかも今ブエルタ初の雨が降り出した。ただオリヴィエ・ルガックだけが軽々と下っていく一方で、逃げの仲間たちは濡れた路面を恐れた。「みんなすぐに追い付いてくると思った」という元ジュニア世界王者に、とうとう誰も追い付いては来なかった。他の選手たちは谷間の底ですべて回収された。上りでイネオスが加速を強行したせいで、一旦は遅れたマイヨ・ロホのオドクリスティアン・エイキングも、下りでユンボ・ヴィスマが安全走行を心がけたおかげで、無事に集団復帰を果たした。
3つ目の山道に差し掛かると同時に、再びイネオスが加速へと舵を切った。すでにステージ序盤から攻撃的に走り続けてきた英国チームは、残り64km、パヴェル・シヴァコフとトーマス・ピドコックとで猛烈なリズムを刻んだ。ひとり逃げていたルガックはすぐに前から引きずり降ろされた。わずか2kmほどでエイキングは耐えられなくなり、後方へと突き放された。集団はみるみるうちに小さくなっていく。
フィニッシュまで61km。イネオスの仲間たちの後押しを得て、総合7位ベルナルが、突如としてアタックに転じた。総合首位との4分21秒差を、なにより総合3位ログリッチとの2分45秒差をひっくり返すための、奇襲に出た。「僕に失うものなんかなにもない。総合5位だろうが10位だろうがどうでもいい」と、2019年ツールのマイヨ・ジョーヌにして、2021年ジロのマリア・ローザには、すべてを失う覚悟が出来ていた。
「僕には脚があったし、トライする必要があった。それだけさ。ただ誰かの後輪に留まっているだけなんて嫌だった。これは僕自身に対するリベンジでもあった」(ベルナル)
ベルナルの衝撃的なアタックに、迷わず飛び出したのは、まさかのログリッチだった。総合有力勢の中では最も上位につけ、特に問題なく走りきれば、この日の終わりにはマイヨ・ロホが手に入るに違いなかった。そもそも最終日の個人タイムトライアルのおかげで、東京五輪個人TT金メダリストは、開幕時から圧倒的に有利だった。そんな安全な場所を捨てて、ログラはベルナルの賭けに乗った。
沿道のファンに後押しされるログリッチ
「なにも考えていなかった。ただ一緒に飛び出しただけ。それがレースっていうものさ。その後はたしかに少し考えた……。わぉ、まだかなり先は遠いし、終わりには厳しい山が残っているぞ、とね」(ログリッチ)
側に付き添っていたセップ・クスは反応しかけたが、脇目も降らずに突進していくリーダーを見送ると、後方待機に切り替えた。かつてジロでクリス・フルームの80km独走勝利をお膳立てしたワウト・プールスは、総合6位ジャック・ヘイグのためにスピードを上げかけたが、すぐに正気に返った。モビスターダブルリーダーの片割れ、総合5位ミゲルアンヘル・ロペスだけは後を追いかけた。しかし「このまま単独での追走は不可能だ。努力を続けるべきではない」と判断。もう1人のエース、総合4位エンリク・マスのもとに戻った。
それぞれ2つずつグランツールタイトルを持つ王者2人は、クレイジーな冒険へと突き進んだ。ベルナルは毅然と先頭を引き続け、ログリッチは黙々とペダルを回した。飛び出してから5km先の山頂では、後続のライバルたちに早くも45秒のタイム差をつけた。
しかも下りきった先で、差は2分20秒差にまで広がる。次第に強まっていく雨脚も、2人の勢いを削ぎはしなかった。むしろ5月のジロでも、ひどい悪天候の中で凄まじいダウンヒル勝利をさらい取ったベルナルは、この日も下りを果敢に攻めた。当初はひたすら後輪に張り付いていただけのログリッチも、いよいよ先頭交代の協力を始めた。
ちなみに、まるでアイスリンクのようになった下りで、エイキングのマイヨ・ロホ保守の夢はもちろん、表彰台圏内に踏みとどまる望みも完全に断たれた。上りでは2人に対して1分50秒遅れ、総合2位ギヨーム・マルタンやマスのいる集団に1分5秒遅れたが、「最後まで望みを捨てずに」下りへと飛び込んだという。しかし残り約50km。手前で落車していた数人に倣って、エイキングも路面に滑り落ちた。すぐに立ち上がり、走り出したものの、失われた時間は多すぎた。ログリッチから9分23秒遅れで1日を終え、フィニッシュ地では、7日間着続けてきたマイヨ・ロホを脱いだ。総合順位は11位に後退した。
そのエイキングが追いつきたかった後方集団では、時々はコフィディスがマルタンのために、数度はボーラ・ハンスグローエが総合10位フェリックス・グロスシャートナーのために前を引いた。モビスター2人組は追走にはまるで加わらなかった。大部分の時間帯は、バーレーンが牽引に従事した。プールス、ヘイグ、総合12位ジーノ・マーダーのトリオに、谷間で今ジロ総合2位カルーゾが追いつくと、最後の力をチームメートに分け与えた。
それでも、すでに50km近く逃げ続けてきた2人組は、1分半の余裕を持って最終峠へと突入した。生まれて初めて挑むコバドンガの山道で、ログリッチが先頭を引く時間は、徐々に長くなっていく。
「最後の上りではできる限りハードに走った。ある時点で、エガンはもはや付いてこなくなった。だから僕は1人で行ったんだ」(ログリッチ)
フィニッシュまで7.5km。勾配が10%を超える、コバドンガで最も厳しいゾーンに差し掛かるタイミングだった。ログリッチがますますリズムを上げたのに対して、ベルナルは少しずつ後退していった。2人の共闘は幕を閉じた。ただログリッチだけが、栄光を目指して、深い霧の立ち込める山頂へとひとり先頭で急いだ。
「僕はあらゆる瞬間を楽しんだ。たとえ厳しかったとしても。イニシアチブを取ったのは僕だけど、プリモシュは本当に素晴らしい仕事を成し遂げた。彼の勝利の一部を担えたことを嬉しく思う。彼は勇敢だった」(ベルナル)
同じ難勾配を利用して、後方集団もようやく攻撃モードへと切り替えた。真っ先に動いたのはロペスだった。前方にチームメートがいる総合8位アダム・イェーツとクスが、即座に背中に張り付いた。残り4.5kmでは、マスが仕掛けた。やはり対応したのはイェーツとクス。モビスターコンビの波状攻撃を、常にベルナルとログリッチの同僚が食い止めた。ヘイグとマーダーのバーレーン2人組は、いつだって自分たちのペースで追い付いてきた。前日の落車で仙骨と肋骨を痛めたマルタンは、攻撃勃発の数キロ前にすでに脱落していた。
残り1kmのアーチをくぐり抜けた先で、この6人は、ベルナルをも回収した。そのままフィニッシュへも、一緒になだれ込んだ。麓で1分半だったログラからの遅れは、全長12.5kmの山道を終えた時にも、1分35秒のままだった。締めくくりにログリッチの補佐役クスが、山頂スプリントで2位のボーナスタイム6秒をきっちり潰すことも忘れなかった。
圧倒的な強さをみせたプリモシュ・ログリッチ、今大会3勝目
後ろを振り返らず、ただ前へ前へと走り続けたログリッチは、山頂で雄叫びを上げた。61kmの長い闘争、7.5kmの独走の果てにつかんだ今大会区間3勝目。3度目のブエルタ出場にして、早くも通算8つ目のステージ優勝を手に入れた。
しかもペダルでライバルたちを1分35秒突き放した上に、フィニッシュでボーナスタイム1位10秒を、途中の山頂でボーナス2位2秒を懐に入れた。総合2位浮上のマスに対するリードは2分22秒に、3位ロペスとの差は3分11秒に開いた。モビスターコンビにとってはむしろ、3分46秒差の4位ヘイグとの表彰台争いのほうが切実だ。「30分以上のグルペットで終わることを覚悟していた」マルタンは、被害を食い留め5位4分16秒差。続いてイネオス2人組が、6位ベルナルが4分29秒差、7位イエーツが4分45秒差と僅差で並ぶ。
もちろん2019年に12日間、2020年には13日間着用し、今大会も1週目にすでに6日間(2日間+4日間)袖を通してきたマイヨ・ロホも、ログリッチは当然のように取り戻した。大会も残り4日。もはやこの大切なジャージを手放すつもりはないはずだ。
「すごく楽しんだ。天気だけはベストじゃなかったけど、最高の1日だった。総合のリードは決して十分とは言えない。それでもいいタイム差だ。いずれにせよ明日はクイーンステージが待ち受ける。明後日に向けて十分な差かどうか、そこで判明するはずさ」(ログリッチ)
ところでグリーンジャージのファビオ・ヤコブセンは、最終グルペットで無事に1日を終えた。ログリッチが中間2位17pt、フィニッシュ1位20ptを収集したせいで、ポイント賞のリードは一気に105ptに少なくなった。また5選手が大会を離れた。大会5日目にマイヨ・ロホを着用したケニー・エリッソンドと、この日アタックで魅せたランダも、最終日まで4日を残し帰宅を選んだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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